紅月 琥珀

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 これはきっと終章(エピローグ)から始まるお話。
 だってもう、僕らの星は終わりを迎えていて―――この先の奇跡を信じる者など居ないからだ。
 始まりが何であったかなんて、きっと誰にも分からない。僕にも友人にも、先生や両親、頭の良い学者ですら事の始まりが何だったのかを掴めていない。
 気付いたらそれは唐突に始まっていて、人類(ぼくら)を窮地に追いやるのに時間なんて必要なかった。
 ただ、人類(ぼくら)が混乱している間に全てが終わり掛けている。それくらいしか理解できなかった。

 その日は綺麗に晴れ渡った日で、珍しく寝坊もせずに起きれたそんな日だった。
 朝食を食べて支度して、早めに学校へと向かう。そんな清々しい朝を堪能し授業を受け、もうすぐ昼休みに差し掛かるという時だった。
 バリンっという大きな音が鳴り響いた。外から誰かの悲鳴がそこら中から聞こえ⋯⋯瞬く間に世界は闇に侵食され始める。
 あれだけ澄み渡っていた空は、割れたガラス細工の様に崩れて地面へと降り注ぎ、刺さった場所で青く輝いている。
 空を見上げれば割れて落ちた部分が黒くポッカリと穴が空いていて、まるでブラックホールでも見ている様だった。
 悲鳴はそこかしこから聞こえる。降り注ぐ空であったガラスに貫かれる人達と、それから逃げ惑う人々。
 そして、建物にも容赦なく突き刺さる空の破片を見て、皆パニックになっていた。

 このままじゃ死ぬかもしれない。何処かに逃げなきゃ!
 でも、どこに? 安全な場所なんてあるの?
 どうして空が!? 空が落ちてくるの!?

 様々な人達の叫び声が聞こえる。それでもまだ僕は、現実だと受け入れ難く⋯⋯ただ窓から呆然とその景色を見ていた。
 何時間そうしていただろうか?
 全ての空の破片が落ちた後、暗闇が僕らを包んだ。
 頼れるのは電気だけ。完全に空は落ちて太陽も見えない。月も他の天体も、何もかも見えなくなった世界で誰もが路頭に迷い、どうすれば良いのか分からなくなっていた。

 とりあえず、その日は学校に泊まることになり備蓄された食料品で何とか凌ぎ、眠りにつく。
 翌日起きると隣で寝ていたはずのクラスメイトが居なくなり、変わりに砕けたガラスが散らばっていた。
 江戸切子の青色の様な鮮やかな青のガラス片。彼女がどこに行ったのかと議論していると、何処かから悲鳴が上がる。
 その人は恐怖に震えており、上手く声を上げられずにいた。けれど震える手で指を指し何かを訴えている。その先を見ると⋯⋯スカートから出た足が、ガラスに変わっている女の子がいた。
 それは少しずつ侵食している様だが、当の本人に痛みはないらしく、ただ―――膝まで侵食されていた為立ち上がることが出来ないようだった。
 この事を受け、恐らく僕の横で寝ていた彼女は寝ている間に青に侵食され砕けたのだと⋯⋯その場にいた誰もが理解する。
 青に侵食されていく彼女は助けを求めるも、誰もが恐怖で近付けず⋯⋯そのまま完全に侵食され、ガラス細工になった途端に砕け散った。
 そうして僕らは、自分達の最後を知る。
 皆、いつ来るか分からない最後の日までにやりたいことをやろうと、必死になっていた。
 ある者は好きな子を襲おうとして、ある者はこの闇の中家族に会いたいと出ていった。
 またある者は友人達と互いの最後の時の約束をし、ある者は電話で家族の安否確認をした。話せた者は最後の別れを告げ、話せなかった者は涙の海に沈んだ。

 僕はそれでも何処か他人事のように、何かの映画でも観ている様な感覚でいた。
 これは夢で何かの間違いで、朝起きたら寝坊してて母が怒りながらも朝食を出してくれる。
 悪い夢をみている様なそんなふわふわした感覚の中に、いつまでもいた。
 きっともうすぐ星(せかい)は終わるんだろう。
 それはきっと変わらないし、誰にも変えられない事実なのかもしれないけど⋯⋯そうしたらまた、朝を迎えて夢だったんだとホッとするんだとそう思う僕がいる。
 せめて痛くなくても、青に侵食されるのは怖いから、寝ている間にガラスになりたいと祈りながら⋯⋯僕は今日も明けない闇の中で目覚めて、眠くなるまで怯えながら1日を過ごすのだった。

5/3/2025, 1:32:13 PM