紅月 琥珀

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 始まりは些細な事だった。
 国と国のやりとりで、いつも通り自分達の利益になる様にと話し合ってただけ。そこからヒートアップしつつも最初は何とか話し合いで収めようとしていたらしい。でも、互いに引き下がれなくなった結果起こった戦争だった。
 互いが互いの国に攻撃しては報復合戦。終わりの見えない戦いに民衆達は辟易としていたし、何よりも身近になってしまった死に怯えていた。
 昨日まで共に生きていた隣人が、突然帰らぬ人になるなんて日常茶飯事で⋯⋯明日は我が身と緊張の日々。
 大切な人を失った人達の慟哭と、守れなかった後悔がそこかしこから聞こえてくる。
 食事も睡眠も満足にとれない、お風呂だって入れず最低限清潔を保つ為に体を拭くぐらいだ。
 そんな日々の中で遂に1番恐れていた事態に発展し⋯⋯国指定の避難シェルターに家族全員で逃げた。
 私達は何とか間に合って無事だったが、何人かは間に合わず無情にも目の前で扉が閉ざされてしまった人達もいる。
 けれど、開けるわけにもいかず⋯⋯そのまま私達だけ難を逃れた。
 幸い電波は通っていて、私は気になってしまい、友人達の安否確認をスマホで行う。
 殆どは生きていたけど、家族の誰かが死んでいたり、何人かは連絡が取れなくなっていた。

 いつまで続くんだろうと正直うんざりしていた。
 国の偉い人達のやりとりで、何で私達が死ななきゃならないの?
 今まで当たり前にあったはずの未来とか、幸せとか全部奪われて⋯⋯果てはこんな子供でも分かる“やっちゃいけない事”までやり出して、そうまでして何が得られると言うのか。
 怒りが頂点に達した時だった。
 少なくともここから当分は出られない。出られたとしても命の保証すらない世界に飛び出す勇気は私にはないから。
 せめてもの娯楽にと、持ってきていたサイレントギター。それで一曲作ってみる事にした。
 今の気持ち・今の現状・戦争が起こる前の楽しい記憶―――淡い恋心。それらを表現するような曲調に仕上げて、歌詞を乗せる。
 そうして出来上がった曲をどうしようかと考えていたら、小さな女の子が私に話しかけてきた。
「ねぇ、今日はそれ使わないの?」
「ずっと曲を作ってたんだけど、完成しちゃったからこれからどうしようかなって考えてたんだ」
「お姉ちゃん曲作れるの? 凄い! 聞きたい!」
 その子は目を輝かせてそうせがんでくる。私は周りの人達に視線をやった。皆怒るでもなくただ、優しく微笑んで頷いてくれた。
 私は少し恥ずかしく思いながらも、チューニングしてその新曲を披露する。
 なんてこと無いラブソング。今までの日常と変わってしまった日常。それでも好きで会いたいと思う気持ち。また、一緒に色んな事を共有出来たら良いなと願望も乗せた歌詞。
 明るい曲調に少しの寂しさを乗せた曲にしてみたが、どうだろうか?
 今までは新曲が出来たら友達に聞いてもらってたから、少し不安だけど⋯⋯それでも今の私の全てでその曲を披露した。

「⋯⋯素敵なラブソングね」
 拍手してくれた避難民の人達の中で、老婦人がそう言ってくれる。
「私も! この曲好き! 避難した人達皆にも聴いてもらいたい!」
 女の子のその言葉がきっかけで、何故かこの避難シェルターの人達は「ネット回線使って連絡取れるなら、まだ動画サイトとか残ってるのでは? LIVE配信してみたら良いんじゃないか?」とか「互いに気晴らしになるだろうし、君さえ良ければどうだろうか」と提案されて少し考えたけど、結局両親の後押しでやる事にした。
 セトリは昔作った曲も合わせて10曲くらい。他のシェルターに連絡取ってくれた自治会の人達から予定日を聞き、練習を重ねて遂に本番を迎える。
 初めてのLIVE配信だけど、結構大勢の人が配信を見ているそうで、余計に緊張してしまうけど⋯⋯私の曲で少しでも元気になれるならと自分を奮い立たせた。

 そうして私は、この閉ざされた世界に精一杯のラブソングを歌い続けた。

5/6/2025, 12:33:13 PM