一ノ瀬

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1/16/2026, 5:08:03 AM

「実は、この世界は猫ちゃんに支配されているのだ」
 突拍子もなく先輩が言う。何故かドヤ顔の先輩に、僕は「はあ」と曖昧な返事をする。詳しく話を聞けば、この世界はすでに猫ちゃんの支配下にあり、人類は猫ちゃんたちのお世話をするために人型を取っているらしい。なんともかわいい陰謀論である。
「で、なんで先輩はそんなこと知ってるんですか? もしかして猫ちゃん側?」
「そうだよ。今は人間の姿だけど、少しずつ猫に変わってる」
 あ、なるほど。人間からも猫に取り立てられるのか。そして先輩はすでに猫ちゃんの世界の上の方にいると。確かに先輩にはどこか猫っぽいところがあると常々思っていた。後天的に変化した部分だったのだろうか。
「じゃあこれは猫舌の先輩にはいらないですかね」
 そう言いながらさっき自販機で買ったばかりのカフェオレの缶をちらつかせる。ずっと握っているには熱すぎるそれに、先輩は目を輝かせて飛びついた。その反応は、どちらかと言うと犬っぽい。
 手に入れたカフェオレを早速飲む先輩は、さっきまでの戯言をすっかり忘れたみたいにご機嫌で、「やっぱり世界は君のものなのかもしれないね」と言う。僕では分不相応なので、早いところ先輩を後継者に仕立てて引退してしまおうと思う。

1/15/2026, 12:10:09 AM

 先輩にはなぜなぜ期がある。と、言うとやや語弊があるし、そんなに簡単なものでもない。要は先輩は、僕の考え方を知りたいのだ。
 天国はある? じゃあ地獄は? 虹の端っこには何がある? 神様はいると思う?
 休む間もなく飛んでくる矢のような質問に、僕はひとつひとつ丁寧に答えていく。あったらいいなと思いますよ。天国があるならあるんじゃないですか。行ったことないのでわかりません。……神様は、そうですね、います。
 不自然に言葉に詰まる僕を気にせず、先輩は重ねて問いかける。
「君は、どうして私と一緒にいるの?」
 今度こそ僕は黙り込む。それをどう思ったのか、先輩は「どうして?」と純粋な眼で聞いてくる。その眼を僕は恨みがましく見つめ返す。そんなの、あなたが僕を救ったからでしょう、とはとても言えない。
 傲慢にも軽々しく、何でもないことのように僕を救った神様は、それがどれだけ特別なことかこれっぽっちも理解していない。僕だけが宝物のように大事に抱えている。それがなんだか悔しくて、だけど、だからこそ先輩は僕にとっての神様なのだと思う。
「先輩こそ、どうして僕と一緒にいるんですか」
 同じ問いを返してやれば、先輩は小首を傾げて「確かに。どうしてだろうね」と言った。「それと同じですよ。おんなじ」と僕は返す。納得した様子で先輩は笑った。同じなものか。でも、それは僕だけが知っていればいいのだ。

1/14/2026, 5:11:42 AM

 目が覚めたら、(先輩の)体が縮んでしまっていた!
 ……なんてことはなく、僕はこの状況が夢だとわかっている。現実に幼児化する毒薬は存在しないし、さっきから先輩に顔を容赦なく引っ張られているがこれっぽっちも痛くないからだ。普通、人間の頬はこんなに伸びない。
 おおよそ3歳くらいと見られる先輩は、縦横無尽に跳ね回る怪獣のようだった。床を蹴り、壁を蹴り、僕を蹴って飛び上がる。夢の中だからってそんなに超人にならなくても。現実の先輩もかつてはこんな感じだったという可能性には目をつむる。だって怖いので。
 それでもなんとか先輩をあやし、なだめすかして膝の上に乗せて抱きかかえる。これで一安心だ。先輩は僕の膝がお気に召したらしく、ここが玉座であるかのようにふんぞり返っている。なんというか、今の先輩とは違うけど、これはこれで先輩らしい。
 いかにも夢らしく、理由はないがそろそろ朝になるとわかったので、小さな先輩を床に下ろし、ばいばいと手を振る。すると先輩はくりくりの瞳と同じくらい大きな涙をぼろぼろとこぼし、「いかないで」と消え入りそうな声で言った。
 その破壊力と言ったら! ちっぽけな先輩を抱きしめて、僕は「どこにも行かないよ」と囁く。ひとりではとても生きてはいかれない小さな命が、とくとくと僕の腕の中でうごめいている。叶うなら、ずっとこうしていたかった。ずっとこの夢に溺れていたかった。
 そんなことが許されるはずもなく、無慈悲にも僕は目を覚ます。手のひらに小さな温度が残っている気がした。僕はあの小さな怪獣のような先輩が、無事に今の神様みたいな先輩へと成長してくれることを祈る。

 ところで、昼休みに顔を合わせた先輩に「君がひとりで巨人みたいに大きくなるから羨ましくて大暴れする夢を見た」と言われた。先輩の方が小さくなってたんですよ、と言いたくなるのを僕は既のところで堪える。僕が一瞬でも今の先輩より小さい先輩を選んだと知ったら、先輩は小さくなくたって大暴れすることだろう。

1/12/2026, 2:59:51 PM

 何事も無限なんかじゃないってこと、すべては有限なんだってこと、時間は平等だってこと。子供でも知っている。嫌というほど。
「ずっとこのままでいようか。時間も全部止めちゃってさ」
 だけど先輩はそんなのお構いなしで、いつもどおりの笑顔で魔法みたいな言葉を吐く。夕焼けを背にした先輩は震えるほどに美しい。たまたま人の形をしているだけの神様のようだ。
 時間を止めるなんてどうやるんだろう。わからないけど、先輩なら本当にできてしまいそうだと思った。だから聞くと、「簡単だよ」と先輩は笑う。いたずらっ子の笑み。それを見て初めて、僕は万能な神様といたずら好きな子供が紙一重であると知る。
「学校中の時計を止めちゃえばいい」
「時計を止めたって時間は止まりませんよ」
「でも、今すぐ帰らなくちゃいけない理由はひとつ減る」
 ああ、なんで先輩は気づいてしまうんだろう。普段は何も考えていないような顔をして、適当ばかり言うくせに。こういうときだけ間違えずに救いの手を差し伸べるから、僕はいつまでもこの人の向こうに神様を見る。
「ね、ずっとだよ。ずっとこのまま。いいでしょ」
 何がいいのか、もはやわからなくて。それでも、先輩の言葉は耳に馴染んだ。ずっとこのまま。ずっとこのまま。
 それでもいいかな。それでもいいよ。先輩の声が優しく答える。この無邪気で完璧な神様の誘いを、拒める人がこの世にいるのか。わからないまま目をつむる。隣に寄り添ってくれる熱が、ずっとこのまま、離れないことを祈っている。

1/11/2026, 4:52:57 PM

 ひどく寒さが身に染みる。こんな放課後は寄り道である。
 学校から少し離れた公園には、さまざまな屋台が日替わりで出る。今日はこの寒さにふさわしいたこ焼きだった。僕は定番のソースを、先輩はチーズたっぷりを頼む。
 僕はどんなものでも定番が好きなのだが、先輩が食べているとろとろのチーズがかかったたこ焼きはとてもおいしそうだった。ひとつ交換してほしいと先輩に頼むも、先輩はカフェオレを飲みながらニヤリと笑って聞こえないふりをする。いつも思うのだけど、たこ焼きとカフェオレって合うのだろうか。
 風がしのげる場所に座って、あつあつのたこ焼きを食べながら、なんでもないことをだらりと喋る。それだけの放課後が僕は好きで、だから僕は先輩と一緒にいるのだった。
 ところで、先輩は寄り道の最後に決まってこう言う。
「私の家こっちだから。また明日ね」
 そして手を振って去っていく。その方向が定まったことは一度もない。同じ場所に寄り道をしたとしても、必ず違う方角を指差し、毎回違う道に向かうのだ。そんな先輩の背中を見ながら、僕はいつも少し不安になる。
 先輩はひどくいい加減で、どこまでも気ままな人だ。そのとき行きたい方向を指して、家まで遠回りして歩いているのだろう。そうは思うのに、時々疑ってしまう。先輩なんて、本当に存在するのだろうか。
 先輩を見送りながら、僕は心にまでこの寒さが染みているような気がして、さっき食べたたこ焼きの熱を必死に思い出そうとする。そして、先輩の言う「また明日」だけを信じていようと思う。

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