仮色

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12/20/2023, 8:51:42 AM

【寂しさ】

「それでさ、彼氏が酷くって!」

適当に相槌をうって聞き流していると、「本当に聞いてる⁉」とキンキンうるさい声で言われた。
面倒になってきたので聞いていないと言ってしまいたいが、ここでそう言ってしまうと悪役の天秤が私の方に傾いてしまう。

「聞いてるよ、それで続きは?」

へらっと作った笑いを見せると、ちゃんと聞いててよね!と一言言ってから彼氏がなんやらかんやらの話に戻った。
…無駄に長々と喋らないで欲しい。正直何を話したいのかが全く分からない。
今度はちゃんと聞いてるよう見えるように気を付けて聞き流していると、言いたいことを取り敢えず言い終えたらしい彼女は「ふぅ」と一息付いた。
時計をちらっと確認すると、30分も経っているようだった。

「それでさ、あなたはどう思う?」
「うーん、そうだな…」

ただ聞いてほしいだけかと思っていたので、急に意見を聞かれて少し焦る。
取り敢えず当たり障りのない彼女を庇うように何かを言えば良いだろうと考えて、そこに私の本当の考えなんかないことを口から出す。

「あなたは悪くないよ、もしまた何かあったら気軽に言ってね。相談乗るよ」

重みなんか無い私の言葉に、彼女はぐすっと鼻を鳴らして頷いた。
こんな嘘にも気付けないなんて、詐欺に引っかからないか心配になるな、と少し思いながら私はその場を去った。
うだうだそこに居続けて、一緒に帰ろうなんて言われたら最悪なので。

「…寂しい、か」

聞き流していた話の中で、いちばん沢山出ていた単語。
彼氏が居るのだから、ただ嬉しいだとか愛しいだとか、それだけを感じていれば良いものを。

…寂しいなんて、満たされたことのある人間しか感じない。

寂しい、さみしい、一緒に居て。
それで側に居てくれた奴がいた人間は、更に温かさを求め始める。
哀れだな、と少し思って、そんなことを考えた自分に笑った。


「…哀れはどっちだか」

12/19/2023, 2:39:19 AM

【冬は一緒に】

少し太り過ぎな猫が、でろーんとこたつの上で寛いでいる。
野良でたくましく生活をしていた面影は消え失せて、お腹をちょんちょんとつついても面倒な目でこちらを見るだけだ。
そんな目もとても可愛く感じられるものだから、猫という生物のフォルムはよほど人間にフィットするのだろう。

「…あんまやっとたら噛まれんで」

猫と同じくこたつで寛いでいた姉が、私に緩く忠告をした。
こたつの上に置いていたみかんを剥きながら言うものだから、私も少し言い返す。

「猫は柑橘系だめやで、姉ちゃん」
「分かっとるわ、だからわざわざこんなに離れてんねん」

どうやら姉も姉なりに配慮していたらしい。
確かにいつもはこたつの上でみかんを剥くのに、今はゴミ箱の近くで皮を剥いている。ゴミ箱の近くなのは、効率を考えてなんだろう。
猫を触りながら、やっと皮を剥き終えた姉を眺める。

「いて、」

手にちょっとだけ何かが食い込む感覚がしたと思ったら、猫だった。
怪我は絶対しないような甘噛みをされていて、優しさを感じる。
はよやめんかい、とでも言いたげな猫の顔に「ごめんごめん」と言いながら手を退けた。
猫はぴすっと鼻を鳴らして寝る体制に入ったかと思えば、直ぐにすーすーと寝息が聞こえてきた。
あんまり気持ちよさそうな寝姿に、こっちも眠くなってきてしまう。
そういえば最近よく眠れていなかった。
そのことを思い出すと、今まで意識していなかった分の眠気がぶり返すように私を襲う。

「…うちも寝よ」
「あんた体バキバキなるで」
「…それもまた一興やろ」

もうすでに微睡み始めた意識は、続いた姉の言葉を認識せずに暗闇に落ちていった。

ーー

「あ、もう寝た? はっや、寝不足やったんか」

どうしようもない妹の姿に苦笑いしつつ、私は寒くないように肩に毛布を掛けてやった。
絶対に体はバキバキになるだろうが、それもまた一興とか妹がほざいていたのでそこはまあ良いか、と考える。
気持ち良さそうに寝ている一匹と一人を目の端に止めながら、私は食べかけだったみかんを口に入れた。

12/18/2023, 9:20:37 AM

【とりとめもない話】

店のカウンターに体重をかけて、煙管を吸う男がいた。
その男の店は全体的に暗い色で締められており、時折目に入るビビットの有彩色が目に焼き付いて離れない。
部屋の色とは反対の真っ白な服を着た男の手元から、煙管の薄暗いグレーが漂う。

「…あ、いらっしゃい」

にっこりと笑って、男が来店の歓迎の言葉を述べた。
男の顔面は、いわゆる甘いフェイスというやつ。
そのカオからどんな甘さを持った声が飛び出てくるのかと思えば、女の声が手を振ってやってきた。
目が見え、加えて耳が聞こえるものは、予想とはかけ離れたその男…若しくは女のその在り方に、暫くは脳をこちょこちょと弄られるような感覚がするだろう。
男なのか女なのか。分からなくなってしまったので、ここからは店員とでも言うとするか。
そいつを店員と呼ぶには、少し貫禄がありすぎる気もするけれど。

「こちらへどうぞ」

そう言うと、店員は店の真ん中にポツンと置いてあるガラスの大きなテーブルに案内をした。
2脚ある内の片方の椅子を引いて、来た客を座らせる。
客が座ったのを確認して、店員も対面に置いてある椅子に腰を掛けた。

「さあ、"お話"を致しましょう」

それから、店員は色々なことを話し始めた。
話はぴょんぴょんと変わり続けて、頭を混乱させる。
もしくは停止、かな。考えるのを辞めるってやつ。
客に相槌をさせる暇すら作らず、にこにこと笑顔を保ったまま、話し続けた。

「夜が来るのは、朝が来るから。逆も同じと言えよう」「雑草という草はないんだよ、ひとつひとつ名前がある」「人工知能は怖いか怖くないのか、人間が恐ろしいだけなのか」「人間は素晴らしくて愚かだ」「虫が生きるのに必要なエネルギーは」「不思議だと思わないかい。硝子はなぜ全てを透かすのか」「水はこの世でいちばん信用が効くイキモノだ」

…、
、……
…、……

「―――、――。」

話の奔流に飲まれておろおろとしていた瞳が、ある話題できらっと輝いた。
それを見た店員は、もはや一人語りになっていた話を止めると、客に立つように求める。
貴方は早い方でしたね、なんて、客からしたらよく分からない事を言いながら。

「無欲な貴方が奥底で求めているのは、この本の中にありますよ」

店員が店の奥に消えたかと思えば、いかにも古めかしい本を手に持って現れた。
鞣した皮のカバーには年季が入っていて、本の背は何語かよく分からない文字が書かれている。
だけど、読めるのだ。全く知らない文字、なのに頭に意味が入ってくる。

「よ、読んでも?」
「勿論です。この本は現在から貴方のモノですよ」

本に囚われてしまった脳ミソは、店員の言葉を絶妙に聞き流して本を開く。
そこには、――のことについて詳しく書かれているようだった。
今まで感じたことのない謎の高揚感に、胸が正常とは言えない動きをし始める。

「さあ、お帰りください。そこからは貴方が紡ぐものです」

流されるように、店の外に出された。
外は真っ暗なのに、月と星が主張をしすぎたせいで明るくもあった。
その空間が、客のこの後の人生というモノをそのまんま表しているようで。

「ご来店、誠に有難うございました。」

仰々しく紳士の礼をした店員は、明るすぎる夜の中で人工的に笑った。

12/16/2023, 2:46:17 PM

【風邪】

ぼーっとした頭で、カタカタとキーボードを鳴らす。
殆ど頭は動いてないというのに勝手に物語を紡いでいくこの手は、多分体が覚えてしまった行為だからなんだろう。
真っ白なモニターがどんどんと小さな文字達で埋まっていく。
癖で走っていく文字を目で追うが、打ち込んだ文字は直ぐにぼやけて、自分の頭では処理できなくなってしまっていた。
明度の高い後ろの白が、目の奥に染みて痛みをじんじんと伝えてくる。
あたまいた…、と本当に自分で思っているか不思議なほど離れたところで思考が行われていた。
少しずつ強くなっていく痛みを誤魔化そうと、隣に用意していたコーヒーを飲もうと手に取る。
するっと手からコップが抜け落ちそうになって、心臓が大きく動いた。

「あぶっ、!…こっわ」

何とか机にコーヒーがぶち撒けられる未来は回避できて、大きく胸を撫で下ろす。
机とキーボードが茶色に染まるところであった。
先程落としかけたコーヒーを口につけて周りを軽く見ると、この今書いている物語の為に買った資料やらが居座っていて、さっきはかなり危なかったと再確認をする。
資料が見れなくなってしまったら、物語が幼稚になってしまう。

「ちゃんと資料仕舞おう…」

分厚い資料を、すぐ隣にある本棚に仕舞った。
ほんの数手間なのに、面倒くさがってそこら辺に置いていたのだ。
こういうところが事故に繋がるのは分かっているが、まあ良いかなと思ってしまって何時もそのままにしてしまう。
次は出したらしっかり仕舞おう、と守られることのない軽い約束事を自分で決めた。この約束事を決めるのが何回目かはもう数えていない。

コーヒーと、心臓を跳ね上がらせたちょっとした出来事で冴えた目で、先程綴っていたモニターの文字を眺める。
…誤字がすごい。ここ最近で一番酷いかもしれない。
漢字ミスが連発していて、を、が、は、などがぐっちゃぐちゃになっている。
やっぱり、ぼんやりとした意識の中で物語は書かないほうが良いらしい。
これを直さないといけないからか、モニターの光が目を攻撃してきたからなのか、忘れていた頭痛が再び痛みだした。
ズキズキと強く痛む頭に、風邪を引いたかもしれないという考えに至る。
だが、残念ながら私の家に体温計は無い。買っておけばよかったな。
痛む頭を無視して、せめて誤字だけでも直そうとモニターに向き直ったが、頭痛が数割増しで痛くなるのを感じて直ぐに諦めた。
どうやっても頭は痛いままで、仕方ないので寝ようと思い寝室の方に向かう。
立ち上がった時に一瞬音と視界が飛んだ。
貧血みたいに体がふらふらとして、壁に手を付きながら歩いていく。
やばいぞ、思ったよりも重症だ。
一気に重くなった体を引きずりながら、辿り着いたベッドに入り込む。

「馬鹿は風邪引かないはずなのに…」

馬鹿なのに風邪を引いてしまったという事実にちょっと苛つく。
あ、でも風邪引いたってことは馬鹿じゃないってことなのか。
いや、馬鹿でも風邪は引くけど気付かないってことだから、気付く系の馬鹿なだけか、私は。
そんな謎の事を頭の中でぐるぐる考えて、考えている内にそれすらも良く分からなくなってしまった。
分からなくなって何も考えれずにいると、どんどんと瞼が下がってくる。
いつもは寝付きが悪いが、流石に体調が悪い時は眠くなるらしい。
別に抗うことでもないので、私は直ぐにぱちっと目を閉じた。

あ、締切近いけどどうしよう…。

まあ何とかなるか、と思う前に、私は意識を暗闇に飛ばした。

12/15/2023, 1:40:45 PM

【雪を待つ】

「おかあさん!みて、ゆき!」

夜になって閉めていたカーテンをいっぱいに開いて、娘が私にそう言った。
窓の外を見ると雪がちらちらと落ちてきていて、地面につくとしゅわっと溶けて消える。

「初雪ね〜、今日はあったかくして寝ましょうね」
「ねえおかあさん、あしたつもるかな!?」

娘の言葉に、ちょっと待ってと伝えてスマホで天気予報を見る。
明日の天気は雪だるまのマークになっていて、今夜から明日までは降るらしいことが分かった。
娘に雪だるまマークが写った画面を見せて、そのことを伝える。
すると直ぐにきらきらとした目に変わって、興奮したように「やったぁ!」と声を上げた。

「今日は早く寝て明日雪で遊びましょう」
「うん!おかあさんおやすみー!」

一瞬の内で寝室に消えていった娘に、思わず苦笑いしてしまう。
雪を前にした行動が小さい頃の私にそっくりで、子は親に似るんだなと改めて感じた。

『おかあさん、ゆきふってる、ゆき!』
『はいはい、あったかくして寝るのよ』
『あしたゆきであそべるかな?』
『もちろん、だから早く寝ましょうね。分かった?』
『うん!』

薄れていた昔の記憶が蘇ってきて、懐かしい気持ちになった。
セピア色の景色の記憶を、頭を振って散らす。

「ん〜…、私も寝よう」

愛する娘のいる寝室に、私は足を向けた。

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