仮色

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【終わらせないで】

ふわり、と甘い匂いが鼻腔を揺らす。



うちの庭はけっこう広い。
祖父母の土地をそのまま譲り受けたらしく、庭だけで家の2個分はあったりする。
庭と言うのだからしっかり整備されていると思いきや、全くそうではない。いい感じの自然、と言えば良いのだろうか。
庭に植わっている植物というと、とりあえず雑草。これはマスト。
珍しいものでは、蜜柑の木、枇杷の木、栗の木、彌猴桃の木、花梨の木、梅の木、桜桃の木、李の木、もう少し他にもあった気がするが、目立つのはここの辺り。
この時点で大分と珍しい庭だとは思う。子供の時はよく枇杷の木に登って遊んでいて、それが思い出として残る庭だ。
小学校低学年の時期はよく庭で走り回っていて、何の虫がいるとか、何の花が咲いてるとか、隅々まで探索して回っていた。だから、庭のことは大体把握できている…と思う。最近あまり庭に出てないので今は怪しいが。

庭で何が好きだったか一つ答えよと言われると、それは秋の香りだ。
9月から10月のあたり。どこからか漂ってくる、甘い匂い。
最近までどこから香ってくるのか、何の匂いなのかすら知らなかったし、どこか記憶に残りにくいその匂いは調べようと思うまでに至ってくれなかった。
ただその時期になると香ってきて、ああそういえばこんな匂いあったなと思って、確かな満足感を覚える。そんな立ち位置。
秋の始まり、そういえば甘い匂いするよね、と日常会話を家族としていた時だった。
「あれ、金木犀だよ」
きんもくせい……あぁ、金木犀。あっさり長年の答えを言われて、こっちもなんだかあっさり納得してしまう。
シャンプーやらハンドクリームやらでよく見かける香りの名前なので、知識としては入っていた。なんならテスターを使ったこともある。
でも、うちの庭の甘さと、商品の甘さは、全く違うものなような気がした。やっぱり商品は匂いを抽出しているから違ってくるのだろうか。
私は庭で香ってくるような、記憶に残らないが幸せを少し残していくみたいな甘さが好きだった。
「うちに金木犀あったんだ」
「あるよ、昔から」
はて、どのあたりに植わっているのか。脳内で庭のマップをぐるりと確認しても全然分からなくて、頭を傾げた。
金木犀、ちょっと見てみたい。記憶が合っているのなら、ちょこんとした暖色の花が集まっている、可憐な見た目だったような気がする。
またいつか見てみよう。
そんなことを考えて、結局見ぬまま甘い香りがする時期は終わった。
金木犀が見れるのはまた来年か、と少し肩を落とす。
こう言っちゃ悪いが、うちの庭はよく手入れがされているっていう訳では無い。烏に枇杷の実が突かれるくらいはしょっちゅうある。
だから、自然の厳しさというか、そういったものに金木犀がやられてしまわないか少し心配だった。
今まで運よく毎年金木犀が咲いていただけで、もしかしたら来年はもう咲かないかもしれない、みたいな。無いわけじゃないけど、限りなく可能性が低いものの心配。

もう咲かないのなら仕方がないが、欲を言うなら金木犀には来年も頑張ってほしい。

あの甘さと、おそらく可憐であろうその姿を見てみたいだけの一人の人間は、ひっそりとそう思うのであった。


終わらせないで

11/28/2024, 4:55:15 PM