仮色

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12/16/2023, 2:46:17 PM

【風邪】

ぼーっとした頭で、カタカタとキーボードを鳴らす。
殆ど頭は動いてないというのに勝手に物語を紡いでいくこの手は、多分体が覚えてしまった行為だからなんだろう。
真っ白なモニターがどんどんと小さな文字達で埋まっていく。
癖で走っていく文字を目で追うが、打ち込んだ文字は直ぐにぼやけて、自分の頭では処理できなくなってしまっていた。
明度の高い後ろの白が、目の奥に染みて痛みをじんじんと伝えてくる。
あたまいた…、と本当に自分で思っているか不思議なほど離れたところで思考が行われていた。
少しずつ強くなっていく痛みを誤魔化そうと、隣に用意していたコーヒーを飲もうと手に取る。
するっと手からコップが抜け落ちそうになって、心臓が大きく動いた。

「あぶっ、!…こっわ」

何とか机にコーヒーがぶち撒けられる未来は回避できて、大きく胸を撫で下ろす。
机とキーボードが茶色に染まるところであった。
先程落としかけたコーヒーを口につけて周りを軽く見ると、この今書いている物語の為に買った資料やらが居座っていて、さっきはかなり危なかったと再確認をする。
資料が見れなくなってしまったら、物語が幼稚になってしまう。

「ちゃんと資料仕舞おう…」

分厚い資料を、すぐ隣にある本棚に仕舞った。
ほんの数手間なのに、面倒くさがってそこら辺に置いていたのだ。
こういうところが事故に繋がるのは分かっているが、まあ良いかなと思ってしまって何時もそのままにしてしまう。
次は出したらしっかり仕舞おう、と守られることのない軽い約束事を自分で決めた。この約束事を決めるのが何回目かはもう数えていない。

コーヒーと、心臓を跳ね上がらせたちょっとした出来事で冴えた目で、先程綴っていたモニターの文字を眺める。
…誤字がすごい。ここ最近で一番酷いかもしれない。
漢字ミスが連発していて、を、が、は、などがぐっちゃぐちゃになっている。
やっぱり、ぼんやりとした意識の中で物語は書かないほうが良いらしい。
これを直さないといけないからか、モニターの光が目を攻撃してきたからなのか、忘れていた頭痛が再び痛みだした。
ズキズキと強く痛む頭に、風邪を引いたかもしれないという考えに至る。
だが、残念ながら私の家に体温計は無い。買っておけばよかったな。
痛む頭を無視して、せめて誤字だけでも直そうとモニターに向き直ったが、頭痛が数割増しで痛くなるのを感じて直ぐに諦めた。
どうやっても頭は痛いままで、仕方ないので寝ようと思い寝室の方に向かう。
立ち上がった時に一瞬音と視界が飛んだ。
貧血みたいに体がふらふらとして、壁に手を付きながら歩いていく。
やばいぞ、思ったよりも重症だ。
一気に重くなった体を引きずりながら、辿り着いたベッドに入り込む。

「馬鹿は風邪引かないはずなのに…」

馬鹿なのに風邪を引いてしまったという事実にちょっと苛つく。
あ、でも風邪引いたってことは馬鹿じゃないってことなのか。
いや、馬鹿でも風邪は引くけど気付かないってことだから、気付く系の馬鹿なだけか、私は。
そんな謎の事を頭の中でぐるぐる考えて、考えている内にそれすらも良く分からなくなってしまった。
分からなくなって何も考えれずにいると、どんどんと瞼が下がってくる。
いつもは寝付きが悪いが、流石に体調が悪い時は眠くなるらしい。
別に抗うことでもないので、私は直ぐにぱちっと目を閉じた。

あ、締切近いけどどうしよう…。

まあ何とかなるか、と思う前に、私は意識を暗闇に飛ばした。

12/15/2023, 1:40:45 PM

【雪を待つ】

「おかあさん!みて、ゆき!」

夜になって閉めていたカーテンをいっぱいに開いて、娘が私にそう言った。
窓の外を見ると雪がちらちらと落ちてきていて、地面につくとしゅわっと溶けて消える。

「初雪ね〜、今日はあったかくして寝ましょうね」
「ねえおかあさん、あしたつもるかな!?」

娘の言葉に、ちょっと待ってと伝えてスマホで天気予報を見る。
明日の天気は雪だるまのマークになっていて、今夜から明日までは降るらしいことが分かった。
娘に雪だるまマークが写った画面を見せて、そのことを伝える。
すると直ぐにきらきらとした目に変わって、興奮したように「やったぁ!」と声を上げた。

「今日は早く寝て明日雪で遊びましょう」
「うん!おかあさんおやすみー!」

一瞬の内で寝室に消えていった娘に、思わず苦笑いしてしまう。
雪を前にした行動が小さい頃の私にそっくりで、子は親に似るんだなと改めて感じた。

『おかあさん、ゆきふってる、ゆき!』
『はいはい、あったかくして寝るのよ』
『あしたゆきであそべるかな?』
『もちろん、だから早く寝ましょうね。分かった?』
『うん!』

薄れていた昔の記憶が蘇ってきて、懐かしい気持ちになった。
セピア色の景色の記憶を、頭を振って散らす。

「ん〜…、私も寝よう」

愛する娘のいる寝室に、私は足を向けた。

12/15/2023, 9:54:27 AM

【イルミネーション】

きらきらとした光の群衆に、思わずほう、と息をついた。
はいた息が白く変化して上に消えていって、忘れていた寒さを思い出させてくる。
思わず、首に巻いていたマフラーをきっちりと巻き直した。

「どう?綺麗っしょ」

隣で一緒に沢山の光を見ていた友達が、寒さで頬を赤くしながら問いかけてきた。この、人が居ない穴場を教えてくれたのは彼女だ。
うん、めちゃくちゃ、と素直に返すとにっこり笑顔になって、輝いている光達に顔を戻した。
こんなに寒いのにマフラーを巻いていないせいで、ゆるゆると緩んでいる顔が丸見えで。
そんな顔に、温かい気持ちになる。

体は寒いのに、心は温かくて。

「なんか、不思議な感じだね」

自分も知らぬ内に口から出てきていた言葉に、友達がそお?と返してくる。
うん、と答えると、それ以上は何も聞かれなかった。
光を前に、静かな時間がゆったりと過ぎていく。

「…寒いね」
「うん」
「帰るかぁ」

そんな素朴な会話で、私達はそこから動き出した。

また来ようね。
うん。
今度はもっと厚着しよ…。
それは本当にそう、風邪引くよ。

日常に戻った会話の中でも、私の心には綺麗なイルミネーションの光に照らされる友人の顔がちらついていた。

それも、あの心底幸せそうに緩んだ顔が、である。

12/14/2023, 9:56:28 AM

【愛を注いで】

「でね、これが『愛』が入ったポット」

この淡い桃色の、ハートの装飾がキラキラと光るポットが『愛』。
忘れないように、必死に頭に刻みつける。
青色が『悲しみ』、赤色が『怒り』、黄色が『希望』…色々教えられすぎて全部覚えられたか不安になる。
先輩にもう一回教えてもらわないといけないかもしれない。

「『愛』はね、『悲しみ』よりもちょっと多めに注ぐの。そっとね、優しい気持ちで注ぐのがポイントよ」
「はい」

眼の前で『愛』を注ぐところを見せてもらう。
天使になって長い先輩は、手慣れた感じで地球に『愛』を注いで見せてくれた。
私に「優しい気持ちで」と言った通り、慈愛に満ちた優しい顔をしていて思わず見入ってしまう。

「すごい…」

私も早く仕事に慣れて先輩みたいな天使になりたいな、と心から思った。
新人天使の私には遠い未来なのかも知れないが。

「そうね、『愛』なら注ぎすぎちゃっても大丈夫だし、あなたもやってみる?」
「え、はい!」

どうぞ、と『愛』のポットを手渡される。
ポットは少し暖かくて、胸のあたりがふんわりと優しく包まれるような感覚がした。
先輩の真似をして、優しく注いでみる。

「わあ…」

ポットの中から出てきたふわふわとしたピンクの靄が、地球中に散っていく。
それを見て、胸が愛しい気持ちでいっぱいになった。

愛が届いた人に、幸せが訪れますように。

「…うん、とっても上手よ。直ぐに昇級できるんじゃないかしら」
「ありがとうございます!」

先輩に褒められて、思わずにっこりと笑顔になった。
この調子じゃあ私も抜かされそうね、と冗談を言う先輩に「まさか!」と本心を包み隠さず伝える。

「先輩みたいになれるようにお仕事がんばります!」

「ふふ、そう。頑張ってね」

笑い合う私達の横で、『愛』のポットからふよふよとピンクの靄が出てくる。

それは、知らぬ間に先輩と私の胸にすっと消えていった。

12/13/2023, 9:59:20 AM

【心と心】

私の友達には、とんでもなく察しが良い子がいる。
ちょっとでも体調が悪かったら気付かれるし、隠し事なんて以ての外。
悲しいことがあったら直ぐに察して励ましてくれるし、放っておいて欲しい時も見分けて接してくれる。
短い人生の内ながらも、こんなに人の良い友達はいないと私は断言できる。

でも、そんな友達にも少しだけ気に入らないことがある。

「どした、なにかあった?」
「まーた溜め込んでる顔してる、私に言ってみな?」
「あ、なんか隠し事してるでしょ。そろそろバレるって分かりなよ〜」

常に人のことを見て、困っていそうだったら真っ先に声を掛ける癖して、

「あ…うん、大丈夫だよ。こっちの問題だから、そんなに心配しないで?」

そっちが辛そうなとき、心に入り込むのを全力で拒否してくる。
何を言ってもぎこちない笑顔で「大丈夫」って、あなたほど察しの良くない私でも大丈夫じゃないって分かるのに。
助けられるのが怖い、って顔してる。
いつも誰かを助けているのに、なんて自分勝手なんだろう。
私にもあなたを助けさせてよ。
私はあなたを親友だと思ってるし、あなたも私を親友だと思ってると信じてる。
多分、これは自惚れなんかじゃない。

「大丈夫って言うな、大丈夫じゃないでしょ」

先に、こっちの心に優しく踏み込んできたのは貴方なんだから、

「いつものお返しさせてよ。」

ぽかんとした顔で私を見つめる目には、薄く涙が張っていた。

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