仮色

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【風邪】

ぼーっとした頭で、カタカタとキーボードを鳴らす。
殆ど頭は動いてないというのに勝手に物語を紡いでいくこの手は、多分体が覚えてしまった行為だからなんだろう。
真っ白なモニターがどんどんと小さな文字達で埋まっていく。
癖で走っていく文字を目で追うが、打ち込んだ文字は直ぐにぼやけて、自分の頭では処理できなくなってしまっていた。
明度の高い後ろの白が、目の奥に染みて痛みをじんじんと伝えてくる。
あたまいた…、と本当に自分で思っているか不思議なほど離れたところで思考が行われていた。
少しずつ強くなっていく痛みを誤魔化そうと、隣に用意していたコーヒーを飲もうと手に取る。
するっと手からコップが抜け落ちそうになって、心臓が大きく動いた。

「あぶっ、!…こっわ」

何とか机にコーヒーがぶち撒けられる未来は回避できて、大きく胸を撫で下ろす。
机とキーボードが茶色に染まるところであった。
先程落としかけたコーヒーを口につけて周りを軽く見ると、この今書いている物語の為に買った資料やらが居座っていて、さっきはかなり危なかったと再確認をする。
資料が見れなくなってしまったら、物語が幼稚になってしまう。

「ちゃんと資料仕舞おう…」

分厚い資料を、すぐ隣にある本棚に仕舞った。
ほんの数手間なのに、面倒くさがってそこら辺に置いていたのだ。
こういうところが事故に繋がるのは分かっているが、まあ良いかなと思ってしまって何時もそのままにしてしまう。
次は出したらしっかり仕舞おう、と守られることのない軽い約束事を自分で決めた。この約束事を決めるのが何回目かはもう数えていない。

コーヒーと、心臓を跳ね上がらせたちょっとした出来事で冴えた目で、先程綴っていたモニターの文字を眺める。
…誤字がすごい。ここ最近で一番酷いかもしれない。
漢字ミスが連発していて、を、が、は、などがぐっちゃぐちゃになっている。
やっぱり、ぼんやりとした意識の中で物語は書かないほうが良いらしい。
これを直さないといけないからか、モニターの光が目を攻撃してきたからなのか、忘れていた頭痛が再び痛みだした。
ズキズキと強く痛む頭に、風邪を引いたかもしれないという考えに至る。
だが、残念ながら私の家に体温計は無い。買っておけばよかったな。
痛む頭を無視して、せめて誤字だけでも直そうとモニターに向き直ったが、頭痛が数割増しで痛くなるのを感じて直ぐに諦めた。
どうやっても頭は痛いままで、仕方ないので寝ようと思い寝室の方に向かう。
立ち上がった時に一瞬音と視界が飛んだ。
貧血みたいに体がふらふらとして、壁に手を付きながら歩いていく。
やばいぞ、思ったよりも重症だ。
一気に重くなった体を引きずりながら、辿り着いたベッドに入り込む。

「馬鹿は風邪引かないはずなのに…」

馬鹿なのに風邪を引いてしまったという事実にちょっと苛つく。
あ、でも風邪引いたってことは馬鹿じゃないってことなのか。
いや、馬鹿でも風邪は引くけど気付かないってことだから、気付く系の馬鹿なだけか、私は。
そんな謎の事を頭の中でぐるぐる考えて、考えている内にそれすらも良く分からなくなってしまった。
分からなくなって何も考えれずにいると、どんどんと瞼が下がってくる。
いつもは寝付きが悪いが、流石に体調が悪い時は眠くなるらしい。
別に抗うことでもないので、私は直ぐにぱちっと目を閉じた。

あ、締切近いけどどうしよう…。

まあ何とかなるか、と思う前に、私は意識を暗闇に飛ばした。

12/16/2023, 2:46:17 PM