【イルミネーション】
きらきらとした光の群衆に、思わずほう、と息をついた。
はいた息が白く変化して上に消えていって、忘れていた寒さを思い出させてくる。
思わず、首に巻いていたマフラーをきっちりと巻き直した。
「どう?綺麗っしょ」
隣で一緒に沢山の光を見ていた友達が、寒さで頬を赤くしながら問いかけてきた。この、人が居ない穴場を教えてくれたのは彼女だ。
うん、めちゃくちゃ、と素直に返すとにっこり笑顔になって、輝いている光達に顔を戻した。
こんなに寒いのにマフラーを巻いていないせいで、ゆるゆると緩んでいる顔が丸見えで。
そんな顔に、温かい気持ちになる。
体は寒いのに、心は温かくて。
「なんか、不思議な感じだね」
自分も知らぬ内に口から出てきていた言葉に、友達がそお?と返してくる。
うん、と答えると、それ以上は何も聞かれなかった。
光を前に、静かな時間がゆったりと過ぎていく。
「…寒いね」
「うん」
「帰るかぁ」
そんな素朴な会話で、私達はそこから動き出した。
また来ようね。
うん。
今度はもっと厚着しよ…。
それは本当にそう、風邪引くよ。
日常に戻った会話の中でも、私の心には綺麗なイルミネーションの光に照らされる友人の顔がちらついていた。
それも、あの心底幸せそうに緩んだ顔が、である。
【愛を注いで】
「でね、これが『愛』が入ったポット」
この淡い桃色の、ハートの装飾がキラキラと光るポットが『愛』。
忘れないように、必死に頭に刻みつける。
青色が『悲しみ』、赤色が『怒り』、黄色が『希望』…色々教えられすぎて全部覚えられたか不安になる。
先輩にもう一回教えてもらわないといけないかもしれない。
「『愛』はね、『悲しみ』よりもちょっと多めに注ぐの。そっとね、優しい気持ちで注ぐのがポイントよ」
「はい」
眼の前で『愛』を注ぐところを見せてもらう。
天使になって長い先輩は、手慣れた感じで地球に『愛』を注いで見せてくれた。
私に「優しい気持ちで」と言った通り、慈愛に満ちた優しい顔をしていて思わず見入ってしまう。
「すごい…」
私も早く仕事に慣れて先輩みたいな天使になりたいな、と心から思った。
新人天使の私には遠い未来なのかも知れないが。
「そうね、『愛』なら注ぎすぎちゃっても大丈夫だし、あなたもやってみる?」
「え、はい!」
どうぞ、と『愛』のポットを手渡される。
ポットは少し暖かくて、胸のあたりがふんわりと優しく包まれるような感覚がした。
先輩の真似をして、優しく注いでみる。
「わあ…」
ポットの中から出てきたふわふわとしたピンクの靄が、地球中に散っていく。
それを見て、胸が愛しい気持ちでいっぱいになった。
愛が届いた人に、幸せが訪れますように。
「…うん、とっても上手よ。直ぐに昇級できるんじゃないかしら」
「ありがとうございます!」
先輩に褒められて、思わずにっこりと笑顔になった。
この調子じゃあ私も抜かされそうね、と冗談を言う先輩に「まさか!」と本心を包み隠さず伝える。
「先輩みたいになれるようにお仕事がんばります!」
「ふふ、そう。頑張ってね」
笑い合う私達の横で、『愛』のポットからふよふよとピンクの靄が出てくる。
それは、知らぬ間に先輩と私の胸にすっと消えていった。
【心と心】
私の友達には、とんでもなく察しが良い子がいる。
ちょっとでも体調が悪かったら気付かれるし、隠し事なんて以ての外。
悲しいことがあったら直ぐに察して励ましてくれるし、放っておいて欲しい時も見分けて接してくれる。
短い人生の内ながらも、こんなに人の良い友達はいないと私は断言できる。
でも、そんな友達にも少しだけ気に入らないことがある。
「どした、なにかあった?」
「まーた溜め込んでる顔してる、私に言ってみな?」
「あ、なんか隠し事してるでしょ。そろそろバレるって分かりなよ〜」
常に人のことを見て、困っていそうだったら真っ先に声を掛ける癖して、
「あ…うん、大丈夫だよ。こっちの問題だから、そんなに心配しないで?」
そっちが辛そうなとき、心に入り込むのを全力で拒否してくる。
何を言ってもぎこちない笑顔で「大丈夫」って、あなたほど察しの良くない私でも大丈夫じゃないって分かるのに。
助けられるのが怖い、って顔してる。
いつも誰かを助けているのに、なんて自分勝手なんだろう。
私にもあなたを助けさせてよ。
私はあなたを親友だと思ってるし、あなたも私を親友だと思ってると信じてる。
多分、これは自惚れなんかじゃない。
「大丈夫って言うな、大丈夫じゃないでしょ」
先に、こっちの心に優しく踏み込んできたのは貴方なんだから、
「いつものお返しさせてよ。」
ぽかんとした顔で私を見つめる目には、薄く涙が張っていた。
【何でもないフリ】
「ねぇ、知ってたかい?目を向けなければそれは本当にならないんだよ」
酷く疲れた顔をして煙草をふかす彼は、大きな哀愁を背中に背負っているように見えた。
なんて言えば良いのかいくら考えても分からなくて、沈黙がその場に満ちていく。
その事に焦って、咄嗟に一番最初に思ったことを口に出す。
「自分の本当にはならないかも知れないですけど、他の人の本当にはなるんじゃないですかね」
口に出してから、少し後悔をする。
色々とごちゃごちゃ考えた末に何も考えずに言ってしまったので、何か失言が無かったか後になって思い返した。
ちらりと隣の顔を見ても、やっぱり何を考えているのかは分からない。
煙草の紫煙がちょっとずつ顔を隠していって、彼の存在が薄くなってしまったかのように感じてしまう。
「まぁー、そうかもしれないけど、それにすら目を向けなかったら良いことだしね」
はは、と作り笑いだとひと目見て分かる笑い声が聞こえて、思わず眉を寄せてしまう。
笑ったことによって、彼が持っていたひとつの感情が抜けていってしまったような感覚に陥る。
「あー、ごめんね、変なこと聞いちゃって。今のこと忘れてほしいな」
「え、嫌です」
すっと考える前に出てきた言葉に、自分で驚く。
彼も、間髪入れずに言った私の言葉に驚いたように目を少し開いていた。
その姿を見て、まだ彼は感情が抜け切っていないことに少し安堵する。
「忘れてほしいのであれば、少し休んで下さい。今から。働きすぎです」
休んでるよ、今も煙草休憩だし、と本気で口にする彼に、怒りを通り越して呆れが浮かぶ。
「いいですか、休むっていうのは心が大事なんですよ。心、休まってますか。休まってないですよね」
「えー、休まってると思うんだけどな」
「それは自分で自分が何でもないフリをしてるだけです」
きょとんとした顔をする彼に、人生で1、2を争う長さの溜息が出る。
「いいですか、もう一度言いますよ?
……いいから休んどいてください!!」
【仲間】
「おら待て犯人!!」
「っ、俺があっちから待ち伏せするから頼むぞ」
「おうよ!」
俺よりも若干速い足を全力で使って、相棒が離れていく。
犯人をずっと追いかけているので息が切れるが、あいつに負ける訳にはいかない。
犯人の姿は見えなくなってしまったが、ここからは一本道だ。
さあ、こちらからも追いかけるぞ、と駆け出した時だった。
「う、うわぁぁぁあああ!!!」
死角だった横の道から、異常な大声を出して人影が突っ込んで来る。
「うおっ!?」
咄嗟に避けてから人影を見ると、それは今追いかけていた犯人だった。
くそ、奥に行ったと思ってたら隠れてたか。
呻く犯人の手元にはキラリと光るなにかがある。
光るものが包丁だと理解した途端、どっと冷や汗が吹き出た。
(あっっぶね〜!危うくお陀仏になるところだったな…)
警棒を腰から取り出して、犯人に構える。
犯人はギラギラと包丁に負けないくらいのイカれた目をしていて、今にも飛び掛かってきそうだった。
あああぁぁああ!!!と狂った声を出して犯人がこちらに向かってくる。
「せい、やっ!!」
バキッ、という少々不穏な音がして、犯人は五体投地のポーズにさせられた。
…俺は何もしていない。やったのは相棒だ。
ほら、証拠にここから一歩も動いていない。
「案外早かったな」
「もう待てど待てど来ねぇから焦ったわ」
ふぅー、とひと仕事を終えた相棒は息をついた。
さんきゅ、と短く言うと、おうよ、とにかっと歯を見せて返事をされる。
こいつマジで学生の時から変わんねぇな、と毎回のごとく思いながら、犯人に手錠を掛ける。
「えー、18時54分、犯人確保」
「え、ちょっと待て、こいつ俺らで運ぶのか」
「…まぁーー、この道にパトカーは入れないわな」
まじかよ〜…と面倒くさそうに犯人をどうにかして運ぼうとする相棒を見て、俺は思わず笑っていた。
警察に入った時から一緒に事件を解決していた。
でも、こいつはいつまでも変わらないままだ。
…変わらないままで居てくれる。
俺には、そのことがどうしようもなく輝いて見えてしまうのだ。