夫の転勤が決まり、家族4人で引っ越すことになった。
下の子は幼稚園生でまだ大丈夫そうな様子だけど、小学生の娘はクラスのお友達と離れることを嫌がり、「パパなんて大キライ!」と泣き叫んだ。
「単身赴任のほうがいいかな。やっぱり友達と離れ離れは嫌だよね」
本当は離れたくないはずの夫が、娘から大嫌いと言われて弱音を吐いている。
「家族が離れ離れも嫌だよ」
環境が変わることに私だって迷いもあるが、経験上、家族は一緒にいるのがいいと思っている。特に子供たちはまだ小さいから尚更そう思う。
私も小学生のころ、親の転勤で引っ越したことがある。娘と同じようにあのときの私も断固拒否した。
大人の都合で子供の世界は一瞬にしてひっくり返る。そう、とても簡単に。
だけど、両親はそのことをちゃんとわかってくれていて、子供だった私が寂しいと感じないように、無理してでも時間を作り、休みの日はいつも遊びに連れていってくれた。
引っ越した先でも友達ができて、今振り返ってみても、楽しい記憶が飛び出してくる。
自分が親になってみて、両親の大変さが身に染みる。
私は宝物を娘たちに見せることにした。
「これはね、ママに届いた手紙なの」
引っ越したあとに届いたクラスの友達からの手紙を綺麗な箱に入れて大事にしまってある。
あのころの私は、新しい環境に慣れるまで、やはり心細くて、泣いてしまうことがあった。
とおくにいても、ともだちだよ。
私のもとに届いた友達からの手紙で、離れても友達との絆は消えないことを知り、心の支えになった。
「この子はママのおともだち?」
娘の手には一緒に入れていた年賀状があった。そこには娘と同じ年頃の子が写っている。
「この子のママが、ママのお友達だよ。遠く離れてもずっと手紙をくれた、ママの大事なお友達」
「ずっと?」
「うん、そうだよ。ずっとお友達」
慌ただしく引っ越しが決まっていき、最後の登校日には大号泣していた娘も、今では新しい環境の中で自分なりのペースを作り始めている。
「ただいまー」娘は学校から帰ってくると、いそいそと手紙を書き始める。
お友達から届いた手紙に返事を書くために…。
【絆】
「今度の日曜日、たまにはどっかに行こうよ」
スマートフォンを片手にリビングのソファで寛ぐパートナーの彼に声をかける。
二人してインドア派。
大概のことは近所で完結できてしまう。
だけどなんとなく、出かけたい気分の私がいる。
春めく雰囲気がそうさせるのかもしれない。
「それなら、久しぶりに外で待ち合わせしてみない?」
インドア派の二人はときどき行動的になり、そういうモードのときは迷いがない。
面白そうな提案には乗っかってみる、そういうところで似たもの同士。だから、居心地がいい。
当日の朝、いつもと変わらず一緒に朝食を摂り、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「それで今日はどこ行きたい?」
「美味しいものが食べたい」
「アバウトだなあ。オレは観てみたい映画があるから、映画館に付き合って」
いつもは、ネトフリやアマプラを家で観ているから、大きなスクリーンは久々だ。ホラー以外なら何でもいいよ、と答えておいた。
私はちょっとだけ念入りにメイクをしてから、
彼は軽く買い物をしてから、
それぞれ待ち合わせの場所へ向かう。
同じ家なのに二人は別々に出かける。
なんだか不思議で、なんだか面白い。
先に待ち合わせ場所に到着していた彼が、まだ少し離れた歩道にいた私に手を振ってくるが、見たことのないジャケットを羽織っている。これを買うために急ぎ家を出たらしい。
そういう私も、内緒で買っていた白いコットンスカートを着ている。デニムパンツとの重ね着が好みだけど、他のボトムスとも重ねずに、いつもとは違う感じにしてみた。
お互いに照れくさくて、笑って誤魔化した。
電車に乗って、シネコン系の大きな映画館で話題の映画を観て、終わったあとは同じ階にあるゲームセンターに吸い込まれるように入り、UFOキャッチャーで遊んだ。
ちょっとオシャレなカジュアルイタリアンで食事をしながら、久しぶりにグラスワインなんぞを飲んでしまった。
「たまには、こういう感じも悪くないね」
「そうだね、たまにはね」
二人してちょっとほろ酔いだから、家までの道すがら、手を繋いで歩いてみる。
暦の上では春だけど、夜はまた肌寒くて、通り抜けてく夜風が少しくすぐったかった。
【たまには】
大好きな君に贈るプレゼントを探している。
プレゼントを選んでいるときは君のことを考えていられるから、とても楽しい時間だ。
誰かに何かをプレゼントすることが子供のころから好きで、
その人が好きそうなものを、無意識にリサーチしてしまうクセがある。
さり気なく、気にしながら、小さなヒントも逃さないように、いつでも心はその人の方に向いているのだと思う。
幼稚園生のころ、せっせと手紙を書いては大好きな先生に渡していたっけ。
前にそんな話をしたときに「オレはロボットの絵を描いて、幼稚園の先生にあげたことがある」なんて言っていたなあ。
実はロボット好きだったりして。
オシャレな雑貨が並ぶショップの中で、シルバー色をしたロボットのキーホルダーを見つけて、そんなやり取りを思い出していた。
クスっと小さく笑いながら、視線を横に移すと、重厚感を漂わせた万年筆が目に入る。
「まだまだだけど、仕事もできる男になりたい」と呟いていた君の顔が頭に浮かぶ。
いかにも仕事ができそうな万年筆。
形から入るのもいいかもね。
でもちょっとハードルが高いかな。
隣にある洒落たボールペンのほうを手に取ってみる。見た目は万年筆よりも少し細めで、持ってみた感じは悪くない。
ジャケットの内ポケットからこのペンをサッと取り出したら、何だか仕事のできる人って感じがする。
そっと元の場所に戻して、ゆっくりと他も見て回る。
家族や友達、そして恋人…
プレゼントを選ぶ相手は、ほとんどの場合が好きな人。
…例外もたまにあるけれどね。
大好きな君のことを思いながら、
大好きな君に贈るプレゼントを探す。
この時間は、やはり特別だ。
プレゼントはまだ決めずに、
もう少しだけ、探してみようかな、
君のことを思いながら……
【大好きな君に】
リビングに向かうと、何者かに荒らされたような跡。
犯人は、酔っ払って帰ってきた昨日の私。
ケースにまとめていたはずのガチャガチャたちが散らばっていて、その隙間を埋めるかのように、たくさんの爪楊枝が落ちている。
爪楊枝を片付けようにも、テーブルの定位置にあるはずの爪楊枝入れが、なくなっている。
リビングの中をぐるりと探すと、何故かキャビネットの上に、トリスハイボールおじさんの爪楊枝入れと、その隣に、かなり前にガチャガチャで取ったパピプペンギンズのピッキーがいた。
正確には、キャビネットの上にA4サイズの雑誌が置かれて、その上に少し厚めの単行本、さらにその上にブック型の小物入れと階段状になっており、その最上段に、トリスおじさんとピッキーが、まるでお殿様とお雛様みたいに並んでいる。
あぁ、思い出してきた。
家にあるものでひな飾りを作ろうとしたんだ。
昨日は親睦会という名目の飲み会で、会社の人たちと楽しく呑んだ。
その飲み会の席で「今週、ひなまつりだったね」と話題に上り、実家のひな飾りの話をしていた。
酔っ払って帰宅した私は、テーブルの上を見た瞬間に、「お酒好きとしては、アナタがお殿様。お雛様は…あ!ペンギンのピッキー!お酒繋がりだあ」とトリスおじさんを手に取り、ピッキーを探しにガチャガチャの入ったケースまでフラフラと向かった。
そのときに何かにつまずき、爪楊枝をばら撒いたといったところか。
作った本人ではあるが、記憶がおぼろげだ。
二段目にはリラックマのぬいぐるみ。ポケモンと同じ中性であることを何かで知って、「時代はジェンダーレスだ」と中央に座らせ、その左右に、お土産で貰った赤べこの置物と雑貨店で購入したシマエナガのポーチを配置した。
この三人官女はとても興味深い。
三段目の道具類もなかなか面白い。
重箱の代わりに、四角い小さなジュエリーケース。
これは確か、石付きのリングを買ったときのものだったような気がするけど、一体どこから持ってきたのか?
素面の私が忘れていたものを見つけ出してくる、昨日の私、恐るべし。
御駕籠と御所車は、スーパーの買い物かごと赤い自転車の…ミニチュアがそれぞれの役割を担い、私が持っているコスメ系ガチャガチャの中で、おそらく花に一番近い、AmuseとPAUL&JOE のリップスティック2本のチャームを三段目の両サイドにバランスよく立てている。
自転車もどうかと思うけど、買い物かごは御駕籠の「かご」という音しか拾えてない。
最後は力でねじ伏せた、そんな感じがしなくもない。
だけど、私は嫌いじゃない。
かなりシュールなひな飾りをスマートフォンに収め、おもむろに床の上を片付け始めた。
【ひなまつり】
「もしかして、ライブ初めて?」
斜め掛けしたバッグの紐を両手でぎゅっと握り、お父さんと一緒にグッズ列に並んでいた私に、前にいた二人組のお姉さんが声をかけてきた。
「はい、初めてです」
本当はお母さんもライブに来たかったみたいだけど、弟がまた小さいので留守番となり、代わりに連れてきてくれたお父さんが隣にいる。
「もしお邪魔でなければ、お嬢さんと少しおしゃべりしても大丈夫ですか?」
お父さんに話しかけているその人は、まるで外国の人みたいに、綺麗なブロンド色の長い髪をしていた。
グッズ列に並んでいる間、私は初対面のお姉さんたちと話すことになった。
「ねえねえ、今いくつ?」
「12歳です。中学1年生です」
「いやーん、12歳って!めっちゃ若いやん」
もう一人のお姉さんはボブヘアも含めて全身黒ずくめ。メンバーカラーかなと思って聞いてみると、やっぱり推しカラーだった。
二人はもともと同じ東京の会社で一緒に働いていたと説明してくれて「せやから、うちは関西弁と標準語のバイリンガル」なんてことを話してくる。
生の関西弁を聞くのは初めてかも、そんなことを思っていた。
入学のお祝いで初めてライブに来たこと、グループ推しであること、いろいろ話をしていたから、長い列にいても全然退屈しなかった。
「それにしても、今日が初ライブだなんて、羨ましいよ」
「ホンマ、羨ましい」
二人して私を羨ましがっている。
「彼らのライブを初めて見たときの感動は一生忘れないと思うわ。それを今から体験できるやなんて」
「弱った私たちの心に光を灯してくれるほどの感動だったもんね。大げさじゃなく、たった1つの希望だよ、あれからずっと」
「せやな、大人になるといろいろあるからな」
二人して顔を見合わせて、ギャハハハと笑った。
とても楽しそうに話す二人を見ていたら、なんだか少し羨ましくなった。
ライブが始まった瞬間に、お姉さんたちが言っていたことが少しだけ、わかったような気がした。
息をするのを忘れるくらいに、惹き込まれて、ずっと心臓のバクバクが止まらなかった。
「すごかったなあ!今度みんなで来よう。感動しちゃったよ」
何故か隣にいるお父さんが興奮している。
そっか、この感じを感動というんだ。
ライブが終わり、会場から出てくる大勢の人の中から、お姉さんたちを探そうとしたけど、人が多すぎて見つからなかった。
でも、同じ推しだから、また会えるかもしれない。
そんなことをぼんやり思いながら、はぐれないように、お父さんの腕をギュッと掴んだ。
【たった1つの希望】