紅月 琥珀

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 もしも世界が終わるとするなら、私は今この瞬間に終わって欲しいと⋯⋯そう心の底から願うだろう。
 どうせいつか終わりが来るならば。神様、どうか私が一番幸せだと思う、この有り触れた日常の中で全てを終わらせて欲しい。そんな自分勝手な事を願ってしまう程、私は今の生活が大好きだった。
 街の喧騒、雨が降る前の土の匂いとか、夕暮れの色がうつる風景。私の日常にある有り触れた、けれども私が好きなモノ達。
 私の好きな映画やドラマ。漫画に小説。好みのお菓子や飲み物まで理解してくれて、付き合ってくれる友人達とはじめて心から好きになった大好きな彼氏。
 私にとって世界はこれらの好きなモノで構築された小さな世界(もの)で、それはこれからも時の流れと共に、増えたり減ったりしながら続いて行く。
 ――――――そう思っていた。

 その事実を告げられたのは突然で、それを聞いた時頭の中が真白になって何も考えられなくなったのを覚えている。
 端的に言うと両親はずっと離婚を考えていて、でも私の事を考え時期を選んでいたらしい。多感な時期の私に気付かれないようにと、私の前では仲の良い振りをしてくれていたのだと言った。
 しかし、それも限界が来て今私に切り出したのだそう。
 どちらについていくか明日までに決めなさいと言われた。1週間後にこの家を出ていくからと。そしてどちらを選んでもこの街には居られないとも。
 大好きな物を全て捨てろと両親は私にそう言ったのだ。
 一気に今までいた世界が崩れていく様な感覚に襲われた。
 そのあまりの衝撃に、私は夕飯も食べずに部屋へと引きこもり、ベッドの中で両親の言葉を反芻し何とか理解すると自然に涙が溢れてくる。
 ずっと幸せで平穏な家庭だと思っていたのに、それは両親が作り上げた紛い物で、今まで大切にしてきたモノを捨てて新しい所に行かなきゃいけない。
 2人の言った場所はここからは物理的に離れているから、関係を続けるのは難しいと思う。LINEで連絡するにしても、会わなくなれば疎遠になる可能性のが高い。そうなるくらいなら、いっそ全て手放した方のがダメージは少ないかも知れない。
 でも、本当は離れたくなんてなかった。できれば一緒に大人になりたいけど、それは無理なのだろうか。
 ぐるぐる考え続けていたら、いつの間にか寝てしまったようで、気付けば朝になっていた。

 結局考えても結論が出ず、でも学校には行かなきゃいけないから、支度して朝食も食べずに登校する。
 見納めになるだろうこの街の景色や朝特有の空気感を、いつも以上に感じながら辿り着いた学校で、昨日言われた事をゆっくりと考える。
 どちらの方が良いのかなんて私には分からない。何ならどこに行っても同じ様な気すらする。またぐるぐると考えていると友人達が登校してきたらしく挨拶された。
 その時に昨日あった事を全て打ち明け、どうするべきか悩んでいると言ったら「何とかここに残れないのか」と言われる。難しそうだと返答すると、皆は悲しみつつもまだ母親と行った方のがワンチャン会えそうって言ってくれた。
 何よりも彼氏との事を心配してくれて、その気遣いが嬉しかった。
 昼休みに彼に言うつもりでいる事を伝えると、頑張れと応援してくれる。やっぱり出来ることならこの街に残りたいと強く思った。

 昼休みになり食事を済ませてから彼にも話した。
 驚いた顔をして「急過ぎる」と言われたが、私も昨日聞いたばかりで困っていると言うとそれはそうだと納得しつつごめんと謝られる。
 それから詳しく事情を話すと、やはり母親側について行けばワンチャン会えそうだと、友人達と同じ事を言われた。
「別れなくて良いの? 遠距離になるし、会いに行けない距離じゃないって行っても電車とバスで3時間かかる距離だよ? 良いの?」
「飛行機って言われたら行けないから無理かもだけど、電車とバスなら何とかなりそう。それに俺ら進学希望でしょ。連絡取り合って同じ大学狙えばまた会えるし、別れるとか無いわ」
 不安からネガティブになった私の言葉に、彼は笑顔でそう答えてくれる。
 彼にお礼を言うと「俺も離れるのは嫌だけど、別れる方がもっと嫌だ」と少し子供っぽく言われて笑ってしまった。
 それから時間はあっという間に過ぎ去り、夜になって帰宅してきた両親にお母さんについていくと言うと、お父さんは寂しそうにしていた。
 その日から引っ越しに間に合うように、荷物を少しずつ整理しつつこの街で最後の生活を目一杯楽しんだ。
 友人達とも彼とも出来る限り沢山の思い出を作り、引っ越し当日は見送りにも来てくれた。
 やっぱり私はこの街とこの人達が大好きで、泣き出してしまったけど⋯⋯LINEもあるし、会えなくても連絡絶対するって言ってくれて、私もそう約束し最後は笑顔で別れた。

 小さな世界の終わりの日。
 私は大切な人達との約束を胸に、新しい世界へと旅立った。

5/27/2025, 1:28:39 PM