それは長い長い旅路。私の人生を例えるならば、きっとそう答えるだろう。
決して裕福と言える家庭ではなかった。それでも両親は、私や弟妹を学校に行かせてくれたし、食い扶持にも困る事などなかった。
このまま幸せに暮らしていくんだと、疑うことすらせずにその当たり前を享受し続けた。
ある日から戦争が始まった。私はあまり詳しくはなかったけれど、今までの暮らしをなんとか継続していた。
ラジオから流れる戦況は、我が国が優勢であるとか、兵隊さんが勇敢に攻めたとかそういう内容ばかりだったから、このまま何事もなく終わると思っていた。
けれども、戦況は有利と謳っておきながら本土への侵攻を許した。そこではじめて私達は“当たり前”が幸福であると知った。
徐々に生活が苦しくなり、兵隊さんの為と贅沢は控えて、お国のためにと色んなモノを差し出した。
それでも敗戦し、戦後も酷い惨状だった。
たくさんの人を亡くした。その中には父と弟も含まれていて、母は重い火傷を負い終戦後程なくして亡くなった。
妹と共にただがむしゃらに生きた。生きて生きて⋯⋯泥水すら啜り食べれるモノは何でも食べた。
そうして少しずつこの国は立て直し、今の時代がある。
たくさんの物に囲まれ、好きな物を好きなだけ食べられる。
あの時では考えられないような美味しい物も、寒さを凌げる物も。
どんなに辛い思いをしても、ここまで生きて良かったとそう思った。そして、両親と弟にもこの風景を時代をモノを、見て触れて食べてもらいたかった。
あの日々の中で唯一の幸福は、大好きなあの人が無事に帰ってきてくれた事と妹だけでも生き残ってくれた事だった。
あの時、もう黎明など迎えられないと⋯⋯何度も妹と心中しようかと考えた。でもやらなくて良かったと、今では心の底から思っている。
だからどうか、何があっても諦めないでいて。
どんなに長く感じても、その苦しみは永遠には続かない。
明けない夜はないから、どうせ傷付くなら生きるために抗いなさい。
今の人は忍耐が足りないなんて、そんな言葉を言う人もいるでしょうが⋯⋯そんなもの無視して良いの。
どんな時代でも苦しみは変わらない。変わるのはどんな事が苦しくなるのかって事だけ。人によって幸福が違うように、苦しい事も悲しい事も違うのだから。
自分らしく生きなさい。
だってそれはあなたの人生なんだもの。人に迷惑を掛けなければ、どんな夢を描いても良いの。節度を持ってわがままに、我が道をイキなさい。
それが、私からの最後のお願い。そうして天命を全うして再開出来たその時は、あなたの人生はどんなモノだったのか、聞かせてね。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、私の昔話を聞いてくれないかしら?」
祖母のお見舞いに行った時、唐突にそう言われた。
それは1週間かけて語られた壮大で壮絶な人生の物語。
私が毎日お見舞いに来るのを見越しての事だったのだと思う。
私は祖母の語る昔話を静かに聞いていた。
きっと祖母の人生は、端から見たら幸せとは言えないモノだったと思う。けれどもこれを話す祖母はどこか悲しげではあるけれど、とても誇らしげに見えた。
本当に辛い思いもしたけど、今幸せなんだとはっきりと分かるような語り口だった。
そうして全て語り終わった日の深夜に、祖母は息を引き取った。その顔はとても安らかで、悔いなどないと言っている様だった。
きっと祖母は自身の最後を悟っていたのだと思う。だからこそ、自身の人生を―――その過程で行き着いた答えを、誰かに聞いてほしかったんだと思う。
私は祖母のあの話を⋯⋯願いを胸に、これからを生きていこうと誓った。
ふわりと香る薔薇の花と視界に広がる一律の花園。その真上には―――煌々と輝く紅い月が私の世界に色を映している。
この星は既に破綻していた。
明けない夜の帳と常に不気味な色の月。
日が昇らないから作物も工夫しないと育たず、生命を宿すものはほぼ短命になっている。
ほぼ、と表現したのはこの破綻した環境に対応するべく⋯⋯進化した人類が一部いたからだ。
それが新人類と呼ばれる“吸血鬼”という存在だった。
かくいう私もその内の1人の直系に辺り“原初の吸血鬼(ファースト)”と呼ばれる者の子孫である。
その為に純血種と呼ばれる吸血鬼との結婚を強いられているが⋯⋯もう、純血種は殆ど残ってはいないので相手探しに苦戦していた。
大体の吸血鬼は旧人類に殺されている。人類由来での進化のため、吸血衝動等というモノはあまりなかったが⋯⋯その身体能力と血液を経口摂取し続ければ常に若い体を保てるというのが、彼等には不気味に見えたらしい。
かくして―――第一次新旧代替戦争の始まりである。
そこから数年で戦争は終結したモノの、やはり旧人類側が仕掛けてきて第二次新旧代替戦争が始まり⋯⋯そこで互いの殆どを殺し合う形になり、このままでは共に滅亡しかねず何とか互いに共存を締結させた。
書面にもしたが、それは上層の人達の話で⋯⋯戦争が終結した後も、一般の人達が私刑をし続け私達純血種と呼ばれる存在の殆どは居なくなったというわけだ。
唯一私の家は一族全てが残れたが、相手の純血種を見つけるのが困難な状況に頭を抱えていた。
親族は一族繁栄のためと躍起になっているが、私はこのまま星と共に緩やかに終わりを迎えたいと思っている。
昔あったという昼を知らず、少しずつ生命が減っているこの星で、繁栄することに何の意味があるのだろうと思ってしまう。
それならば―――私はあの煌々と輝く月に見守られながら、大好きな薔薇に埋もれて眠りたいのだ。
ざぁーーっと風が吹き抜けていく。
昔お祖父様に頼んで領地として与えてもらったこの丘は、私の大好きな薔薇の花で埋め尽くされている。
そこで朝とも夜とも分からない。明けない夜と沈まぬ月の光に包まれながら、そっと薔薇の中に体を横たえる。
明日はどうか目覚めませんように。
そう祈りながら、今日も薔薇に埋もれて眠りについた。
星の始まりから終わりまで、人は人の歩んだ道筋を辿っていく。
僕が今生きている人生も、所詮は誰かの歩いた道上に存在し⋯⋯個のアイデンティティなんてものは既になくなっている。
それなのに―――どうして人は唯一とか無二とか言えるのだろうか。
魔法や魔導とは知識だ。
そういうファンタジーな言葉が生まれた背景には、昔の知識や情報の少なさが原因であると知る。
端的に言うと魔法や魔導とは科学と医術である。
錬金術と呼ばれるのは科学だし、魔法薬と呼ばれる物も元を辿ればただの薬。
そういう知識のない人達から見たら、魔法の様に見えたからそう呼ばれただけ。
この世に存在するものには、何らかの意味がある。そう思って気になる事はたくさん学んだ。知らない事を知るのはとても楽しかった。けれど、知れば知るほどなくなっていく“知らない事”と意味があると思っていた世界が、実は無意味な世界だったと思い知らされていく現実に⋯⋯僕は失望していく。
あんなに煌めいていた世界が、今は灰色の世界に変わっている。
知りたくて知った沢山の知識が、僕の世界を“無意味”に変えていく。
極彩色の楽しい世界が、いつの間にか灰燼(かいじん)となる。
知識を得れば得るほど、僕という存在を証明するに足るモノがないと気付く。
僕の証明とはなんだ?
例えば人の形をしていて、僕と同じ髪型で血が通っていて、知識欲が人よりも旺盛。ロールキャベツが好きで虫が嫌い。特に蝉と蜘蛛が無理だとか、僕の特徴を全て上げて当てはまるのが僕だとして、この世界に同じ特徴の人が居た場合それは僕と言えるのだろうか?
部分部分の特徴が当てはまる人ならばきっとたくさんいるだろう。しかし、その事実こそが僕が僕である証明を妨げるのだ。
だってそうでしょう?
唯一無二と言いながら、僕の特徴を持つ人は、たくさんいるんだから。別に僕じゃなくても変わりならいくらでもいる事になる。それどころか僕の上位互換すら居るくらいだ。
なら、僕がここにいる意味ってあるのか? ないよね?
命は大切と謳いながら、その命を簡単に摘み取るのも僕達人間だ。
生きるためと言いながら飽食に明け暮れ、星を潰しそこに生きる命も踏みつける。
唯一無二と思い込みたいだけの、ただの量産品。
それが知識欲旺盛な僕が辿り着いた真理です。
だから僕は今日ここで、この無意味な世界とお別れします。
今までお世話になりました。
どうか皆様お元気で。
そう書き綴った手紙を道中にあったポストに投函し、僕は目的の場所へと向かった。
星の始まりから終わりまで、人は人の歩んだ道筋を辿っていく。
僕が今生きている人生も、所詮は誰かの歩いた道上に存在し⋯⋯個のアイデンティティなんてものは既になくなっている。
そうして僕は断崖絶壁のその向こうへ―――意味のない世界に僕が僕として出した軌跡(こたえ)を刻み付けた。
◇ ◇ ◇
その子はとても頭の良い子だった。
知識欲が旺盛でよく気になる事は自分で調べて、その度にキラキラとした少年らしい顔を見せてくれる⋯⋯そんな子だった。
いつしか少年のような眩い顔は灰に沈み、そして唐突に送られてきた彼からの手紙には⋯⋯その短い生涯を終える理由と、自分なりに到達した世界の真理が綴られている。
私はそれを読んで、涙しながらも―――彼は幸せなのだとそう思い込むことにした。
遠く景色の綺麗な場所で、信念に基づいて軌跡を残した貴方にこの場所から幸福であるようにと、私は祈りを捧げ続けている。
どうして人は人に恋する事を美徳とするのか⋯⋯私には理解できなかった。
片想いしている時の苦しさや切なさを美化したり、醜いドロドロとした妬み嫉みの心すら⋯⋯それが恋だと正当化する。
恋してたら何でも良いのか? と思わずにはいられない事を宣う人達に、私はもううんざりしていた。
そんなに良いと言うなら自分達だけでやっててくれ、私は恋なんて物に辟易してるんだと、そろそろ理解して欲しい。
なのに―――なぜ合コンなんて至極面倒で1ミリも興味ないものに連れてこられなければならなかったのかと、私の隣でノイズを発し続けている男を無視して⋯⋯自分で頼んだ焼き鳥プレートを食べながら考えていた。
女子会だと言うから来たのに⋯⋯騙された。もう誘われても絶対に行かないし、信用もしない。
そう心に決めながら、今度は塩キャベツと枝豆を注文し、大好きなリンゴジュースのおかわりも頼んだ。
そも恋というのは愛とは別のモノで、心変わりが前提のモノだと私は思っている。
だからこそ一時的な感情に振り回されるし、愛のようには持続しない。裏切り裏切られるのも、その一因なんだと自身の経験で学んだ。
無論、愛も同じだと言う人も居るだろうが、それは互いの尺度の違いによって起こることだとも思っている。
愛し合ったはずなのに裏切られた経験を持つ人は―――その愛情が相手の愛情と釣り合いが取れていないからそうなったのではないか、という話である。
どちらか一方の愛が重すぎても、軽すぎても釣り合いが取れなくなるから互いに不満が残る。その時にお互いに話し合い、折り合いを付けられれば問題なくバランスを取れるかもしれないが⋯⋯それが出来ない人のが多いのだと思う。
愛は与え育むモノなので、相手に与え過ぎても育たない。
互いに与えながら少しずつ育てていき、そうして実ると結婚や出産という行為に繋がるのだ。
兎角、私はそういう考え方を持っているため、こと異性愛というものに消極的だった。
やった所でどうせ裏切られるか、重たくのしかかられるかのどちらかだろうとそう思ってしまうのだ。
「ねぇ、何で話してくれないの? そんなに俺に興味ない?」
そんな事を延々と思考していたら隣のノイズから不満げな声が聞こえた。
「興味ないですね。彼氏とか作ろうとも思ってないので。そもそも私は友人だと思っていた人達に騙されて連れてこられただけなので、恋人作りたいなら他を当たってください。私は自分のお腹を満たしたらさっさと帰る予定なので」
「もう! またそんな事言って! 少しは楽しめば良いじゃん! 恋愛ってすごく素敵な事なんだよ? 経験しないのはもったいないよ。騙されたと思って一度だけでもやってみな。人生変わるから」
隣のノイズに淡々と答えた私に、横から友人だった女その1が割って入ってきた。本当に頭がお花畑で困る。
「実際に騙して連れてきた人に言われたくないですね。そもそも、その恋とやらを経験した上でやりたくないって言ってます。恋未経験者と思い込むのは勝手ですが、その思い込みを押し付けないでください。大変迷惑です」
そう言った私に友人だった女達は酷く驚いた顔をしていたが、私はそれ以上何も言わずに注文した品を淡々と食べ進めつつ、LINEで幼馴染に状況を説明し⋯⋯迎えに来て欲しいと伝えた。
その間にもノイズは「なら俺ともう1回恋してみない? 絶対後悔させないから」などとアホのテンプレでもあるのか? と思う様な常套句を並べ立てられていたが全部無視した。
枝豆ってたまに食べると美味しいよね。何でだろう? 塩キャベツも家で作った方のが安くすみそうなのに、無性に店で食べたくなるし⋯⋯すごく不思議だ。
そんな他愛もない事を考えてノイキャンしている内に全部食べ終わり、予め計算していた私が食べた分の値段より少し多めにお金を置く。
丁度幼馴染からLINEが来たのでさっさと荷物まとめて出ようとしたらノイズに腕を掴まれた。
「ちょっと待って! 俺も出るから、送ってくよ!」
なんて言われて気持ち悪過ぎて手を振り払う。
「結構です。初対面の信頼出来ない人に送ってもらう程馬鹿じゃないので。それに迎えならもう居るの。あと貴女達とは今日限りで縁切るので今後話しかけないで下さい。それじゃあさようなら」
言うだけ言って店を出た途端に、つい溜息が出てしまう。
「お疲れ様。今度はなんて言われて連れて来られたの?」
お店と通行人の邪魔にならない場所に居た幼馴染がそう聞いてくる。私は素直に“女子会”って答えたら困ったような顔で笑い頭を撫でてくる。
道中で愚痴を言いまくってスッキリして、でも⋯⋯少しの罪悪感が胸に去来していた。
私は最低な奴だと思いながらも、幼馴染の好意に甘え続けている。
彼には私を嫌いになるように言い聞かせているのだが―――嫌いになれないの一点張りで、かといって私の方も好きになる努力はしたがなれないままだ。
宙ぶらりんな私達の関係。歪で不格好な恋とも呼べないこの関係を、人はなんと呼ぶのだろうか?
彼を好きになれたなら、幸せになれるのだろうと⋯⋯思った事は何度もあるのに、いつか来る終嫣(おわり)に怯えて拒絶し続けているこの心にも嫌悪感を抱きながら、私は今日も彼(そ)の想(こう)いに甘えるのだった。
悲しい事があった日の夜は、いつも月が泣いていた。
なんて詩的に表現してみるけど現実はなんて事ない⋯⋯たまたまそういう事があった日に限って、夜に降っただけの天気雨。
月は綺麗に輝きながらも、空からは大粒の雨が降る。それはとても幻想的で、ただでさえ痛い胸を締め付けて⋯⋯泣きたくなるほどに儚い光景だった。
そんな中で、雨に濡れながら静かに泣くのが好きだった。
なのに――――――いつしか私に寄り添う人が現れて、1人で雨に濡れながら泣いていたいのに、そうさせてくれない。
「⋯⋯風邪引きますよ。」
そう言いながら勝手に私を自分の傘に入れるその人は、名も知らぬ誰かだ。
私が泣きたい日にだけ、勝手にそばに来て寄り添うだけ寄り添って去っていく。良くわからない人。
彼の言葉を無視するのはいつもの事。だって知らない人だし、何ならどっかに行って欲しいとすら思ってるけど⋯⋯彼は一向に居なくならない。何なら私が帰るまでずっとそばに居るのだ。
全くもって迷惑なやつだな。
そう心の中で憤慨するも声に出すのも億劫で、無言のまま睨むに留まる。
その間にも雨粒が傘に当たる音を聞きながら、静かに涙を流している私も大概ではあるが⋯⋯。
彼は割と強引な奴で、私の腕を優しく掴むと「こちらに」なんて言いながら誘導してくる。
寂れた小さな公園ではあるが⋯⋯何故か四阿(あずまや)なんて物が建てられていて、こういう日は必ずそこのベンチへ連れて行かれるのだ。
彼は鞄からタオルを取り出し私の塗れた髪を勝手に拭いて、自身の着ていたアウターを私の肩に掛けた。
それでも黙って泣き続けている。だってお月様も泣きたくなる様な夜なんだから、私が泣いたっていいじゃないか。そんなバカみたいな事を考えて現実から逃避する。
もう何も考えたくないし、一人で静かに時間を潰していたかった。
それを察したのかは知らないが⋯⋯彼はただ私の隣に座っている。この夜空でも眺めているのか、他に何かしているのかはわからない。けれど私を置いて行く気はないらしく、どこかゆったりとした空気を纏っていた。
不思議な人だなと思った。涙はまだ枯れる気配は無いけれど、彼が隣に居る事でほんの少しだけ心が落ち着いているのがわかる。
未だに強く鳴る雨音を聞きながら、流れる涙を拭くこともせず流し続けた。そうしてどのくらいの時間が経っただろうか?
ようやく枯れ始めた涙に呼応する様に、少しだけ雨足が弱くなる。
それをきっかけに兼ねてから気になっていた事を、彼に問いただす。
「どうして、私に構うの? 貴方とは何の接点もないのに⋯⋯放っとけばよかったでしょ。こんな変な奴」
私に話し掛けられると思ってなかったのか、驚いた顔をしたその人は⋯⋯少し逡巡すると答えてくれる。
「確かに接点はほぼないですけど⋯⋯流石にこんな夜に、しかも殆ど人通りのない寂れた公園に女性が一人で居たら危ないと思いまして。本当は家に帰るのが良いと思いますが、帰りたくない理由があるのでしょう? なので貴女の気が済むまでお付き合いしようかと」
そう笑いかけてくる彼に「変な人⋯⋯でも、ありがとう」っと可愛くない返しをするも、お礼だけは言っておこうとそう口にする。
ふわりと笑う彼をみていたら少しだけ、心が軽くなった気がした。そこからは堰を切った様に今日の出来事を彼に話していた。
静かに、でもちゃんと聞いてくれている彼に全部吐き出したらスッキリして、でも何故か―――今度は違う意味で帰りたくなくなってしまった。
どうして今まで話さなかったんだろう? って不思議に思うくらい話しやすい彼と、もっと話したいと思ってしまったのだ。
そうして色んな事を話している内に、気付いたら雨は止んでいて鮮やかな朝焼けが広がっている。
「⋯⋯夜、明けちゃいましたね。そろそろ帰りましょうか。家まで送りますよ」
そう言いながらベンチから立ち上がると、彼は私に手を差し出す。
前まではきっとその手を振り払って睨み付けていただろうけど、今はもう笑顔でその手を取れた。
そうして、朝焼けの帰り道を名も知らぬ誰かと一緒に歩いていく。
帰ったら必ずお風呂で体を暖めろだとか、ちゃんとご飯食べろとか⋯⋯お母さんか! って言いたくなるような事を言っていたのを、私は笑いながら聞いていた。
―――後日、休み明けの大学校内でたまたま彼を発見し、その時初めて同じ選択必修をうけている人だと知る。
「はじめまして、雨宮さん。日野戸 翔弥と申します。これからよろしくお願いします」
笑顔で自己紹介する彼に、私は少し照れながらも⋯⋯改めてこちらからも自己紹介をした。