【とりとめもない話】
意味のある人生にしたいっていうのに、なんで会話をするのかなって。
時々、思ったりしないだろうか。
例えば、昨日誰か気を許せる友人と話をしたとして。
その会話を、次の日に全て思い出せるだろうか。もしくは、思い出そうとすることがあるだろうか。
勿論、話をしてる時は楽しい。だけど、そこから今後にひとつでも繋げられることが何かあるだろうか、というちょっと興醒めな話である。
ギャンブルやパチンコ、薬物とまではいかないけど、やめられない緩やかな一時性の享楽とでもいえば良いのか。
自分自身がやめられないのか、それとも社会がやめさせてくれないのかは、知らないけど。
これは、仲間とするとりとめのない会話の重要性を説いた文章を読んで、最近思ったこと。(ちなみに国語のテストの文章問題であった)
【終わらせないで】
ふわり、と甘い匂いが鼻腔を揺らす。
―
うちの庭はけっこう広い。
祖父母の土地をそのまま譲り受けたらしく、庭だけで家の2個分はあったりする。
庭と言うのだからしっかり整備されていると思いきや、全くそうではない。いい感じの自然、と言えば良いのだろうか。
庭に植わっている植物というと、とりあえず雑草。これはマスト。
珍しいものでは、蜜柑の木、枇杷の木、栗の木、彌猴桃の木、花梨の木、梅の木、桜桃の木、李の木、もう少し他にもあった気がするが、目立つのはここの辺り。
この時点で大分と珍しい庭だとは思う。子供の時はよく枇杷の木に登って遊んでいて、それが思い出として残る庭だ。
小学校低学年の時期はよく庭で走り回っていて、何の虫がいるとか、何の花が咲いてるとか、隅々まで探索して回っていた。だから、庭のことは大体把握できている…と思う。最近あまり庭に出てないので今は怪しいが。
庭で何が好きだったか一つ答えよと言われると、それは秋の香りだ。
9月から10月のあたり。どこからか漂ってくる、甘い匂い。
最近までどこから香ってくるのか、何の匂いなのかすら知らなかったし、どこか記憶に残りにくいその匂いは調べようと思うまでに至ってくれなかった。
ただその時期になると香ってきて、ああそういえばこんな匂いあったなと思って、確かな満足感を覚える。そんな立ち位置。
秋の始まり、そういえば甘い匂いするよね、と日常会話を家族としていた時だった。
「あれ、金木犀だよ」
きんもくせい……あぁ、金木犀。あっさり長年の答えを言われて、こっちもなんだかあっさり納得してしまう。
シャンプーやらハンドクリームやらでよく見かける香りの名前なので、知識としては入っていた。なんならテスターを使ったこともある。
でも、うちの庭の甘さと、商品の甘さは、全く違うものなような気がした。やっぱり商品は匂いを抽出しているから違ってくるのだろうか。
私は庭で香ってくるような、記憶に残らないが幸せを少し残していくみたいな甘さが好きだった。
「うちに金木犀あったんだ」
「あるよ、昔から」
はて、どのあたりに植わっているのか。脳内で庭のマップをぐるりと確認しても全然分からなくて、頭を傾げた。
金木犀、ちょっと見てみたい。記憶が合っているのなら、ちょこんとした暖色の花が集まっている、可憐な見た目だったような気がする。
またいつか見てみよう。
そんなことを考えて、結局見ぬまま甘い香りがする時期は終わった。
金木犀が見れるのはまた来年か、と少し肩を落とす。
こう言っちゃ悪いが、うちの庭はよく手入れがされているっていう訳では無い。烏に枇杷の実が突かれるくらいはしょっちゅうある。
だから、自然の厳しさというか、そういったものに金木犀がやられてしまわないか少し心配だった。
今まで運よく毎年金木犀が咲いていただけで、もしかしたら来年はもう咲かないかもしれない、みたいな。無いわけじゃないけど、限りなく可能性が低いものの心配。
もう咲かないのなら仕方がないが、欲を言うなら金木犀には来年も頑張ってほしい。
あの甘さと、おそらく可憐であろうその姿を見てみたいだけの一人の人間は、ひっそりとそう思うのであった。
―
終わらせないで
【愛情】
人間は地球に害しか成してないというのに、随分と寛容でいてくれていると思う。
ゆっくりと自転を続けて、オゾン層で地上にやさしいベールをかけて保護して。感情が昂ぶった時なんかにおお神よ、なんて言ったりするが、真に祈りや感謝を捧げるべきは天ではなく地面なような気はする。
だのに人間といったら、二酸化炭素で海面上昇させたり、核を作っていつ地球が死ぬか分かんない状況を作ったり、ひっちゃかめっちゃか。なんで地球は人間の暴挙をそんなに許していてくれるのか、と不思議なもので。
案外、何しでかすか分からないランダム性みたいなものが気に入られたからなのかもしれない。地球じゃないから全部憶測だけどね。
地球に人間特有の感情や思考を当てはめても良いのなら、進化をしながらも昔からずっと表面に居る人間に愛着でも湧いたのかもしれない。地球に害なす存在を許しているくらいだから、人間なら困るくらいにものを捨てられないタイプだろう。
それか、親が子供に対する愛情みたいなものか。
私たちは、その愛情を当たり前に受け止めすぎてやしないか。
一回、赤ん坊にでも戻った気持ちで、改めて愛情の暖かさと無条件がゆえの怖さを、思い出すべきなのかもしれない。
なんてね。
【忘れたくても忘れられない】
例えば、キッチン。
慣れない手つきで、それでも私の手を借りずにどうにか料理を完成させようと頑張っていたあの顔。
例えば、リビング。
テレビでお笑い番組を見て笑う姿。映画を真剣に見る顔。動物のノンフィクションのドラマに感動したと泣きそうになっている表情。
例えば、アクセサリー。
1周年記念日に一緒にお店に行って選んだ指輪。着けない時はいつも彼と同じ場所に仕舞っていたのに、今は一つだけ、悲しくシルバーがコロンと転がっている。
例えば、玄関。
行ってきます、と少し眠そうな声。ただいま、と少し疲れた声。
早く早く、と楽しそうに出かけるのを急かす声。
もう、ぜんぶ全部見られない光景。
確かにその光景は自分の目で見たもののはずなのに、温度感のない部屋はそのことは本当だったのか、都合の良い妄想なのではと疑問に思わせてくる。
場所はあるのに、そこにいてほしい人だけいないくて。
忘れたいのに、忘れられない。
忘れさせてくれない、あの声を、あの顔を、あの姿を。
【高く高く】
優しく風が吹いて、顔のすぐ横にある草がさらさらと音を立てた。
草をベッドみたいにして寝転んでいる今、その音が子守唄に聞こえて目を閉じる。
ひゅうひゅうと風が舞うのが収まって、たっぷり余韻に浸ってから目をゆっくり開ける。
目の前に広がるのは、青と黒の背景に銀のラメを散らしたような素敵な光景。
そこにぽっかりと浮かぶ、今にも折れそうな細々しい月があった。
それを目に入れて、もしや、あの細さなら今の自分にも握り潰せるのではないか、と手を空へ伸ばす。
月に手をかざして、ぐしゃっとするように握ってみた。
掴んだ感覚はない。重力に従って腕を下ろすと、ぼんやり光っている月が変わらずに見えた。
流石に掴めないかぁ、となんとなく悔しくなる。
自分の腕がにゅーんと伸びさえしたらぽきっといける気がするんだけどな。
そんな妄想を頭の中でして、ふぅ、と息をついて再び目を閉じる。
なんだか疲れて眠りたい気分になってしまった。
外で寝たら風邪を引くだろうか。まあ月の光が温めてくれるか、月光って布団みたいなもんでしょ。と、謎の持論を展開して深呼吸をする。
「おやすみ」と呟く声を、ぽきっとできそうでできない月のみが聞いていた。