雨の予報が出されると、私は決まって祖父母の家へ行く。
幼い頃からの習慣なのだが、よくこの習慣が原因で母には怒られている。
私は興味ないから詳しくは知らないけど⋯⋯私の一族は古い家柄らしくて本家やら分家やらの仕来りがまだあるらしく、分家の私が本家に用もなく出向く事をあまり良く思わない人達がいるとの事。
でも、私はちゃんと祖父母には確認を取り了承も得ているので、文句を言われる筋合いはない。
そう憤慨するも母は本家には近付くなの一点張りで、話すら聞いてもらえないため家ではよく喧嘩していた。
そんな私が雨の日だけ祖父母の家へと、足繁く通うのは中庭があるからだ。
四季折々の草花や樹木が植えられており、そこに池と鹿威し。そして私のお目当てである水琴窟が埋めらている。
雨の日に縁側で雨音と一緒に響く水琴窟の音を聞くのが大好きなのだ。
祖父母は私の気持ちを理解してくれ「来たい時にいつでもおいで」と言ってくれている。
だから私はその言葉に甘えて雨の日に、中庭へと通っているだけなのだ。
しかし、梅雨時期になると母は小言が多くなる。
雨が降ってもお祖母様の家には行くな。大人しく家に帰ってきなさいって同じ事の繰り返し。まるで壊れたロボットみたいに何度も言い続ける。
正直本家だの分家だの時代錯誤も良いところだし、全く興味のない事でどうしてここまで言われなきゃならないのかと思う。
特に梅雨時期なんて絶好の水琴窟タイムなのに、行かないわけがない。なので雨の予報の時は母の言い分フル無視で通い詰めていた。何よりも、何故か雨の日にしか会えない中庭友達―――多分従兄弟だと思うのだが―――とも話せるのでやめられない。
今日も予報は雨。午後から本格的にとのことなので傘を忘れずに持って学校へ行き、適当に授業やら何やらをやり過ごしていざ祖父母の家へ。
お気に入りの傘をさして、逸る気持ちを抑えながら向かい―――祖父母の家に着くと「お邪魔します」と声をかけ、早速目的地まで行く。
すると、今日は珍しく祖母がいて中庭友達は見当たらなかった。
「あぁ、よく来たね。待っていたよ。ここにお座り」
そう隣の座布団をぽんぽんと叩かれたので、私は大人しく隣に座り、雨に合わせて鳴る音に目を瞑り耳を傾ける。
一定の間隔で鳴る鹿威しと雨音に混じり小さく響く金属音。この音を聞いていると、緊張が解れてとてもリラックス出来るのだ。
今日もいい音だと、目を開けるとそこにはいつの間にか中庭友達がいた。
「うわ! びっくりした。いつから居たの?」
私が彼にそう聞くと「お前、この子が見えるのかい?」と何故か祖母が口を開く。
私は祖母の言葉の意味が分からず首を傾げながらも「うん」と答えた。
「ね! だから言ったでしょ! 僕この子が良い! この子にしてよ」
彼が祖母に訴えるも、恐らく当事者である私だけが状況を理解していない。一体何の話をしているのかとまた首を傾げると祖母が話し始める。
「お前には言ってなかったけどね、家は代々龍神様を祀る家系でね。この子はその龍神様なんだよ。元来本家筋の者がこの家を継いで祀る仕来りなんだか⋯⋯孫達は皆中庭を嫌って寄り付かなくてね。お前だけがここを好きだと言ってくれた。この中庭こそ、龍神様のいる場所なのにねぇ」
最後の方は少し困った様な呆れた様な声で話す祖母に、何となく先程の内容を察した私は少し落ち込んだ。
つまり、中庭友達は従兄弟じゃなくて家が代々祀っている神様で、それをちゃんと祀れるのは私しかいないって事なんだろうけど⋯⋯実は私は唯一この趣味を理解してくれるこの子に、淡い恋心を抱いていたのだが、今この瞬間に私の初恋は粉砕された事になる。
少し落ち込んでいるのが分かったのか、彼は不安そうにしていた。
「お前さえ良ければ、正式に継いで欲しいんだけど嫌かね?」
祖母も何かを察したらしくそう聞いてくる。
「嫌ではないよ。この中庭大好きだし継ぐこと事態は問題ないよ。ただ⋯⋯神様だって知らなくて、ずっと従兄弟だと思ってたから⋯⋯言いづらいんだけど恋してました」
身の程知らずでごめんなさい。と素直に自分の気持ちを暴露した。
祖母は「おやまあ」なんて言ってるし、件の初恋相手の神様はすごく嬉しそうに「僕も好き!」と抱きついてくる始末。
多分あなたの言っている好きと、私の言う好きはベクトルが違います。なんて言えるわけもなく⋯⋯とりあえず困っているらしい祖母に家の相続を了承した。
後日、一族を集めて正式にその事が発表されたが、それを聞いた母が卒倒し⋯⋯その他親戚は何故か安堵していた。
当の神様はとても嬉しそうに私に抱きついており、私の気も知らずに1人幸せそうにしている。
これからどうなるのかは分からないけど、きっと一生この初恋を拗らせるんだろうなとそんな予感に自然と溜息を吐いてしまった。
5/25/2025, 2:31:17 PM