紅月 琥珀

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 星の始まりから終わりまで、人は人の歩んだ道筋を辿っていく。
 僕が今生きている人生も、所詮は誰かの歩いた道上に存在し⋯⋯個のアイデンティティなんてものは既になくなっている。
 それなのに―――どうして人は唯一とか無二とか言えるのだろうか。

 魔法や魔導とは知識だ。
 そういうファンタジーな言葉が生まれた背景には、昔の知識や情報の少なさが原因であると知る。
 端的に言うと魔法や魔導とは科学と医術である。
 錬金術と呼ばれるのは科学だし、魔法薬と呼ばれる物も元を辿ればただの薬。
 そういう知識のない人達から見たら、魔法の様に見えたからそう呼ばれただけ。
 この世に存在するものには、何らかの意味がある。そう思って気になる事はたくさん学んだ。知らない事を知るのはとても楽しかった。けれど、知れば知るほどなくなっていく“知らない事”と意味があると思っていた世界が、実は無意味な世界だったと思い知らされていく現実に⋯⋯僕は失望していく。
 あんなに煌めいていた世界が、今は灰色の世界に変わっている。
 知りたくて知った沢山の知識が、僕の世界を“無意味”に変えていく。
 極彩色の楽しい世界が、いつの間にか灰燼(かいじん)となる。
 知識を得れば得るほど、僕という存在を証明するに足るモノがないと気付く。

 僕の証明とはなんだ?
 例えば人の形をしていて、僕と同じ髪型で血が通っていて、知識欲が人よりも旺盛。ロールキャベツが好きで虫が嫌い。特に蝉と蜘蛛が無理だとか、僕の特徴を全て上げて当てはまるのが僕だとして、この世界に同じ特徴の人が居た場合それは僕と言えるのだろうか?
 部分部分の特徴が当てはまる人ならばきっとたくさんいるだろう。しかし、その事実こそが僕が僕である証明を妨げるのだ。
 だってそうでしょう?
 唯一無二と言いながら、僕の特徴を持つ人は、たくさんいるんだから。別に僕じゃなくても変わりならいくらでもいる事になる。それどころか僕の上位互換すら居るくらいだ。
 なら、僕がここにいる意味ってあるのか? ないよね?

 命は大切と謳いながら、その命を簡単に摘み取るのも僕達人間だ。
 生きるためと言いながら飽食に明け暮れ、星を潰しそこに生きる命も踏みつける。
 唯一無二と思い込みたいだけの、ただの量産品。
 それが知識欲旺盛な僕が辿り着いた真理です。
 だから僕は今日ここで、この無意味な世界とお別れします。
 今までお世話になりました。
 どうか皆様お元気で。
 そう書き綴った手紙を道中にあったポストに投函し、僕は目的の場所へと向かった。

  星の始まりから終わりまで、人は人の歩んだ道筋を辿っていく。
 僕が今生きている人生も、所詮は誰かの歩いた道上に存在し⋯⋯個のアイデンティティなんてものは既になくなっている。
 そうして僕は断崖絶壁のその向こうへ―――意味のない世界に僕が僕として出した軌跡(こたえ)を刻み付けた。

 ◇ ◇ ◇

 その子はとても頭の良い子だった。
 知識欲が旺盛でよく気になる事は自分で調べて、その度にキラキラとした少年らしい顔を見せてくれる⋯⋯そんな子だった。
 いつしか少年のような眩い顔は灰に沈み、そして唐突に送られてきた彼からの手紙には⋯⋯その短い生涯を終える理由と、自分なりに到達した世界の真理が綴られている。
 私はそれを読んで、涙しながらも―――彼は幸せなのだとそう思い込むことにした。
 遠く景色の綺麗な場所で、信念に基づいて軌跡を残した貴方にこの場所から幸福であるようにと、私は祈りを捧げ続けている。

4/30/2025, 12:32:27 PM