紅月 琥珀

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6/2/2025, 2:39:29 PM

 僕はこの安寧の中で忘れていたんだ。
 運命とは残酷である事を。

 最初の兆候は気候変化。
 ある年を境に温暖化が進んでいると言っていたはずなのに、何故か夏でも15度を下回る日が年々増えてきていた。
 次の兆候は空の色。
 日の出・日の入りの時間の空の色が、灰色がかる様になってきた。
 3個目の兆候は水。
 2つの兆候を目の当たりにして、嫌な予感がした僕は水質調査をする。
 その結果、水道水・池・沼・海水・川。
 どの水源からも高い水準の糖度が検出された。
 最後の兆候は雨雲。
 濃淡は変われど灰色なのは変わらないはずなのに、ある日を境に石膏色になった。
 この事から僕は、程なくしてこの星も母星のように滅びるのだと理解する。
 僕の星もあの忌々しいウイルスに侵され滅びていったのだ。

 手に入れた安寧の日々はもうすぐ崩れ去るだろう。その時僕は⋯⋯先延ばしにされた終わりを迎えるのだ。
 逃げるための船は直せない。この星の文明レベルでは、あの船に必要な部品が作れないから⋯⋯もう、逃げることも誰かを逃がす事も出来ないのだ。
 雨の中、傘もささずに歩く人々をぼんやりと眺めながら過去に想いを馳せる。
 皆が繋いでくれた命だった。けれど、僕はあの時の“終末(し)”に追われ続けていたのだと⋯⋯この時はじめて知る。
 傘を差して“終末(し)の雨”の中を行く。
 せめて大切な君だけは生き残れるように⋯⋯僕の知る全ての知識で守ろうと決意して、傘で顔を隠しながらもうすぐ灰燼と化すであろう⋯⋯“救えなかった人々”から目を背ける。
 足早に向かう道の中で、降り続ける雨の音と―――幸せそうに話す人々(だれか)の声に、僕は唇を強く噛んだ。

6/1/2025, 1:00:51 PM

 梅雨になると周りの人達は、イライラし出す。
 髪がまとまらないとか、洗濯物がたまってしまうとか。
 中にはジメジメした気候が嫌とかで、八つ当たりする人も居たりする。
 かくいう私は梅雨と言うよりも雨が好きだった。
 土砂降りの力強いモノも、小降りのしとしとと鳴る雨音も好きだし、いっそずぶ濡れになるのも良い。
 ただし濡れる場合は風邪を引かないように注意が必要になるけど、あの肌に当たる冷たさも心地良いと感じる。
 それから絶対に外せないのは雨上がりの夕焼け空。綺麗な茜色に染まった空と、薄く色をうつす街並みはすごく綺麗で大好き!
 水溜りに映る空の色も、虹の架け橋も、素敵なものは雨が運んでくるのだ。
 だから私は雨が好き。梅雨時期にはお気に入りの傘を持って、今日の雨はどんなモノを運んでくるのかと胸を躍らせる。

 連日雨続きでみんな不機嫌だったある日。その日は久々の晴れの日だった。
 少し湿った朝の空気とは対照的に、さらりとした空気が通る。
 大好きな夕焼け空は無いけれど、暮れていく空はどんな時でも綺麗だと私は思う。
 そんな風景を眺めながら歩く帰り道で、ぽつりと頬に冷たい感覚がした。
 最初は気のせいかと思ったけど、その内その感覚がはっきりとしてくる。
 しかし、空を見上げても雨雲一つない綺麗な空だった。けれども、次第に強まっていく雨足に、私はふっと笑ってしまう。
「今日はお狐様が嫁入りしたのね」
 急いで開いた折りたたみ傘に、雨が当たる音がする。
 空は相変わらず雨雲のない綺麗な空で、そこに少しずつ夜の帳がおりていく。
 せっかく乾いてなくなってきていた水溜りは息を吹き返し、あの空を映している。
 それを眺めながら、歩く帰り道。
 ふとした瞬間、目に入ったのは―――水溜りに映る虹の架け橋。
 それはまるで宝石の様に輝きながら、風が吹く度に水面と共に煌めきながら揺れていた。
 その光景がとても綺麗で⋯⋯虹が消えるまで眺めていたら、いつの間にか雨は止んでいてすぐそこに夜が迫って来ていた。
 私は驚きつつも急いで家路に帰ると、大好きな君にさっき見た綺麗な虹の話をするのだった。

5/31/2025, 12:48:50 PM

『この世界は競争で成り立っている』と言う言葉は父の口癖だった。
 勉強もスポーツも芸事もビジネスも、他者との蹴落とし合い。だからこそ常に自分を磨き知識や技術を高め、革新しなければならないと言われ続けた。
『学生だからと怠けていたら、蹴落とされる。今から周りよりも高い知識と技術を身に着けておけ』
 父はそう私に強要する。母は基本的に空気であるが、私が、助けを求めると途端に父側に寝返るのだ。
 曰く『お父さんはあなたの為に心を鬼にしているのよ』と。
 やりたくない事を強制的にやらされ、行きたくない大学を目指さなければならず、その上友人も父のお眼鏡に叶わなければ認められない。
 遊ぶ時間があるなら勉強しろと言われ、読書は許すが文芸本か学術書のみ。挙句の果てには口にする物も粗悪なものは許さないと、皆が食べてるお菓子等は一切食べれなかった。
 窮屈な毎日。陸に居るのに溺れているような錯覚を覚え始めたのは、いつの頃だったか。
 気付いたら息が苦しくなって何事かと思ったら、自分で自分の首を絞めていた。その息苦しさに、変な心地良さを覚えてしまい⋯⋯その日を境に何か嫌な事があると締めるようになった。
 手に残る首の感触と熱。ゆっくりと加えていく力と圧迫感。
 やりたい事も食べたい物も、友人すら選べない私は―――果たして生きていると言えるのだろうか?
 自分の人生を生きられないなら、いっそこの場で自分を殺してしまおうか。なんて思う事も多くなってきた。

『周りの人間は敵(ライバル)と思え、仲良くなったとしても決して気を許すな。奴らはそうやって私達を罠に嵌めようとするんだ』
 父の言葉が脳裏に過る。競争で成り立つ世界では、これが当たり前なのだとそう口にし、何事も1番であれと言い続けた。
 学業もスポーツも芸事も全て完璧であれと、求められれば求められる程私は息苦しさを感じ、更に強く溺れているような錯覚を覚える。
 霞を掴むような変な感覚。ちゃんと息をしている筈なのに出来ていないような違和感に、私はまた自分の首を絞めた。
 そんな日々を送りながら、定期テストを無事に終え、憂鬱な返却日を迎える。
「今回も1番だったぞ。頑張ってるな!」
 毎回聞き飽きた言葉。そも私は1番でなければいけないのだから、頑張る事は義務なのだ。褒められることではないと思うけれど「ありがとうございます」と、瞬時に作り上げた笑顔で告げると席に戻る。
 全てのテスト返却を終えて、家で両親に見せた。
「今回も一番だったのか?」
 父はそれしか言わない。
「勿論です」と私が返すと「当然だな」とほめることもしないから、私は努力が嫌いになった。
 正直、私は競争なんてしたくない。誰かと普通に仲良くなって、放課後にクレープ食べたりカフェでお喋りしたりと、普通の女の子の生活がしたいのだ。
 行きたくない大学も、勝手に決められた将来の夢も全部捨ててしまいたい。でも、私にはこの家しか居場所がなく逃げられなかった。
 勝ち負けなんてどうでもいいから、いっそこの憂鬱ごと私を殺して欲しいと⋯⋯叶わぬ願いを胸に秘めながら、これからも望まぬ人生をいかされ続けるのだろう。

5/30/2025, 2:15:02 PM

 私が生まれた時にはもう既に人類は滅亡寸前だった。
 マッドウイルス、資源の枯渇、パラサイト・エンドロフィリアにアスタレア。
 人類滅亡の原因を挙げるならこれくらいだろう。

 アスタレアは突然飛来してきた宇宙生命であり、この星を自分達の惑星にしたいらしく⋯⋯問答無用で私達を皆殺しにしようとしていた。
 それに抗うために人類は武器を取るも⋯⋯圧倒的な文明力とフィジカルの差に、資源の枯渇も相まって私達はその数を減らし、窮地に追いやられた人類は地下でひっそりと暮らす事を余儀なくされる。
 しかし問題はそれだけではない。件の怪物がこの星(ち)に持ちこんだ未知のウイルスと寄生虫は、彼等と同じくらいに恐ろしく⋯⋯この星の環境と相性が良かった様で、凄まじい勢いで動植物を殺していった。

 そんな私達の生活は、当たり前だが荒んでいた。
 狭い地下街での争いは日常茶飯事。物資の取り合いで殺し合いに発展したり、変な新興宗教を立ち上げて現実逃避したりと⋯⋯毎日様々な事が起こっている。
 人々はアスタレアやマッドウイルス、寄生虫に怯えながら日々を過ごし、この地下世界で自分達の寿命が尽きるのを待つ事しか出来なかった。

 しかし一部例外があった。それが私だ。
 何故かは知らないけど、マッドウイルスの抗体持ちだったらしく⋯⋯現在陽性は出ているものの全く症状が出ていない。
 それどころか変な力を獲得し、それを使ってアスタレアを殺したこともある。
 その力が原因で研究のためと、良く地上へ行かされていたので、その時にエンドロフィリアにも寄生された。
 こちらは寄生されてから1ヶ月程度で頭部の肥大化が起こり最終的には爆発して死ぬ――――――はずだったのだが、こちらもかれこれ半年以上経っても症状が出ない。
 研究者達曰く、頭の中で繁殖はしているらしいが、常に一定数に保たれているため肥大化しないのではないかと言われた。
 なんで私だけそんな事になっているのか⋯⋯甚だ疑問ではあるが、推論としてマッドウイルスが宿主である私を守っているのでは無いかと思う。
 マッドウイルスによる感染症は、内部から徐々に泥化していく病だ。主要の臓器が泥化すると死亡する―――なんて事にはならず、むしろ完全に泥化するまで死ねないのが最大の特徴である逆ハイスペックウイルスだった。本当に迷惑な話である。
 この特性を謎の抗体とやらで取得してしまった私は、自分の意志で泥化出来るようになった。
 形状は2種類でスライム型と人型。
 研究者はスライム型を泥化、人型をマッドマンと敬称し、私はマッドマンの方でアスタレアと戦っている。
 しかし、数が多いアスタレアに対して有効な戦力は私一人、その為戦力を増やし、ワクチンも作ると言う名目で私は研究者達に協力させられている。
 あらゆる研究と言う名の拷問に耐え、ようやく完成したと言う抗マッドウイルスワクチンは成功をおさめた。
 そこまでは良かったが、次に着手した人類マッドマン計画とか言うふざけた名前の計画は大失敗。
 更に人類滅亡に拍車を掛けた。

 現在私は地上でアスタレアの討伐と検体運搬をしている。
 ここまで追い詰められて、滅亡寸前になっても尚抗い続ける人類には舌を巻く。
 もし生き残れたとしても、この地上では作物も育たないだろうに―――そんな事を思いつつも、彼等の無謀な挑戦に加担する私も同類かと自嘲する。
『どうせいつかは滅びて、私を置いてイくくせに』
 そう想いながらも私は⋯⋯私と人類(かれら)との確たる違いには目を瞑り、今日も少しずつ滅びへと傾く人類とこの星の為に“汚染地域(よごれただいち)”を駆け巡るのだった。

5/29/2025, 6:18:44 PM

 終幕を迎えた文明があるとして、全てが終わった後に生き残った人が居たとするのなら⋯⋯その人はどんな人生を歩むのだろうか。
 そんな疑問から始めた宇宙の旅だった。実際に自分で体験すると生き残れない可能性の方が高いけれど、この広い宇宙になら―――何処かに私の求める答えがあるかも知れない。そんな淡い期待から始めた事だった。

 それは難航を極める旅ではあったものの、共に旅してくれるAI(あいぼう)のスターチスと、あらゆる試練を乗り越え何億光年もの距離を進みここまで来た。
 前の星から約5年程宇宙を彷徨い、ようやく僕たちが着陸できる惑星を見つける。重力や表面温度等をスターチスに惑星外から測定してもらい、規定内に収まったため着陸する事にした。

 宇宙船の扉を開けて目に入るのは、一面真っ白く霞む景色。次いで見えるのは大量の砂と霞む景色の合間に見えた建造物だけ。
 とりあえずこの星に着陸し、この辺りを探索する。
 どうやらだいぶ前に滅びた文明らしく、殆どの建造物は朽ち果てており瓦礫の山と化していた。私は他に何か文明に関するモノはないかと入れそうな建物を探したが、めぼしいモノもなく⋯⋯またいつ崩れるか分からない程朽ちていた為、屋内探索は諦めた。
 この星の生命がどんな文明を築いていたのか⋯⋯気になりはしたものの、それを垣間見る為に必要な資料は得られそうにはない。ならばせめて、この文明が滅びた理由くらいなら知れないだろうかと、私はこの星を見て回る事にした。
 そうしている内にある違和感を感じ、私は携帯端末からスターチスに連絡し、大気の汚染濃度を調べてもらう。
 そも、文明が滅びた後の星というのは得てして植物が繁殖するのが基本だ。建造物はまだ辛うじて残っていると言うことは、滅びてから100年以上1000年未満の筈。
 だというのに、植物が一切生えていないのはおかしい。
 私は少し警戒しながら屋外探索を続けた。
 そうして辿り着いたある開けた場所で、はじめて白骨死体を見つける。
 これまでは朽ちた建造物以外見当たらなかったのに、それは瓦礫に囲まれた広い空間の中央に横たわっていた。
 近付くとボロボロの布切れに所々包まれ、眠るようにそこにある。
 倒れたと言うよりも、自らここを死に場所としたような⋯⋯そんな印象を受けた。

『船長! 大変です! 言われた通り大気の汚染濃度を調べたところ、AST7188系銀河で遭遇したSGウィルスを大量に検出しました! 直ちに船に戻り、この星から離脱する事を推奨します』
「成る程⋯⋯わかった。直ぐに船に戻る。マニュアルに従い衛生処理をした後、直ぐに離陸出来るよう準備しておいてくれ」
『了解』というスターチスの言葉を聞いて、私はなるべく砂埃を立てない様⋯⋯しかし、最速で船まで戻り宇宙服に付いた砂粒を出来る限り払ってから、船内へと戻る。
「スターチス、船の内部温度を3日間45℃以上に保ってくれ。一応精密検査を受けた後、必要なら抗SG薬の投与をするから準備しておいてくれ」
『安心してください、船長!
 既に船内は47℃に保ち、船長が帰還されるまでの間に精密検査と抗SG薬の準備はしておきました! いつでも出来ますよ』
 そう誇らしげに語るスターチスにお礼を言うと、私は宇宙服を脱ぎ対SGウィルス用の消毒液に浸ける。
 その後直ぐに精密検査を受けたが陰性。しかし念には念をとワクチンを投与してもらった。
 精密検査を受けている間に船はあの星から脱出しており、AST7188系銀河で搭載したSGウィルス用の宇宙船の外壁消毒システムも作動させているとの報告に、私は彼女に再度お礼を言う。
「君が相棒で本当によかったよ。その思慮深さと対応力に何度助けられた事か。感謝しても仕切れないな。本当にありがとう」
 そう告げた私に「船長が無事で良かったです! これからもお役に立てるよう頑張ります!」とスターチスは心底嬉しそうな声でそう言った。
 そうして私達の旅は続いて行く。私の求める答えが見つかるまで、スターチスと共に広い宇宙を流れて行くのだ。

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