その日はとても嫌な1日だった。
いつも突っかかってくる男子の所為で、私は何もしてないのに犯人扱いされて先生に怒られて、盗まれた物探すとかでカバンの中身漁られたりポケットとか全部調べられたけど結局何も出てこなくて、それでも責められた。
両親まで呼ばれたけど、私何も取ってないって言っても信じてくれなかった。
頭叩かれて被害者の子と両親に平謝りしてたけど、何もしてないのに私も頭抑えつけられて謝らされた。
家に帰ってからも散々責められて、結局どこに隠したって怒鳴られて本当に知らないのに、正直に言えって叩かれ続けて痛くて泣いた。
それでも知らないと言い続ける私に、両親は諦めたのか部屋から出ていった。
このままだと殺されるかもしれないと思った私は、着の身着のまま外に逃げ出す。もうあんな場所に帰る気なんてない。
あの人達から逃げられるならどこでも良よかった。ただ必死に走って、走って、走って―――呼吸が苦しくなって、そこでようやく足を止めて地面にへたり込んだ。
少し呼吸を整えてから周りを見ると、鬱蒼と生い茂る草木がどこまでも続いている。
私は森の中に入ってしまったようだった。
しかし、私の住んでいた街の近くに森なんてあったっけ?
そう疑問に思いながら辺りをを見渡す。
同じ様な景色で、どっちから来たのかすらわからない。
でも⋯⋯ここならあの人達に見つかる事もなく、頑張れば生活出来るかもしれないと、少しだけホッとした。
“とりあえず、川を探そう”
少し休憩してから飲み水を確保するべく川を探す。
夜で暗い獣道を当て所なく進んでいく。何れ程歩いた頃だろうか?
流石に足が疲れて痛くなってきた頃に、水の流れる音が聞こえてくる。私は目的を果たせそうだと嬉しくなり駆け出した。
そうして辿り着いた場所は開けていて、川が流れており近くには小屋まで立っている。
こんな深い森の中で住んでいる人が居るのだろうか?
そう不思議に思っていた時だった。
「おや、珍しい。こんな場所に人の子がなんの用かな?」
優しくてどこか暖かな声がして、反射的に振り向く。そこには熊やライオンよりも大きな体の白い犬の様なウサギの様な⋯⋯でもたてがみがあってスラッとしてるから馬? かも知れない不思議な生物がいた。
私はその子を見上げたままじっと見つめてしまう。
それを恐怖ととったのか、その子は静かにお座りの状態から体を伏せてくれた。
「⋯⋯すまない、驚かせてしまったね。この森に人の子が迷い込むのは久々だったものだから⋯⋯迷子かい? それとも祈りを捧げに来たのかな?」
不思議と最初から恐怖心は無かったけど、先程の言葉が少し引っかかる。
「祈りを捧げるとどうなるの?」
「私がそれを食べて、その祈りが願いならばそれを叶えるんだよ」
私の問いにまた不思議な答えで返してくる。
でも、祈ると願いが叶うならやってみても良いかもしれない。
「お祈りってどうやるの?」
「強く心の中で感謝や願いを思ってごらん。そうすれば私の言葉の意味が分かるさ」
早速私は目を瞑り、その子の言葉通りに強く心の中で願いを呟く。
とにかく助けて欲しかった。でも、今回の事が解決したとしてもきっとまた同じ様な事が起これば私のせいにされる。
だから家には帰りたくない。しかし、私には帰る場所がそこしか無かった。できればこの森の中で住みたい。
そう強く念じた。
すると、目蓋を閉じていても分かるほどの光が近くで輝く。不思議に思って少し目を開けるとそこには、輝きを発しながら成形されていく何があった。
それは見たことのない花で、それが完全に成形されると光は自然と消えてしまう。
「ほぅ、チグリジアか。さて、どの花言葉に当てはまるやら⋯⋯」
そう言ってその花をパクリと一口で食べてしまった。
「なるほど⋯⋯わかった。人の子よ、お前が後悔しないのならここにいると良い。私がその願いを叶えよう」
何かに納得したように、そう話すその子に私は頷く。
「後悔なんてしない。どうせ帰っても心配もなく、ただ迷惑かけるなって怒るだけでしょ。なら最初から居なくなれば互いに幸せになれると思うんだ。
それに、また同じ事が起これば私のせいにしてくるよ。どうせ」
そう答えた私に少し複雑そうな顔をされたけど、その子はゆっくりと立ち上がり小屋に向かって行く。
「なら、おいで。これからは私の家がお前の家だよ。
私はエレムルス。人の子、名前を教えておくれ」
小屋の扉の前で座り、そう言ったエレムルスに私も自分の名前を告げる。
エレムルスは“そうか、良い名だな”と嬉しそうに笑い小屋の中に招いてくれた。
そうして―――私はこの不思議な森で、エレムルスと名乗る大きな生物と一緒に暖かな木漏れ日のような日々を過ごしていくのだった。
始まりは些細な事だった。
国と国のやりとりで、いつも通り自分達の利益になる様にと話し合ってただけ。そこからヒートアップしつつも最初は何とか話し合いで収めようとしていたらしい。でも、互いに引き下がれなくなった結果起こった戦争だった。
互いが互いの国に攻撃しては報復合戦。終わりの見えない戦いに民衆達は辟易としていたし、何よりも身近になってしまった死に怯えていた。
昨日まで共に生きていた隣人が、突然帰らぬ人になるなんて日常茶飯事で⋯⋯明日は我が身と緊張の日々。
大切な人を失った人達の慟哭と、守れなかった後悔がそこかしこから聞こえてくる。
食事も睡眠も満足にとれない、お風呂だって入れず最低限清潔を保つ為に体を拭くぐらいだ。
そんな日々の中で遂に1番恐れていた事態に発展し⋯⋯国指定の避難シェルターに家族全員で逃げた。
私達は何とか間に合って無事だったが、何人かは間に合わず無情にも目の前で扉が閉ざされてしまった人達もいる。
けれど、開けるわけにもいかず⋯⋯そのまま私達だけ難を逃れた。
幸い電波は通っていて、私は気になってしまい、友人達の安否確認をスマホで行う。
殆どは生きていたけど、家族の誰かが死んでいたり、何人かは連絡が取れなくなっていた。
いつまで続くんだろうと正直うんざりしていた。
国の偉い人達のやりとりで、何で私達が死ななきゃならないの?
今まで当たり前にあったはずの未来とか、幸せとか全部奪われて⋯⋯果てはこんな子供でも分かる“やっちゃいけない事”までやり出して、そうまでして何が得られると言うのか。
怒りが頂点に達した時だった。
少なくともここから当分は出られない。出られたとしても命の保証すらない世界に飛び出す勇気は私にはないから。
せめてもの娯楽にと、持ってきていたサイレントギター。それで一曲作ってみる事にした。
今の気持ち・今の現状・戦争が起こる前の楽しい記憶―――淡い恋心。それらを表現するような曲調に仕上げて、歌詞を乗せる。
そうして出来上がった曲をどうしようかと考えていたら、小さな女の子が私に話しかけてきた。
「ねぇ、今日はそれ使わないの?」
「ずっと曲を作ってたんだけど、完成しちゃったからこれからどうしようかなって考えてたんだ」
「お姉ちゃん曲作れるの? 凄い! 聞きたい!」
その子は目を輝かせてそうせがんでくる。私は周りの人達に視線をやった。皆怒るでもなくただ、優しく微笑んで頷いてくれた。
私は少し恥ずかしく思いながらも、チューニングしてその新曲を披露する。
なんてこと無いラブソング。今までの日常と変わってしまった日常。それでも好きで会いたいと思う気持ち。また、一緒に色んな事を共有出来たら良いなと願望も乗せた歌詞。
明るい曲調に少しの寂しさを乗せた曲にしてみたが、どうだろうか?
今までは新曲が出来たら友達に聞いてもらってたから、少し不安だけど⋯⋯それでも今の私の全てでその曲を披露した。
「⋯⋯素敵なラブソングね」
拍手してくれた避難民の人達の中で、老婦人がそう言ってくれる。
「私も! この曲好き! 避難した人達皆にも聴いてもらいたい!」
女の子のその言葉がきっかけで、何故かこの避難シェルターの人達は「ネット回線使って連絡取れるなら、まだ動画サイトとか残ってるのでは? LIVE配信してみたら良いんじゃないか?」とか「互いに気晴らしになるだろうし、君さえ良ければどうだろうか」と提案されて少し考えたけど、結局両親の後押しでやる事にした。
セトリは昔作った曲も合わせて10曲くらい。他のシェルターに連絡取ってくれた自治会の人達から予定日を聞き、練習を重ねて遂に本番を迎える。
初めてのLIVE配信だけど、結構大勢の人が配信を見ているそうで、余計に緊張してしまうけど⋯⋯私の曲で少しでも元気になれるならと自分を奮い立たせた。
そうして私は、この閉ざされた世界に精一杯のラブソングを歌い続けた。
人生に失望した。
友人達にも両親・先生・祖父母とかの親戚に、バイト先の店長や先輩・後輩に至るまで。
嫌な事続きで滅入っていた。けれど、私は誓って悪いことなんてしていない。
やってない事をなすりつけられて、本当の事を言っても誰も信じてくれなかった。
だから今日、学校を勝手に休んでここまで来たのだ。
スマホのLINEは削除して、電話帳に登録された全ての連絡先をブロック。誰も私に連絡出来ないように対策しておいた。
何時間もかけてなれない交通機関を乗り継ぎ、自然豊かなこの地へと降り立った。
今まで貯めていたバイト代を使って美味しいもの食べて、夜まで時間を潰し私はこの断崖絶壁までやってきたのだ。
周りは草木に囲まれていて、その先に海が一望できる。
夜空には綺麗に光るお月様と、空いっぱいに広がるお星様。
最後に見たい景色として、思いついたのがこの風景だった。
いい人生だった。
なんて言えたらもっと最高だったのに⋯⋯残念ながら今の私に、そんな言葉は嘘でも言えないだろう。
でも、本当に綺麗な空だった。
今度、もし生まれ変われるのなら、私は星になりたいなって思うくらい素敵な景色。
そうしてその風景の中に飛び込もうと一歩前に進もうとした時だった。
パシッと腕を掴まれて、後ろに引かれる。
咄嗟にバランスを取ろうとしたが、上手く取れず何かにぶつかった。顔を上げるとそこには少し険しい顔の男性がいる。
「こんな所で何してる。危ないだろう」
「止めないでください。私、次は星になるんです」
危ないと言った彼に私は自分でも不思議に思う様な言い訳をした。
でも彼は「何があった? 話せる事なら話してみなよ」と、そう言って上着を脱ぐと地面に敷き、その隣の土の上であぐらをかくと、敷いた上着の上をぽんぽんと叩いた。
それに甘えて座り、ぽつぽつと今までの経緯を話した。
彼は何も言わずに聞いてくれ、初対面の私に寄り添い怒ってくれる。
それが嬉しくて、違う話もしたいと言ったら付き合ってくれた。
そうして、夜が明け始めた頃に彼は不思議事を言う。
「嫌な事がたくさんあった場所に帰るのは嫌かもしれんが、それでもまだ人生を終わらせるのは早いと思う。君に濡れ衣をきせた人には何れ罰が当たるから、それまで耐えて生きてみなさい。変わりに僕が君の好きな星を届けるから、辛い時はそれを見て前に進みなさい」
良く分からなかったけど、私はそれで良いんだって変に納得してしまい、朝になってまだ辛うじて残っていたバイト代で家に帰った。
帰宅する頃には午後12時を過ぎていたけど、両親と祖父母が家に居て私は叱られた。けれど、言い返してやる。
「私を信じてくれなかった癖に、こういう時だけ親面するな! 帰ってきたのは唯一私を信じてくれた人の望みを叶えただけで、生きたくてここに戻ってきたわけじゃない!」
そう言い捨てて私は自室へと戻り、遠出して疲れていたのか着替えてベッドに入ると直ぐに眠ってしまった。
それから3日後、私宛に宛名の書かれてない手紙が届く。
何も考えずに手紙を開くと、封筒の中から満点の星空が広がる。あの時見たような風景に、彼の言葉を思い出し、中には入っていた手紙を読む。
“約束通り、星を贈る”
1行だけの素っ気ないものだったし、どういう原理でこの星々が私の部屋全体に広がっているのかはわからないが⋯⋯それでも私の心は救われた。
また別のバイトをしてお金を貯めよう。
今度は死ぬためではなく、彼にもう一度会うために!
そう決意を新たに、敵だらけの学校へと向かうのだった。
彼女に出会ったのは趣味の集まりだった。
その時の僕はゴア表現の強いゲームが好きで、良くそういうスプラッタ系ホラーゲームをやっていた。
その中でもマイナーなタイトルがお気に入りで、ネットで知り合った同志達と集まり、そのゲームについて語り合う。そんなオフ会で出会ったのが彼女だった。
彼女はゲームだけでなく、基本的にゴア作品全般が好きで、蒐集しているらしい。絵画やイラストに始まり、小説や漫画、果ては映画等の映像作品まで、幅広く蒐集していた。
そんな彼女の話に興味を持ってしまった僕は、ゲーム以外でもゴア作品について話が聞きたくて、その旨を彼女に伝え連絡先を交換したいとお願いした。
彼女はとても嬉しそうに笑い快く承諾してくれ、それ以降僕達は個人的に話すようになる。
ある時は新しく上映された映画を一緒に観に行き、その帰りに感想を語り合ったり、彼女お勧めの漫画や小説を借りて読んだり。ゴア作品に触れれば触れる程、内容の悲惨さもそうだが⋯⋯しっかりとストーリーが作り込まれているのが多くて、僕はどんどんのめり込んでいく。
そうして徐々に在り来りなモノでは物足りなくなって、様々な作品に触れるようになったが、どれも僕を満足させてくれなくなった。
もっと、もっと凄惨で胸糞悪くなるようなモノが欲しい!
日に日にそう思うようになり、藁にも縋る思いで彼女に相談した。
「なら、あなたが作れば良いのよ。自分の理想のゴアがどんなモノなのか、まずはノートに書き出してみたら? もし書けたら私にも見せてね」
青天の霹靂とも言える提案だった。僕の理想がないなら、僕自身が作れば良い。彼女の言葉に感銘を受け、僕は何度もお礼を言ってから家に帰り、早速ノートに理想を書き出した。
そして出来上がったそれをまた違う日に彼女に見せる。
「なるほど⋯⋯これが、あなたの理想なのね。素敵だけど、表現するとなるとかなり難しそうね。でも、やってみる価値はあると思うの」
そう言ってまたノートに書かれた、僕の理想を表現する方法を教えてくれた。僕は彼女の助言通りに表現し続ける。何度も何度も慣れない作業に失敗し続けたけど⋯⋯納得のいく作品が出来た時、僕はこれまでにない感覚に陥った。
達成感も喜びもあったけど、それとは違う何が僕の中に渦巻いているのが分かる。しかし、それが何なのかは理解できず、掴もうとしても掴みきれなかった。
僕はその感覚に戸惑いつつも、わからないなら今は放って置くことにして、僕の理想―――その全てを表現する事に全力を尽くした。
そうして作り上げた理想も底をつきかけた時。僕はこれでは満足出来なくなっていると理解する。
まただ。また、僕は満足出来なくなってしまった!
どうすればこれ以上の理想を体現できるのかと考えた時、彼女の顔が浮かんだ。だからまた彼女に相談した。
そうしたらまた、僕の思い付かない方法を教えてくれ、彼女はそれを表現する場所や道具まで提供して、それに必要な人材を提供してくれる人達も紹介してくれた。
そこからまた僕は、僕の理想を体現する為にあらゆる努力をして、その全てを映像に残した。
それを見返す度に満たされ創作意欲を刺激され、また新しい作品を生み出す。
それを繰り返す日々は最高に楽しく幸せだった。
しかし、最高のゴア作品を生み出す日々に、終止符が打たれた。それはあなた達の介入だ。
僕の作品を傑作を、ただの殺人だと断じ! 侮辱した!
あの素晴らしさが分からない者が、私の作品に触れるな! 語るな!
不愉快極まりない!
僕は断じて殺人なんてしていない。僕はただ彼女達を転生させただけだ。
見ろ、あの安らかな顔を! 天使が眠っているような美しい姿を! あの姿は彼女達が自ら望んでなったのだとなぜわからない!?
そう言った僕の反論も虚しく、死刑が確定した。そうして新たな作品を作ることも出来ず、余生を無駄に過ごしていった。新たなゴアを⋯⋯新たな作品を。作り上げる為のネタは全てノートに描き記した。
ようやく訪れた死刑執行の朝。僕は看守と共に執行部屋へと移動する。その最中、見慣れた顔が前から歩いてきて「お疲れ様です!」そう挨拶する看守に「ご苦労」と返したのは紛れもなく彼女だった。
すれ違いざまに目が合ったその人は、薄く笑いながら僕を見つめ⋯⋯その仄暗い瞳を逸らすことなく声もなく言葉を発する。
“さようなら、良い見世物でしたよ”
これはきっと終章(エピローグ)から始まるお話。
だってもう、僕らの星は終わりを迎えていて―――この先の奇跡を信じる者など居ないからだ。
始まりが何であったかなんて、きっと誰にも分からない。僕にも友人にも、先生や両親、頭の良い学者ですら事の始まりが何だったのかを掴めていない。
気付いたらそれは唐突に始まっていて、人類(ぼくら)を窮地に追いやるのに時間なんて必要なかった。
ただ、人類(ぼくら)が混乱している間に全てが終わり掛けている。それくらいしか理解できなかった。
その日は綺麗に晴れ渡った日で、珍しく寝坊もせずに起きれたそんな日だった。
朝食を食べて支度して、早めに学校へと向かう。そんな清々しい朝を堪能し授業を受け、もうすぐ昼休みに差し掛かるという時だった。
バリンっという大きな音が鳴り響いた。外から誰かの悲鳴がそこら中から聞こえ⋯⋯瞬く間に世界は闇に侵食され始める。
あれだけ澄み渡っていた空は、割れたガラス細工の様に崩れて地面へと降り注ぎ、刺さった場所で青く輝いている。
空を見上げれば割れて落ちた部分が黒くポッカリと穴が空いていて、まるでブラックホールでも見ている様だった。
悲鳴はそこかしこから聞こえる。降り注ぐ空であったガラスに貫かれる人達と、それから逃げ惑う人々。
そして、建物にも容赦なく突き刺さる空の破片を見て、皆パニックになっていた。
このままじゃ死ぬかもしれない。何処かに逃げなきゃ!
でも、どこに? 安全な場所なんてあるの?
どうして空が!? 空が落ちてくるの!?
様々な人達の叫び声が聞こえる。それでもまだ僕は、現実だと受け入れ難く⋯⋯ただ窓から呆然とその景色を見ていた。
何時間そうしていただろうか?
全ての空の破片が落ちた後、暗闇が僕らを包んだ。
頼れるのは電気だけ。完全に空は落ちて太陽も見えない。月も他の天体も、何もかも見えなくなった世界で誰もが路頭に迷い、どうすれば良いのか分からなくなっていた。
とりあえず、その日は学校に泊まることになり備蓄された食料品で何とか凌ぎ、眠りにつく。
翌日起きると隣で寝ていたはずのクラスメイトが居なくなり、変わりに砕けたガラスが散らばっていた。
江戸切子の青色の様な鮮やかな青のガラス片。彼女がどこに行ったのかと議論していると、何処かから悲鳴が上がる。
その人は恐怖に震えており、上手く声を上げられずにいた。けれど震える手で指を指し何かを訴えている。その先を見ると⋯⋯スカートから出た足が、ガラスに変わっている女の子がいた。
それは少しずつ侵食している様だが、当の本人に痛みはないらしく、ただ―――膝まで侵食されていた為立ち上がることが出来ないようだった。
この事を受け、恐らく僕の横で寝ていた彼女は寝ている間に青に侵食され砕けたのだと⋯⋯その場にいた誰もが理解する。
青に侵食されていく彼女は助けを求めるも、誰もが恐怖で近付けず⋯⋯そのまま完全に侵食され、ガラス細工になった途端に砕け散った。
そうして僕らは、自分達の最後を知る。
皆、いつ来るか分からない最後の日までにやりたいことをやろうと、必死になっていた。
ある者は好きな子を襲おうとして、ある者はこの闇の中家族に会いたいと出ていった。
またある者は友人達と互いの最後の時の約束をし、ある者は電話で家族の安否確認をした。話せた者は最後の別れを告げ、話せなかった者は涙の海に沈んだ。
僕はそれでも何処か他人事のように、何かの映画でも観ている様な感覚でいた。
これは夢で何かの間違いで、朝起きたら寝坊してて母が怒りながらも朝食を出してくれる。
悪い夢をみている様なそんなふわふわした感覚の中に、いつまでもいた。
きっともうすぐ星(せかい)は終わるんだろう。
それはきっと変わらないし、誰にも変えられない事実なのかもしれないけど⋯⋯そうしたらまた、朝を迎えて夢だったんだとホッとするんだとそう思う僕がいる。
せめて痛くなくても、青に侵食されるのは怖いから、寝ている間にガラスになりたいと祈りながら⋯⋯僕は今日も明けない闇の中で目覚めて、眠くなるまで怯えながら1日を過ごすのだった。