僕はこの安寧の中で忘れていたんだ。
運命とは残酷である事を。
最初の兆候は気候変化。
ある年を境に温暖化が進んでいると言っていたはずなのに、何故か夏でも15度を下回る日が年々増えてきていた。
次の兆候は空の色。
日の出・日の入りの時間の空の色が、灰色がかる様になってきた。
3個目の兆候は水。
2つの兆候を目の当たりにして、嫌な予感がした僕は水質調査をする。
その結果、水道水・池・沼・海水・川。
どの水源からも高い水準の糖度が検出された。
最後の兆候は雨雲。
濃淡は変われど灰色なのは変わらないはずなのに、ある日を境に石膏色になった。
この事から僕は、程なくしてこの星も母星のように滅びるのだと理解する。
僕の星もあの忌々しいウイルスに侵され滅びていったのだ。
手に入れた安寧の日々はもうすぐ崩れ去るだろう。その時僕は⋯⋯先延ばしにされた終わりを迎えるのだ。
逃げるための船は直せない。この星の文明レベルでは、あの船に必要な部品が作れないから⋯⋯もう、逃げることも誰かを逃がす事も出来ないのだ。
雨の中、傘もささずに歩く人々をぼんやりと眺めながら過去に想いを馳せる。
皆が繋いでくれた命だった。けれど、僕はあの時の“終末(し)”に追われ続けていたのだと⋯⋯この時はじめて知る。
傘を差して“終末(し)の雨”の中を行く。
せめて大切な君だけは生き残れるように⋯⋯僕の知る全ての知識で守ろうと決意して、傘で顔を隠しながらもうすぐ灰燼と化すであろう⋯⋯“救えなかった人々”から目を背ける。
足早に向かう道の中で、降り続ける雨の音と―――幸せそうに話す人々(だれか)の声に、僕は唇を強く噛んだ。
6/2/2025, 2:39:29 PM