悲しい事があった日の夜は、いつも月が泣いていた。
なんて詩的に表現してみるけど現実はなんて事ない⋯⋯たまたまそういう事があった日に限って、夜に降っただけの天気雨。
月は綺麗に輝きながらも、空からは大粒の雨が降る。それはとても幻想的で、ただでさえ痛い胸を締め付けて⋯⋯泣きたくなるほどに儚い光景だった。
そんな中で、雨に濡れながら静かに泣くのが好きだった。
なのに――――――いつしか私に寄り添う人が現れて、1人で雨に濡れながら泣いていたいのに、そうさせてくれない。
「⋯⋯風邪引きますよ。」
そう言いながら勝手に私を自分の傘に入れるその人は、名も知らぬ誰かだ。
私が泣きたい日にだけ、勝手にそばに来て寄り添うだけ寄り添って去っていく。良くわからない人。
彼の言葉を無視するのはいつもの事。だって知らない人だし、何ならどっかに行って欲しいとすら思ってるけど⋯⋯彼は一向に居なくならない。何なら私が帰るまでずっとそばに居るのだ。
全くもって迷惑なやつだな。
そう心の中で憤慨するも声に出すのも億劫で、無言のまま睨むに留まる。
その間にも雨粒が傘に当たる音を聞きながら、静かに涙を流している私も大概ではあるが⋯⋯。
彼は割と強引な奴で、私の腕を優しく掴むと「こちらに」なんて言いながら誘導してくる。
寂れた小さな公園ではあるが⋯⋯何故か四阿(あずまや)なんて物が建てられていて、こういう日は必ずそこのベンチへ連れて行かれるのだ。
彼は鞄からタオルを取り出し私の塗れた髪を勝手に拭いて、自身の着ていたアウターを私の肩に掛けた。
それでも黙って泣き続けている。だってお月様も泣きたくなる様な夜なんだから、私が泣いたっていいじゃないか。そんなバカみたいな事を考えて現実から逃避する。
もう何も考えたくないし、一人で静かに時間を潰していたかった。
それを察したのかは知らないが⋯⋯彼はただ私の隣に座っている。この夜空でも眺めているのか、他に何かしているのかはわからない。けれど私を置いて行く気はないらしく、どこかゆったりとした空気を纏っていた。
不思議な人だなと思った。涙はまだ枯れる気配は無いけれど、彼が隣に居る事でほんの少しだけ心が落ち着いているのがわかる。
未だに強く鳴る雨音を聞きながら、流れる涙を拭くこともせず流し続けた。そうしてどのくらいの時間が経っただろうか?
ようやく枯れ始めた涙に呼応する様に、少しだけ雨足が弱くなる。
それをきっかけに兼ねてから気になっていた事を、彼に問いただす。
「どうして、私に構うの? 貴方とは何の接点もないのに⋯⋯放っとけばよかったでしょ。こんな変な奴」
私に話し掛けられると思ってなかったのか、驚いた顔をしたその人は⋯⋯少し逡巡すると答えてくれる。
「確かに接点はほぼないですけど⋯⋯流石にこんな夜に、しかも殆ど人通りのない寂れた公園に女性が一人で居たら危ないと思いまして。本当は家に帰るのが良いと思いますが、帰りたくない理由があるのでしょう? なので貴女の気が済むまでお付き合いしようかと」
そう笑いかけてくる彼に「変な人⋯⋯でも、ありがとう」っと可愛くない返しをするも、お礼だけは言っておこうとそう口にする。
ふわりと笑う彼をみていたら少しだけ、心が軽くなった気がした。そこからは堰を切った様に今日の出来事を彼に話していた。
静かに、でもちゃんと聞いてくれている彼に全部吐き出したらスッキリして、でも何故か―――今度は違う意味で帰りたくなくなってしまった。
どうして今まで話さなかったんだろう? って不思議に思うくらい話しやすい彼と、もっと話したいと思ってしまったのだ。
そうして色んな事を話している内に、気付いたら雨は止んでいて鮮やかな朝焼けが広がっている。
「⋯⋯夜、明けちゃいましたね。そろそろ帰りましょうか。家まで送りますよ」
そう言いながらベンチから立ち上がると、彼は私に手を差し出す。
前まではきっとその手を振り払って睨み付けていただろうけど、今はもう笑顔でその手を取れた。
そうして、朝焼けの帰り道を名も知らぬ誰かと一緒に歩いていく。
帰ったら必ずお風呂で体を暖めろだとか、ちゃんとご飯食べろとか⋯⋯お母さんか! って言いたくなるような事を言っていたのを、私は笑いながら聞いていた。
―――後日、休み明けの大学校内でたまたま彼を発見し、その時初めて同じ選択必修をうけている人だと知る。
「はじめまして、雨宮さん。日野戸 翔弥と申します。これからよろしくお願いします」
笑顔で自己紹介する彼に、私は少し照れながらも⋯⋯改めてこちらからも自己紹介をした。
4/28/2025, 1:19:38 PM