紅月 琥珀

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5/12/2025, 6:24:05 PM

 睡眠という行為が怖かった。
 否、今でも怖くはある⋯⋯けれども、君が居てくれるから僕は少しだけ眠るのも良いかもしれないと思えた。

 夜が苦痛だった。
 両親の顔色を伺いながら夜を明かす地獄の時間。
 だから幼少期はまともに眠れなかったし、それが普通だと思っていた。
 けれど他人(ひと)は夜に寝て朝活動する。家から出て明るく暖かな場所にいると、途端に眠くなって意識をなくすけど⋯⋯すぐに目覚めてしまう。
 だから僕は睡眠は嫌いで、人の三大欲求なんて言われる睡眠(それ)を嫌悪していた。
 一人暮らしを始めてもそれは変わらず、ようやく安心して眠れる環境になったのに⋯⋯眠ってはすぐに目覚めてを繰り返す。
 原因は明白で、眠ると必ず悪夢を見るからだ。
 幼い時の夢。両親達からの罵声や物を投げられたり叩かれたりする夢を、毎回見てしまうから⋯⋯僕は恐怖で目が覚める。
 だからいつも目には隈が出来ていて、人と関わるのも苦手だったから友人と呼べる人もいない。
 でも1人は楽で、怖い事も嫌なことも起こらないから快適だった。
 そんな日常に突然君がやってきて、僕の読んでいた本の話だとか、好きな事やら食べ物やらを聞いてきて、挙句放課後に手を引かれて街へと繰り出す事になる。

 はじめて入ったお洒落なカフェでケーキ食べたり、コーラフロートっていう物を飲んだり、ショッピングモールで何故か僕の服を選んでくれて、ゲームセンターにも初めて行って遊んだ。
 それは夢の様な体験で、とても楽しくて気付いたら帰る時間になっていて彼女にお礼を言ってその日は帰った。

それから彼女は僕と絡むようになって、色んなところに連れて行ってくれて、様々な体験をさせてくれる。
 アミューズメント施設から食べ歩きまで、美容院とかやったことなかった事全部教えてもらった。
 彼女と過ごした日は何故か悪夢を見ることなく眠れるから、翌朝とてもスッキリして起きれるし、体調も良好で快適に過ごせるから本当に助かっている。
 眠るのも悪くないと初めて思えた瞬間だった。
 相変わらず悪夢は見るけど、唯一僕を気にかけてくれる君が一緒なら、いつかこの悪夢も見なくなるんじゃないかって⋯⋯そんな事すら思うようになっていた。

 他のモノなんて要らない。これ以上なんて望まないから⋯⋯どうか神様、彼女だけは僕から奪わないでください。
 なんて、柄にもなく神に祈りを捧げた。


5/11/2025, 11:16:59 AM

 様々な船が大海原を進んでいく。それを私はただ見守っていた。
 ゆっくりと進む船。猛スピードで駆け抜けていく船。小さなモノも、大きなモノも一様に自身のペースで前へと進んでいく。
 けれども、その途中で止まってしまう船や嵐に見舞われて転覆しそうになる事も⋯⋯否、転覆してしまうモノもあるだろう。
 それでも、各々が工夫を凝らしてこの海原をゆく様はとても尊く、私は見守るのをやめられなかった。

 ある時は手を差し伸べ、ある時は背中をおした。
 良縁を繋ぐ事もあったが、厄を祓う事もあった。

 様々なモノ達の力を借りて、各々が目指す先をいく。
 この船達の行く先には、まだまだ暗い夜が待つだろう。
 己が答えに辿り着こうと、これからも足掻きながら進み続けるこの船達に、どうかこの光が―――私の導きが届く様に、そっとこの夜を照らし続けるのだった。

5/10/2025, 2:29:26 PM

 それは悪夢のような出来事だった。
 本当の事を言っても誰一人信じてくれない、味方の居ないそんな地獄の様な場所へ連れ戻されて、家に無理矢理入れられ両親に罵倒されながら殴られ続ける。
 いつまでそうしていたのか、もう分からないくらいずっと痛みに耐え続けていた時、ふと感じるふわふわと暖かな感覚。
 それは私を包み込むような感じで、同時にふわふわした何かに顔を少し揺らされている感じがした。
 その感覚のお陰で、これは悪夢(ゆめ)であると気付く。私は目覚めようとその暖かい感覚に意識を向けた。少しすると両目に少しずつ光が見えてきて―――私はようやく目を覚ました。

「あぁ、良かった。おはよう優羽。
 何だか魘されていたみたいだから起こしてしまったんだ。
 大丈夫かい? まだ眠いなら寝てても良いんだよ」
 そう優しく声をかけてくれる不思議な生物を見て、私は心底安心する。
「おはようエレムルス。ちょっと悪夢を見てたんだ。だから起こしてくれて助かったよ、ありがとう」
 そう言って彼の首に抱きついた。彼は何も聞かず静かに私の好きなようにさせてくれる。少しそうしているとようやく落ち着いてきて、私は彼から離れ身支度をした。
 彼が作ってくれた朝食を食べて、彼と一緒に森の中に行き、今日必要な分の食料や薪を調達する。
 その合間に少し遊んだり探検したりして、私はこの森での生活を満喫していた。
 基本的にお祈りをしに来る人以外は、この場に訪れる事がなく⋯⋯とても静かで平穏な森だ。
 人を襲う動物もいない、私を責め立てる人もいない。
 エレムルスとの生活は、毎日が穏やかで安心する日々だ。
 それなのに、眠りについた途端⋯⋯見るのはあの日の続きばかり。もっと幸せな夢が見たかった。出来ることなら全て忘れて、ここで暮らしていきたいと―――私は思い始めている。
 あの場所での全てを捨てて、そしたらずっとここで穏やかで、暖かな幸せに包まれて暮らしていけるのに⋯⋯と。

「何かあるなら祈ってごらん。叶えられるモノなら私が叶えるよ」
 そんな私の思いを察したのか、エレムルスはそう言った。
 出来るかどうかは私には判断できないけど⋯⋯やってみる価値はあるかもしれない。
 そう思った私は先程の願いを強く念じた。
 また光が何かを成形していく。それが終わって出てきたのは黒いチューリップだった。
「おや、これはまた⋯⋯凄いものを出してきたね」
 そう言ってその花をパクリと食べたエレムルスは、どこか納得したように頷くと私に顔を擦り付けてくる。
 私はくすぐったくて笑ってしまったが、そうしている間に「本当に良いのかい?」と少し悲しそうに問われた。
 けれど私は「うん、お願い」とだけ答えると、彼は「今夜は安心して眠りなさい。明日の朝には過去は全て無くなるよ」と言ってくれた。
 そうして私達は家に帰り、夕食とお風呂を済ませて眠りについた。

 翌朝、とてもスッキリした朝を迎える。ここに来てはじめて彼よりも早く目覚めたのが嬉しくて、早々に身支度を整えて朝ごはんを作った。
「おはよう、優羽。今日は早起きだね」
 よく眠れたかい? と問う彼に「うん! 凄く良く眠れたよ。ありがとう!」と答えて、さっき出来上がったばかりの朝食を盛り付けてテーブルに並べると、2人で今日は何をしようかと話し合いながら食べた。

5/9/2025, 2:01:37 PM

 この世界には変な理がある。
 皆は当たり前だと思っているみたいだけど⋯⋯私には何故そうなるのか理解できなかった。
 それは―――“人は死ぬと泡になって消える”というものだ。

 人以外の生物は何故か死体が残るのに、何故人間だけ泡になるの? と昔両親や先生に聞いたが、誰もが「それが当たり前だから」と言うだけだった。
 その当たり前に起こる出来事が何故、どういう原理でそうなるのかを聞いているのに、誰もがそれを説明できず⋯⋯時には怒鳴りつけてくる人もいる。

 当たり前の事を疑問に思う事っていけない事なの?
 どうしてそうなるのか、理解しようとするのは変な事なの?
 幼心にそう思っていた。
 だから私は、試してみることにしたんだ。自分自身の死をもって、その事象がどんなモノなのかを体験する。
 これで調べるのはどの程度までいくと死亡扱いになり泡になるのか。そして可能ならその泡の正体を突き止められたら尚良しとそう考えていた。
 それは一度限りの挑戦、失敗しても成功しても泡になるのは確定していて、私のその後は跡形も無く消えその場に残るのは大量の血液のみとなるだろう。

 それでも、好奇心・探究心は抑えられなかった為、早速準備に取り掛かる。
 お風呂に湯をはり、その間によく切れるダイヤモンドカッターを用意しておく。それから防水対策をしたスマホでメールを立ち上げて、ちゃんと文字が打てるか動作確認してから、血液処理は大変面倒なので、湯船の側面から床と壁の下の方にブルーシートで覆い、防水テープで固定する。排水溝の所だけちゃんと流れるように切り取り、その部分も防水テープで止めておく。
 お湯は半身浴で十分なので然程溜めずに40度以下で、のぼせないように⋯⋯でも血行はちゃんと良くなる様にと色々考えてこうなった。
 準備がすべて終わる頃にお風呂が沸き、私は早速半身浴を始めると手首を思いきり切った。
 狙うのは出血死。けれどショック死してしまう可能性も考慮して切るときの力配分を決めたので、ここまでは問題なく進んだ。

 少しずつぽかぽかと温まっていく体とじくじくとした痛みを伴いながらも、ブルーシートの上に投げ出した腕の傷から流れていく血液。
 初めの方は余裕であったが⋯⋯時間が経つにつれ段々と頭がクラクラしてきた。血行が良くなるにつれて出血量も増えてるのか、少しずつ目眩がひどくなっていく。
 『これは⋯⋯意識をなくした後に、泡になる感じかな? だとしたら私の死は無駄になるな』
 そう考えた時、視界に何かが映る。
 ハッとしてそれに、焦点を合わせると泡が飛んでいた。
 ふわふわと上へ上へと飛ぶ泡は、その内天井に当たって割れてしまう。
 傷口をみるが、あの割れた泡以外には現れる様子がなかった。
『どういう事だ? 何が原因で泡が出た? さっきまでは何も⋯⋯』
 そう考え始めるとまた視界に泡が見えた。
 もしかして――――――この泡は私達の思考から生まれているのか?
 そう考えたらまた1つ泡が出た。それが答えだったらしい。
 私は急いでスマホを手に取ると、この実験の詳細と泡の正体について全てその中に書き込んだ。
 つまるところ、私達人間が死ぬと泡になるのは、走馬灯のようなものが作用して、それが泡になっていたらしい。
 その記憶や想いが膨大で、それにより1人の人間が消えてしまうほどの泡が発生していたのだ。
 この泡は私達の体を糧に作られているのだろう。たくさんの思い出とか強い願いみたいなのがあればある程、大量に出るから消費も激しくて“泡になって消えた”様に見えたのだと。
 それなら私は、最後に何を思おうか、と血液の流出で鈍くなった思考で考える。
 そうしてもう一つ今浮かんだ実験に使おうと、またスマホにその実験内容を描き記しクラウド保存した後に、検証実験を開始した。

 私のやりたかった事を、この実験の真実を明かしたいと、全力で仮定等を考え続けた。
 その度に大量の泡が私の腕の傷から飛び出し、そのうち二の腕や掌からも出てきて段々と私の体は泡に食い尽くされていく。
 私の仮定は合っていたんだ! と嬉しくなる。書ける内にと実験結果も記してクラウド保存し、私は凄い満足感の中で一息吐く。
 もう片腕1本無くなっている状態だ。出血量も酷い為、助かる見込みはほぼないに等しい。
 けれども、自分の知りたかった事を知れて⋯⋯原理は暴けなかったけど、少なくとも泡の正体は理解できたから満足していた。
 だから最後は、自分の為にその泡を作り出そうと思う。

 ひどい目眩と倦怠感の中で、私は一呼吸置いてから⋯⋯大して回らなくなってきた思考をフル稼働させて、死ぬその瞬間まで――――――幸せな夢を描き続けた。

5/8/2025, 2:54:45 PM

 私達はどこで間違えたのだろうか?
 先の学校での事件?
 それとも教育の仕方?
 色々と考えを巡らせても、結局あの子はもう帰っては来ないのだ。
 どんなに悔いても、どんなに謝りたくても⋯⋯もう、その全ては届かない。

 それは仕事中にかかってきた1本の電話だった。
 自身のスマホに学校からの連絡で、あの子に何かあったのかと思い、上司に事情を話して少し時間をもらい折り返し連絡した。
 その内容はあの子がクラスメイトの私物を盗み隠したというのだ。
 何を言っても知らないと言いはり、話にならず強制的にカバンやロッカーなど隠せそうな場所は全部見たが見つからなかったらしい。
 仕事が終わってからで良いから学校に来て欲しいとという旨の電話だった。
 信じられないと最初は思った。けれど学校に行き話を聞くと、盗んだ場面には目撃者がいるとの事で、何度聞いてもあの子がクラスメイトの鞄を漁っていたと証言しているそうで、実際に話を聞くとどうも嘘を言っている様にも見えず⋯⋯私達はただ平謝りするしかなかった。
 しかし、うちの子は不服そうにしており謝る気も無いみたいで、それに少し苛立ちながらも無理矢理頭を抑えつけ謝罪させた。

 帰宅後も本当の事を話して欲しいと何度も言ったが先生達の証言通り「知らない、やってない」しか言わず、全く解決しない⋯⋯進展すら見えないこの事件に腹が立ち、あの子の言い分も信じずに引っ叩いてしまう。
 それでも泣きながら「本当に知らない、私じゃないのに」と言い続けるあの子に、私は「本当にこの子はやってないのではないか」と思い始めていた。
 一度怒りを静めようと部屋を出て頭を冷やし、もう一度冷静に話しをしようとあの子の部屋に行ったらおらず、家中探しても居なくて⋯⋯玄関まで行くと靴が無くなっていた。
 まだ深夜ではないにしても、まだ子供であるあの子にとって夜は危険だ。急いで探さなければと必死になって探すも、見つからず⋯⋯連絡先の分かる学校関係の人達に片っ端から電話をかけ、それでも見つからず、深夜になり警察へと駆け込んだ。
 事情を説明すると怒られたが捜索はしてくれるとの事で、私達は娘が帰ってきた時のために自宅に待機する様に言われた。
 待ってる間に先程の疲れもあってつい眠ってしまう。すると、変な夢を見た。

 深い森の中であの子が楽しそうに、大きな犬の様な馬のような⋯⋯そんな不思議な生物と木の実や山菜などを採っている。
 木漏れ日の綺麗な森の中で幸せそうにしていた。
「優羽!」
 あの子を呼ぶ声と共に駆け出していく男の子。それは呼び出された時に、話を聞いた目撃者だった。
「夏斗君待って!」
 その少年の名を叫び追いかける少女。その子も呼び出された際に会ったあの被害者の子だ。
 一体何が起こっているのか? と困惑している時だった。
 “良く、ここまで来たね。この通り優羽はこの森で、私と共に幸せに暮らしている。安心して元の生活に戻ると良い。”
 頭の中に直接響く声。私達だけかと思ったが、子供達にも聞こえていたらしく⋯⋯少年の方が噛み付く様に言葉を発する。
「うるせぇ! こっちはいきなり居なくなられて凄い心配したんだ! 優羽を返せ化け物!」
 “返せと言われても、この森で穏やかに過ごしたいと言うのがこの子の願いだ。私はそれを叶えたに過ぎない。帰りたければまた私に願えば良いだけの話だよ。だが⋯⋯果たしてそんな日は来るのか―――その答えを一番分かっているのはお前達だろう?”
 そう答える獣は全てを見透かす様な瞳をこちらに向けて続ける。
 “恋患いから嫉妬して冤罪を被せ、自分に気を向かせたいからと相手の嫌がる事をし、挙句⋯⋯味方になってくれると思っていた両親にも信じてもらえなかったこの子の気持ちが、お前達には分かるまい”
 “諦めよ、人の子達。今回私がお前達を招き入れたのは、少なくともこの子はこの森で幸せに暮らしていると、伝えたかっただけだ。用は済んだ、穢れた人の子達。無垢な魂をこれ程までに傷付けた罰と捉え、その罪過を背負い元居た世界(ばしょ)で生きるが良い”
 その言葉を聞き終わると同時に、私は目が覚めた。
 そこはあの子を待つ為にいたリビングのソファの上。座りながら寝ていたらしく、傍らには妻もいる。
 彼女も同時に起きたらしく、変な夢をみたと互いに言うものだから、詳しく聞くとどうやら同じ夢を見ていたらしい。
 あの獣が言った事が本当なら、あの事件の真相は被害者の自作自演で、それに便乗する形で嘘の証言をした。そして、信じ切れなかった私達は暴力まで振るってしまったと⋯⋯こういうことらしい。
 頭を抱えた。自分の子供を信じていればあの子は居なくならなかった。そも、あの子達が嘘なんて吐かなければ、私達は子供を失う事はなかっただろう。
 でも結局はあの子にとって、全て同罪で帰ってきたくない要因なのだろう。
 それでも―――一縷の望みをかけて祈る。
 どうかいつか、全てを許しても良いと思えた時に⋯⋯一度でも良いから帰ってきてくれますように。
 その時は抱き締めて誠心誠意謝り、今度こそ何があっても信じることを誓うよ。


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