“世界の終わりを見届ける事が出来るのなら、君はどんな世界を想像する?”
大好きな君に聞かれた言葉が頭を過った。
そんな事起こるはずないと笑って否定したのはいつの事だっただろうか?
それさえも忘れてしまう程、長い歳月を過ごしたのだなぁと、少し感慨深くなる。
少しずつ風化していく景色と僕の記憶を、何とか留めながら今もしぶとく生きる僕の姿は⋯⋯もし君がここに居たのならどう映ったかな?
なんて、ありもしないたらればを思い、今日も生きていた。
どうしてこうなったのか。
思えば始まりは2人の学生の失踪からだったと思う。
それは全く別の場所の接点すら無い2人が同時に失踪したという話だった。その家族曰く、いつも通りに学校から帰ってきて夕食と課題を終わらせて、お風呂に入って就寝する姿を見ていたが⋯⋯翌日時間になっても起きてこなかったので部屋に入ったら居なかったと。
何一つなくなっているものが無く、部屋も荒れた形跡もない。けれど2人共同じ様な状況で居なくなったと言う不可思議な事件に、誰もがあらゆる仮説を立て解決しようとしたが⋯⋯結局迷宮入りした事件だ。
その事件から約半年後にガラテア症と言うと奇病が蔓延する。
それに罹患すると段々体が石像化し、最終的には粉々に砕け灰燼と化す病だった。
研究していた人々は何とか感染経路を見つけたものの、それが石像化して砕け散った粉を吸うという⋯⋯既に手の打ちようのないもので、結局その粉を体内に取り込んでしまった全ての生物が、ガラテア症を患い粉々に砕けてしまう。
対策もせず、ワクチンすら開発途中で打てなかったのに、なぜだか僕だけはガラテア症にならなかった。
世界が滅びで何十年と月日は流れ、今見える僕の手はしわしわのお爺さんの手になっているのに、未だ罹患する兆候すら現れない。
少しずつ崩れる建造物。見慣れた街並みは徐々に崩れ灰燼と化し、僕は居場所をなくしていく。
誰もいない静寂(しじま)の世界で、なぜ自分だけが終末の先まで来てしまったのか。その答えさえ理解出来ないまま、きっとこの体は寿命を迎えるのだろう。
その前にせめて、君が砕け散ったあの場所へと辿り着きたかった。
好きで、好きで、一緒に居られるだけで幸せだと思っていた。あの頃に戻れるのなら⋯⋯きっと僕は玉砕覚悟で告白するのに。
あの日。こんな事になるなんて思っても見なかった僕は、彼女に気持ちを伝えられず⋯⋯それを後悔しながらここまで来てしまった。
だからせめて、彼女に聞こえなくても良いから彼女が砕けたあの場所で、想いを告げて死にたいんだ。
懐かしくも―――砂へと還ろうとしている故郷の中を、ひたすら歩く。
崩れる建造物に気をつけながら、痛む体に鞭を打ち歩き続け、辿り着いた2人の思い出の場所。そこで腰を下ろし君が居たであろう場所に話しかける。
「1つの答えとあの日言えなかった返事を伝えに来たよ。
この世界は砂の世界に変わった。空気中に舞ったガラテアウィルスは、植物にも有効だったみたいでね。僕以外の動物が絶えた後、少しずつ植物も粉と散っていった。そして僕はもうすぐ、この星と長い眠りに付くんだと思う。1人だけ死体になって、その内白骨化して砂に還るんだよ。」
そこで僕は肺に違和感を覚え、たまらずに咳き込んだ。
呼吸する度にひゅーひゅーと聞こえるその音に、僕は自身の最期を悟る。咳が落ち着いてから、僕は虚空に向かってまた話し始める。
「それからあの日、君に言い逃げされて言えなかった事があるんだ。
僕も君の事が大好きだったんだよ。それは今でも変わらない。
もうずっと会えも話せもしていないのに、この想いは消えるどころか強くなるばかりだったよ。
どうせ世界の終わりを見届けるなら、僕は君と一緒に居たかった。それが叶わないなら、あの日君と共に死にたかった。それが僕の答えだ」
そう話している途中で辛くなり地面に伏した。
さらさらの砂が、僕が横になる事で少し舞い上がる。
もう立ち上がる事も出来ないくらい疲れていて、自然と目蓋がおりてくる。
少しずつ遠ざかっていく意識の中で、僕は『やっと終われる』と安堵しながら――――――この身を手放した。
もしも世界が終わるとするなら、私は今この瞬間に終わって欲しいと⋯⋯そう心の底から願うだろう。
どうせいつか終わりが来るならば。神様、どうか私が一番幸せだと思う、この有り触れた日常の中で全てを終わらせて欲しい。そんな自分勝手な事を願ってしまう程、私は今の生活が大好きだった。
街の喧騒、雨が降る前の土の匂いとか、夕暮れの色がうつる風景。私の日常にある有り触れた、けれども私が好きなモノ達。
私の好きな映画やドラマ。漫画に小説。好みのお菓子や飲み物まで理解してくれて、付き合ってくれる友人達とはじめて心から好きになった大好きな彼氏。
私にとって世界はこれらの好きなモノで構築された小さな世界(もの)で、それはこれからも時の流れと共に、増えたり減ったりしながら続いて行く。
――――――そう思っていた。
その事実を告げられたのは突然で、それを聞いた時頭の中が真白になって何も考えられなくなったのを覚えている。
端的に言うと両親はずっと離婚を考えていて、でも私の事を考え時期を選んでいたらしい。多感な時期の私に気付かれないようにと、私の前では仲の良い振りをしてくれていたのだと言った。
しかし、それも限界が来て今私に切り出したのだそう。
どちらについていくか明日までに決めなさいと言われた。1週間後にこの家を出ていくからと。そしてどちらを選んでもこの街には居られないとも。
大好きな物を全て捨てろと両親は私にそう言ったのだ。
一気に今までいた世界が崩れていく様な感覚に襲われた。
そのあまりの衝撃に、私は夕飯も食べずに部屋へと引きこもり、ベッドの中で両親の言葉を反芻し何とか理解すると自然に涙が溢れてくる。
ずっと幸せで平穏な家庭だと思っていたのに、それは両親が作り上げた紛い物で、今まで大切にしてきたモノを捨てて新しい所に行かなきゃいけない。
2人の言った場所はここからは物理的に離れているから、関係を続けるのは難しいと思う。LINEで連絡するにしても、会わなくなれば疎遠になる可能性のが高い。そうなるくらいなら、いっそ全て手放した方のがダメージは少ないかも知れない。
でも、本当は離れたくなんてなかった。できれば一緒に大人になりたいけど、それは無理なのだろうか。
ぐるぐる考え続けていたら、いつの間にか寝てしまったようで、気付けば朝になっていた。
結局考えても結論が出ず、でも学校には行かなきゃいけないから、支度して朝食も食べずに登校する。
見納めになるだろうこの街の景色や朝特有の空気感を、いつも以上に感じながら辿り着いた学校で、昨日言われた事をゆっくりと考える。
どちらの方が良いのかなんて私には分からない。何ならどこに行っても同じ様な気すらする。またぐるぐると考えていると友人達が登校してきたらしく挨拶された。
その時に昨日あった事を全て打ち明け、どうするべきか悩んでいると言ったら「何とかここに残れないのか」と言われる。難しそうだと返答すると、皆は悲しみつつもまだ母親と行った方のがワンチャン会えそうって言ってくれた。
何よりも彼氏との事を心配してくれて、その気遣いが嬉しかった。
昼休みに彼に言うつもりでいる事を伝えると、頑張れと応援してくれる。やっぱり出来ることならこの街に残りたいと強く思った。
昼休みになり食事を済ませてから彼にも話した。
驚いた顔をして「急過ぎる」と言われたが、私も昨日聞いたばかりで困っていると言うとそれはそうだと納得しつつごめんと謝られる。
それから詳しく事情を話すと、やはり母親側について行けばワンチャン会えそうだと、友人達と同じ事を言われた。
「別れなくて良いの? 遠距離になるし、会いに行けない距離じゃないって行っても電車とバスで3時間かかる距離だよ? 良いの?」
「飛行機って言われたら行けないから無理かもだけど、電車とバスなら何とかなりそう。それに俺ら進学希望でしょ。連絡取り合って同じ大学狙えばまた会えるし、別れるとか無いわ」
不安からネガティブになった私の言葉に、彼は笑顔でそう答えてくれる。
彼にお礼を言うと「俺も離れるのは嫌だけど、別れる方がもっと嫌だ」と少し子供っぽく言われて笑ってしまった。
それから時間はあっという間に過ぎ去り、夜になって帰宅してきた両親にお母さんについていくと言うと、お父さんは寂しそうにしていた。
その日から引っ越しに間に合うように、荷物を少しずつ整理しつつこの街で最後の生活を目一杯楽しんだ。
友人達とも彼とも出来る限り沢山の思い出を作り、引っ越し当日は見送りにも来てくれた。
やっぱり私はこの街とこの人達が大好きで、泣き出してしまったけど⋯⋯LINEもあるし、会えなくても連絡絶対するって言ってくれて、私もそう約束し最後は笑顔で別れた。
小さな世界の終わりの日。
私は大切な人達との約束を胸に、新しい世界へと旅立った。
恋愛は種を存続させる為に脳が生み出す錯覚だ。だからこそ、そんなものにかまけている暇があるのなら他の事に時間を費やしたい。
それが私の考えだった。
無論、友人の話でそういう話題が出たのなら聞きはする。
しかし、私自身はどうだと聞かれたら、興味ないと一蹴する。
なぜよく知りもしない男の為に、貴重な時間を費やさなきゃならないのか。時間は有限だ。それなら私は私の好きな事に時間を使いたい。
そういう考え方である事は話しているので、友人達は良く知っている⋯⋯はずだったのだが―――実際はそうではなかったらしい。
「1回! お試しで付き合ってみてよ! 絶対に恋愛の良さが分かるから。それにコイツめっちゃ良いやつだし、お願い!」
などと言いつつ目の前にいる良く知りもしない男と勝手に付き合う方面で話を進められ、呆れてモノも言えなくなった私の何を見て了承と取ったのか分からんが⋯⋯お試しで恋人同士にさせられた。
あの女は私の了承も得ず連絡先をその男に教え、マシンガンのように言い訳と下らん布教行為をするだけして去っていった。
「お試しで2ヶ月だったか? 私は恋愛には興味がないしお前にもまた然りだ。基本、連絡は必要最低限しか返さないし、私自身の予定を優先する。それでも良いならこの戯れ事に付き合ってやる」
怒りを抑えつつそう吐き捨てるとその男は笑顔を崩さずに「わかった」と言うに留め、帰ろうとする私を見て自身の荷物を持ち席を立つと互いに会計を済ませて帰路につく。
⋯⋯が、何故かその男は私についてきた。
「なぜついてくる?」と聞くと「夜道は危ないから」と返ってくる。ふざけてるのかと思ったが、その表情を見るに本気で言っているらしい。バカらしくなってもう勝手にしろとだけ伝え、その日はさっさと家に帰った。それが私と奴のはじめての邂逅である。
それからLINEで質問されたり、出掛けようと誘いを受けたが⋯⋯必要最低限の返信に留め、外に出る用事が無いと断り続けた。
しかしある時私の好きな作品のイベントに誘われてしまい、それも私が認知していなかったものだから二つ返事でOKしてしまう。その日を境に奴は私の好みの傾向を掴んできた様で、私の好奇心を擽るイベントや映画を提示し、誘い出すようになる。
大変腹立たしく思いつつも、奴の提示するモノはどれも楽しく⋯⋯また、新たに趣味や嗜好の幅が広がった。
今までの私なら提示されても行かなかっただろうと思うものにまで興味がわき⋯⋯誘いに乗るようになる。恐らく奴の思惑通りと言った所ではあるが、未だに私の恋愛観は変わってないので完全に踊らされている訳では無いと、憎々しく思うが―――視野が広がるのはとても良い事なので、この調子で様々な知識を身に着け実体験を経て見識を広げたい所だ。
そうした事を経て、少しずつではあるが、奴に対する認識にも変化が訪れた。
私が思っていたよりも博識であり、私ではまずやらないような事にも挑戦するバイタリティもある。ちょっとだけ見直しつつ⋯⋯しかしそれが恋愛感情であるかと言ったら否と答えられる程度の―――人として尊敬出来る人物として上書きされただけの事だった。
しかしそうなると気になるのが、なぜ彼が私とお試しで付き合おうと思ったのかである。
なのではじめてこちらから連絡をした。
簡潔に『なぜあの時お試しとはいえ私と付き合おうと思った?』と聞く。
返ってきた答えは至極シンプルで下らないものだった。
たまたまあの女といる所を見て一目惚れしたらしい。それで一時的でも良いからと、無理言って付き合ってもらったと、そういう話だった。
前の私ならこんな事聞かされたら、それこそブチギレてただろうが⋯⋯今は下らないと思いつつも、もう少し付き合ってやるかとも思っている。
その代わり私の興味を引けなくなったら即別れるつもりだ。その事は先の連絡で本人に宣告してやった。その言葉に心底驚いていたが、それで良いとの事なので2ヶ月過ぎても仮恋人は継続の運びとなる。
今日、また彼に誘われて新しい体験をして見識を広めた帰り道。出掛けた後は必ず私を家まで送り届ける彼に、よく飽きないなと思いつつも⋯⋯家に入る前に少し考え、たまには良いかと口を開いた。
「今日は楽しかった。いつも送ってくれてありがとう。気をつけて帰るんだぞ。おやすみ、智樹」
そう告げさっさと家に入った私は、彼がどんな顔をして何を思ったのかなんて⋯⋯知る由もなかった。
雨の予報が出されると、私は決まって祖父母の家へ行く。
幼い頃からの習慣なのだが、よくこの習慣が原因で母には怒られている。
私は興味ないから詳しくは知らないけど⋯⋯私の一族は古い家柄らしくて本家やら分家やらの仕来りがまだあるらしく、分家の私が本家に用もなく出向く事をあまり良く思わない人達がいるとの事。
でも、私はちゃんと祖父母には確認を取り了承も得ているので、文句を言われる筋合いはない。
そう憤慨するも母は本家には近付くなの一点張りで、話すら聞いてもらえないため家ではよく喧嘩していた。
そんな私が雨の日だけ祖父母の家へと、足繁く通うのは中庭があるからだ。
四季折々の草花や樹木が植えられており、そこに池と鹿威し。そして私のお目当てである水琴窟が埋めらている。
雨の日に縁側で雨音と一緒に響く水琴窟の音を聞くのが大好きなのだ。
祖父母は私の気持ちを理解してくれ「来たい時にいつでもおいで」と言ってくれている。
だから私はその言葉に甘えて雨の日に、中庭へと通っているだけなのだ。
しかし、梅雨時期になると母は小言が多くなる。
雨が降ってもお祖母様の家には行くな。大人しく家に帰ってきなさいって同じ事の繰り返し。まるで壊れたロボットみたいに何度も言い続ける。
正直本家だの分家だの時代錯誤も良いところだし、全く興味のない事でどうしてここまで言われなきゃならないのかと思う。
特に梅雨時期なんて絶好の水琴窟タイムなのに、行かないわけがない。なので雨の予報の時は母の言い分フル無視で通い詰めていた。何よりも、何故か雨の日にしか会えない中庭友達―――多分従兄弟だと思うのだが―――とも話せるのでやめられない。
今日も予報は雨。午後から本格的にとのことなので傘を忘れずに持って学校へ行き、適当に授業やら何やらをやり過ごしていざ祖父母の家へ。
お気に入りの傘をさして、逸る気持ちを抑えながら向かい―――祖父母の家に着くと「お邪魔します」と声をかけ、早速目的地まで行く。
すると、今日は珍しく祖母がいて中庭友達は見当たらなかった。
「あぁ、よく来たね。待っていたよ。ここにお座り」
そう隣の座布団をぽんぽんと叩かれたので、私は大人しく隣に座り、雨に合わせて鳴る音に目を瞑り耳を傾ける。
一定の間隔で鳴る鹿威しと雨音に混じり小さく響く金属音。この音を聞いていると、緊張が解れてとてもリラックス出来るのだ。
今日もいい音だと、目を開けるとそこにはいつの間にか中庭友達がいた。
「うわ! びっくりした。いつから居たの?」
私が彼にそう聞くと「お前、この子が見えるのかい?」と何故か祖母が口を開く。
私は祖母の言葉の意味が分からず首を傾げながらも「うん」と答えた。
「ね! だから言ったでしょ! 僕この子が良い! この子にしてよ」
彼が祖母に訴えるも、恐らく当事者である私だけが状況を理解していない。一体何の話をしているのかとまた首を傾げると祖母が話し始める。
「お前には言ってなかったけどね、家は代々龍神様を祀る家系でね。この子はその龍神様なんだよ。元来本家筋の者がこの家を継いで祀る仕来りなんだか⋯⋯孫達は皆中庭を嫌って寄り付かなくてね。お前だけがここを好きだと言ってくれた。この中庭こそ、龍神様のいる場所なのにねぇ」
最後の方は少し困った様な呆れた様な声で話す祖母に、何となく先程の内容を察した私は少し落ち込んだ。
つまり、中庭友達は従兄弟じゃなくて家が代々祀っている神様で、それをちゃんと祀れるのは私しかいないって事なんだろうけど⋯⋯実は私は唯一この趣味を理解してくれるこの子に、淡い恋心を抱いていたのだが、今この瞬間に私の初恋は粉砕された事になる。
少し落ち込んでいるのが分かったのか、彼は不安そうにしていた。
「お前さえ良ければ、正式に継いで欲しいんだけど嫌かね?」
祖母も何かを察したらしくそう聞いてくる。
「嫌ではないよ。この中庭大好きだし継ぐこと事態は問題ないよ。ただ⋯⋯神様だって知らなくて、ずっと従兄弟だと思ってたから⋯⋯言いづらいんだけど恋してました」
身の程知らずでごめんなさい。と素直に自分の気持ちを暴露した。
祖母は「おやまあ」なんて言ってるし、件の初恋相手の神様はすごく嬉しそうに「僕も好き!」と抱きついてくる始末。
多分あなたの言っている好きと、私の言う好きはベクトルが違います。なんて言えるわけもなく⋯⋯とりあえず困っているらしい祖母に家の相続を了承した。
後日、一族を集めて正式にその事が発表されたが、それを聞いた母が卒倒し⋯⋯その他親戚は何故か安堵していた。
当の神様はとても嬉しそうに私に抱きついており、私の気も知らずに1人幸せそうにしている。
これからどうなるのかは分からないけど、きっと一生この初恋を拗らせるんだろうなとそんな予感に自然と溜息を吐いてしまった。
幼い頃雨が嫌いだった。
両親は共働きで家にいない事が多くて、寂しかったのもあるけど⋯⋯雨の日は暗くてたまに雷がなったりするから怖くて嫌いだった。
そういう日は基本的に家に引きこもるのが定石で、学校が終わったら直ぐに家へと帰り、宿題を終わらせてさっさと眠る。
そうすると両親が帰ってきた時に起こしてくれて、一緒にご飯を食べてお風呂に入ってまた眠ればいつの間にか雨は止んでいるのだ。
けれど、そう出来ない時があった。
ゲリラ豪雨とか天気雨とかそういうのは予想出来なくて、傘がないからと立ち往生するしかない。
私が彼と出会ったのはそんな日の事。
たまたま下校中に降られて立ち寄った寂れた神社。その本殿で雨宿りさせてもらっている時に、話しかけられたのだ。
それから雨が止むまでと話し相手になってもらったが、いっこうに止む気配がなくて⋯⋯でも段々夜が近いのかますます空が暗くなってきている。
私がこのまま家に帰れないかもしれないと泣きそうになっていたら、彼は突然不思議な歌を歌った。
それは心地よく安心するような曲で、はじめて聞いたのに何故か懐かしいと思うようなものだった。
それから程なくして雨が止み、彼にお礼を言ってから急いで家に帰たが⋯⋯両親に遅いと叱られる。
しかし私は、いきなり雨が降ったから雨宿りしてたことを説明して謝り、その日はそれ以上咎められることはなかった。
次の日私はこっそりと学校に小銭を持っていき、帰りにあの神社へと向かう。昨日雨宿りさせてもらったから、神様にお礼を言おうと思ったのだ。
お金を箱に入れて鈴を鳴らし、手を叩いてから心の中で昨日のお礼を言う。目を開けるとそこには昨日の男の子がいて、びっくりしたけど⋯⋯またお話相手になってもらった。
今日学校であったこととか、いつも家で1人だからつまんないとか。
雨の日は暗くて怖いから1人でいたくないって話したら「それなら、雨の日は迎えに行くよ」って言ってくれて、私は嬉しくて指切りまでして約束してもらった。
その日から彼は雨が降ると、私がどこにいても来てくれるようになった。
小学校の時は勿論中学になって別の場所に引っ越しても、何故か彼は迎えに来てくれる。
その雨がゲリラ雷雨でも、天気雨でも古風な番傘を持って私を迎えに来るのだ。
相変わらず両親は家にいないから、1人で寂しいと言うと両親が帰ってくるまで一緒にいて話し相手になってくれる。
けれども、そうしている内に私は彼が人ではないとも気付いてしまった。だって人なら一瞬で消えたりしないから。
両親が帰ってきた瞬間、彼に出してたマグカップは置いてあるのに、そこには最初から誰も居なかったかのように⋯⋯その痕跡すら消えてしまうから。
それでも恐怖心を抱くことはなかった。
彼はいつも私の味方だったし、何よりも怖い時や寂しい時にいつも一緒に居て、あの心地のいい歌を歌ってくれるから。
だからある雨の日に、彼に今の現状と私の気持ちをすべて話した。
両親は近い内に離婚するから、どっちについて行くか決めなきゃいけない事。でも私はどうせ何処かに行かなきゃいけないなら、彼とずっと一緒に居たいと思ってしまった事を素直に伝えた。
「⋯⋯そうか。しかし私は人ではないから、ともに来るなら現世を捨てなければならないよ。それでも良いと言うのなら私とおいで」
少しだけ考える素振りを見せると、そう言い私に手を差し出してくる。
私は迷う事なくその手を握ると、最後に両親へ手紙を残したいとお願いした。すると彼は優しく微笑みながら頷いて、私が書き終わるまで静かに待っていてくれた。
書き終わる頃には雨はもう止んでいて、その手紙を置いて私は自身が大切にしていたものだけカバンに詰めて、彼と共に家を出た。
雨が止んで焼けるような赤に染められた街を、彼と手を繋ぎながら歩く。
彼の口から紡がれる歌はいつも聞いていたあの歌とは違うものだけれど、その歌も心地の良い曲だった。
なんていう曲なんだろう?
後で聞いたら教えてくれるだろうか?
そんな事を思いながらどこか嬉しそうに歌うその声に耳を傾けつつ、私は全てに別れを告げた。