仮色

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【何でもないフリ】

「ねぇ、知ってたかい?目を向けなければそれは本当にならないんだよ」

酷く疲れた顔をして煙草をふかす彼は、大きな哀愁を背中に背負っているように見えた。
なんて言えば良いのかいくら考えても分からなくて、沈黙がその場に満ちていく。
その事に焦って、咄嗟に一番最初に思ったことを口に出す。

「自分の本当にはならないかも知れないですけど、他の人の本当にはなるんじゃないですかね」

口に出してから、少し後悔をする。
色々とごちゃごちゃ考えた末に何も考えずに言ってしまったので、何か失言が無かったか後になって思い返した。
ちらりと隣の顔を見ても、やっぱり何を考えているのかは分からない。
煙草の紫煙がちょっとずつ顔を隠していって、彼の存在が薄くなってしまったかのように感じてしまう。

「まぁー、そうかもしれないけど、それにすら目を向けなかったら良いことだしね」

はは、と作り笑いだとひと目見て分かる笑い声が聞こえて、思わず眉を寄せてしまう。
笑ったことによって、彼が持っていたひとつの感情が抜けていってしまったような感覚に陥る。

「あー、ごめんね、変なこと聞いちゃって。今のこと忘れてほしいな」

「え、嫌です」

すっと考える前に出てきた言葉に、自分で驚く。
彼も、間髪入れずに言った私の言葉に驚いたように目を少し開いていた。
その姿を見て、まだ彼は感情が抜け切っていないことに少し安堵する。

「忘れてほしいのであれば、少し休んで下さい。今から。働きすぎです」

休んでるよ、今も煙草休憩だし、と本気で口にする彼に、怒りを通り越して呆れが浮かぶ。

「いいですか、休むっていうのは心が大事なんですよ。心、休まってますか。休まってないですよね」
「えー、休まってると思うんだけどな」
「それは自分で自分が何でもないフリをしてるだけです」

きょとんとした顔をする彼に、人生で1、2を争う長さの溜息が出る。


「いいですか、もう一度言いますよ?


……いいから休んどいてください!!」

12/11/2023, 2:49:59 PM