紅月 琥珀

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 どうして人は人に恋する事を美徳とするのか⋯⋯私には理解できなかった。
 片想いしている時の苦しさや切なさを美化したり、醜いドロドロとした妬み嫉みの心すら⋯⋯それが恋だと正当化する。
 恋してたら何でも良いのか? と思わずにはいられない事を宣う人達に、私はもううんざりしていた。
 そんなに良いと言うなら自分達だけでやっててくれ、私は恋なんて物に辟易してるんだと、そろそろ理解して欲しい。
 なのに―――なぜ合コンなんて至極面倒で1ミリも興味ないものに連れてこられなければならなかったのかと、私の隣でノイズを発し続けている男を無視して⋯⋯自分で頼んだ焼き鳥プレートを食べながら考えていた。

 女子会だと言うから来たのに⋯⋯騙された。もう誘われても絶対に行かないし、信用もしない。
 そう心に決めながら、今度は塩キャベツと枝豆を注文し、大好きなリンゴジュースのおかわりも頼んだ。

 そも恋というのは愛とは別のモノで、心変わりが前提のモノだと私は思っている。
 だからこそ一時的な感情に振り回されるし、愛のようには持続しない。裏切り裏切られるのも、その一因なんだと自身の経験で学んだ。
 無論、愛も同じだと言う人も居るだろうが、それは互いの尺度の違いによって起こることだとも思っている。
 愛し合ったはずなのに裏切られた経験を持つ人は―――その愛情が相手の愛情と釣り合いが取れていないからそうなったのではないか、という話である。
 どちらか一方の愛が重すぎても、軽すぎても釣り合いが取れなくなるから互いに不満が残る。その時にお互いに話し合い、折り合いを付けられれば問題なくバランスを取れるかもしれないが⋯⋯それが出来ない人のが多いのだと思う。
 愛は与え育むモノなので、相手に与え過ぎても育たない。
 互いに与えながら少しずつ育てていき、そうして実ると結婚や出産という行為に繋がるのだ。
 兎角、私はそういう考え方を持っているため、こと異性愛というものに消極的だった。
 やった所でどうせ裏切られるか、重たくのしかかられるかのどちらかだろうとそう思ってしまうのだ。

「ねぇ、何で話してくれないの? そんなに俺に興味ない?」
 そんな事を延々と思考していたら隣のノイズから不満げな声が聞こえた。
「興味ないですね。彼氏とか作ろうとも思ってないので。そもそも私は友人だと思っていた人達に騙されて連れてこられただけなので、恋人作りたいなら他を当たってください。私は自分のお腹を満たしたらさっさと帰る予定なので」
「もう! またそんな事言って! 少しは楽しめば良いじゃん! 恋愛ってすごく素敵な事なんだよ? 経験しないのはもったいないよ。騙されたと思って一度だけでもやってみな。人生変わるから」
 隣のノイズに淡々と答えた私に、横から友人だった女その1が割って入ってきた。本当に頭がお花畑で困る。
「実際に騙して連れてきた人に言われたくないですね。そもそも、その恋とやらを経験した上でやりたくないって言ってます。恋未経験者と思い込むのは勝手ですが、その思い込みを押し付けないでください。大変迷惑です」
 そう言った私に友人だった女達は酷く驚いた顔をしていたが、私はそれ以上何も言わずに注文した品を淡々と食べ進めつつ、LINEで幼馴染に状況を説明し⋯⋯迎えに来て欲しいと伝えた。
 その間にもノイズは「なら俺ともう1回恋してみない? 絶対後悔させないから」などとアホのテンプレでもあるのか? と思う様な常套句を並べ立てられていたが全部無視した。

 枝豆ってたまに食べると美味しいよね。何でだろう? 塩キャベツも家で作った方のが安くすみそうなのに、無性に店で食べたくなるし⋯⋯すごく不思議だ。
 そんな他愛もない事を考えてノイキャンしている内に全部食べ終わり、予め計算していた私が食べた分の値段より少し多めにお金を置く。
 丁度幼馴染からLINEが来たのでさっさと荷物まとめて出ようとしたらノイズに腕を掴まれた。
「ちょっと待って! 俺も出るから、送ってくよ!」
 なんて言われて気持ち悪過ぎて手を振り払う。
「結構です。初対面の信頼出来ない人に送ってもらう程馬鹿じゃないので。それに迎えならもう居るの。あと貴女達とは今日限りで縁切るので今後話しかけないで下さい。それじゃあさようなら」
 言うだけ言って店を出た途端に、つい溜息が出てしまう。
「お疲れ様。今度はなんて言われて連れて来られたの?」
 お店と通行人の邪魔にならない場所に居た幼馴染がそう聞いてくる。私は素直に“女子会”って答えたら困ったような顔で笑い頭を撫でてくる。

 道中で愚痴を言いまくってスッキリして、でも⋯⋯少しの罪悪感が胸に去来していた。
 私は最低な奴だと思いながらも、幼馴染の好意に甘え続けている。
 彼には私を嫌いになるように言い聞かせているのだが―――嫌いになれないの一点張りで、かといって私の方も好きになる努力はしたがなれないままだ。
 宙ぶらりんな私達の関係。歪で不格好な恋とも呼べないこの関係を、人はなんと呼ぶのだろうか?
 彼を好きになれたなら、幸せになれるのだろうと⋯⋯思った事は何度もあるのに、いつか来る終嫣(おわり)に怯えて拒絶し続けているこの心にも嫌悪感を抱きながら、私は今日も彼(そ)の想(こう)いに甘えるのだった。

4/29/2025, 1:57:37 PM