紅月 琥珀

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 幼い頃雨が嫌いだった。
 両親は共働きで家にいない事が多くて、寂しかったのもあるけど⋯⋯雨の日は暗くてたまに雷がなったりするから怖くて嫌いだった。
 そういう日は基本的に家に引きこもるのが定石で、学校が終わったら直ぐに家へと帰り、宿題を終わらせてさっさと眠る。
 そうすると両親が帰ってきた時に起こしてくれて、一緒にご飯を食べてお風呂に入ってまた眠ればいつの間にか雨は止んでいるのだ。
 けれど、そう出来ない時があった。
 ゲリラ豪雨とか天気雨とかそういうのは予想出来なくて、傘がないからと立ち往生するしかない。
 私が彼と出会ったのはそんな日の事。
 たまたま下校中に降られて立ち寄った寂れた神社。その本殿で雨宿りさせてもらっている時に、話しかけられたのだ。
 それから雨が止むまでと話し相手になってもらったが、いっこうに止む気配がなくて⋯⋯でも段々夜が近いのかますます空が暗くなってきている。
 私がこのまま家に帰れないかもしれないと泣きそうになっていたら、彼は突然不思議な歌を歌った。
 それは心地よく安心するような曲で、はじめて聞いたのに何故か懐かしいと思うようなものだった。
 それから程なくして雨が止み、彼にお礼を言ってから急いで家に帰たが⋯⋯両親に遅いと叱られる。
 しかし私は、いきなり雨が降ったから雨宿りしてたことを説明して謝り、その日はそれ以上咎められることはなかった。

 次の日私はこっそりと学校に小銭を持っていき、帰りにあの神社へと向かう。昨日雨宿りさせてもらったから、神様にお礼を言おうと思ったのだ。
 お金を箱に入れて鈴を鳴らし、手を叩いてから心の中で昨日のお礼を言う。目を開けるとそこには昨日の男の子がいて、びっくりしたけど⋯⋯またお話相手になってもらった。
 今日学校であったこととか、いつも家で1人だからつまんないとか。
 雨の日は暗くて怖いから1人でいたくないって話したら「それなら、雨の日は迎えに行くよ」って言ってくれて、私は嬉しくて指切りまでして約束してもらった。
 その日から彼は雨が降ると、私がどこにいても来てくれるようになった。
 小学校の時は勿論中学になって別の場所に引っ越しても、何故か彼は迎えに来てくれる。
 その雨がゲリラ雷雨でも、天気雨でも古風な番傘を持って私を迎えに来るのだ。
 相変わらず両親は家にいないから、1人で寂しいと言うと両親が帰ってくるまで一緒にいて話し相手になってくれる。
 けれども、そうしている内に私は彼が人ではないとも気付いてしまった。だって人なら一瞬で消えたりしないから。
 両親が帰ってきた瞬間、彼に出してたマグカップは置いてあるのに、そこには最初から誰も居なかったかのように⋯⋯その痕跡すら消えてしまうから。
 それでも恐怖心を抱くことはなかった。
 彼はいつも私の味方だったし、何よりも怖い時や寂しい時にいつも一緒に居て、あの心地のいい歌を歌ってくれるから。
 だからある雨の日に、彼に今の現状と私の気持ちをすべて話した。
 両親は近い内に離婚するから、どっちについて行くか決めなきゃいけない事。でも私はどうせ何処かに行かなきゃいけないなら、彼とずっと一緒に居たいと思ってしまった事を素直に伝えた。
「⋯⋯そうか。しかし私は人ではないから、ともに来るなら現世を捨てなければならないよ。それでも良いと言うのなら私とおいで」
 少しだけ考える素振りを見せると、そう言い私に手を差し出してくる。
 私は迷う事なくその手を握ると、最後に両親へ手紙を残したいとお願いした。すると彼は優しく微笑みながら頷いて、私が書き終わるまで静かに待っていてくれた。

 書き終わる頃には雨はもう止んでいて、その手紙を置いて私は自身が大切にしていたものだけカバンに詰めて、彼と共に家を出た。
 雨が止んで焼けるような赤に染められた街を、彼と手を繋ぎながら歩く。
 彼の口から紡がれる歌はいつも聞いていたあの歌とは違うものだけれど、その歌も心地の良い曲だった。
 なんていう曲なんだろう?
 後で聞いたら教えてくれるだろうか?
 そんな事を思いながらどこか嬉しそうに歌うその声に耳を傾けつつ、私は全てに別れを告げた。

5/24/2025, 1:55:18 PM