仮色

Open App

【とりとめもない話】

店のカウンターに体重をかけて、煙管を吸う男がいた。
その男の店は全体的に暗い色で締められており、時折目に入るビビットの有彩色が目に焼き付いて離れない。
部屋の色とは反対の真っ白な服を着た男の手元から、煙管の薄暗いグレーが漂う。

「…あ、いらっしゃい」

にっこりと笑って、男が来店の歓迎の言葉を述べた。
男の顔面は、いわゆる甘いフェイスというやつ。
そのカオからどんな甘さを持った声が飛び出てくるのかと思えば、女の声が手を振ってやってきた。
目が見え、加えて耳が聞こえるものは、予想とはかけ離れたその男…若しくは女のその在り方に、暫くは脳をこちょこちょと弄られるような感覚がするだろう。
男なのか女なのか。分からなくなってしまったので、ここからは店員とでも言うとするか。
そいつを店員と呼ぶには、少し貫禄がありすぎる気もするけれど。

「こちらへどうぞ」

そう言うと、店員は店の真ん中にポツンと置いてあるガラスの大きなテーブルに案内をした。
2脚ある内の片方の椅子を引いて、来た客を座らせる。
客が座ったのを確認して、店員も対面に置いてある椅子に腰を掛けた。

「さあ、"お話"を致しましょう」

それから、店員は色々なことを話し始めた。
話はぴょんぴょんと変わり続けて、頭を混乱させる。
もしくは停止、かな。考えるのを辞めるってやつ。
客に相槌をさせる暇すら作らず、にこにこと笑顔を保ったまま、話し続けた。

「夜が来るのは、朝が来るから。逆も同じと言えよう」「雑草という草はないんだよ、ひとつひとつ名前がある」「人工知能は怖いか怖くないのか、人間が恐ろしいだけなのか」「人間は素晴らしくて愚かだ」「虫が生きるのに必要なエネルギーは」「不思議だと思わないかい。硝子はなぜ全てを透かすのか」「水はこの世でいちばん信用が効くイキモノだ」

…、
、……
…、……

「―――、――。」

話の奔流に飲まれておろおろとしていた瞳が、ある話題できらっと輝いた。
それを見た店員は、もはや一人語りになっていた話を止めると、客に立つように求める。
貴方は早い方でしたね、なんて、客からしたらよく分からない事を言いながら。

「無欲な貴方が奥底で求めているのは、この本の中にありますよ」

店員が店の奥に消えたかと思えば、いかにも古めかしい本を手に持って現れた。
鞣した皮のカバーには年季が入っていて、本の背は何語かよく分からない文字が書かれている。
だけど、読めるのだ。全く知らない文字、なのに頭に意味が入ってくる。

「よ、読んでも?」
「勿論です。この本は現在から貴方のモノですよ」

本に囚われてしまった脳ミソは、店員の言葉を絶妙に聞き流して本を開く。
そこには、――のことについて詳しく書かれているようだった。
今まで感じたことのない謎の高揚感に、胸が正常とは言えない動きをし始める。

「さあ、お帰りください。そこからは貴方が紡ぐものです」

流されるように、店の外に出された。
外は真っ暗なのに、月と星が主張をしすぎたせいで明るくもあった。
その空間が、客のこの後の人生というモノをそのまんま表しているようで。

「ご来店、誠に有難うございました。」

仰々しく紳士の礼をした店員は、明るすぎる夜の中で人工的に笑った。

12/18/2023, 9:20:37 AM