紅月 琥珀

Open App

 私達はどこで間違えたのだろうか?
 先の学校での事件?
 それとも教育の仕方?
 色々と考えを巡らせても、結局あの子はもう帰っては来ないのだ。
 どんなに悔いても、どんなに謝りたくても⋯⋯もう、その全ては届かない。

 それは仕事中にかかってきた1本の電話だった。
 自身のスマホに学校からの連絡で、あの子に何かあったのかと思い、上司に事情を話して少し時間をもらい折り返し連絡した。
 その内容はあの子がクラスメイトの私物を盗み隠したというのだ。
 何を言っても知らないと言いはり、話にならず強制的にカバンやロッカーなど隠せそうな場所は全部見たが見つからなかったらしい。
 仕事が終わってからで良いから学校に来て欲しいとという旨の電話だった。
 信じられないと最初は思った。けれど学校に行き話を聞くと、盗んだ場面には目撃者がいるとの事で、何度聞いてもあの子がクラスメイトの鞄を漁っていたと証言しているそうで、実際に話を聞くとどうも嘘を言っている様にも見えず⋯⋯私達はただ平謝りするしかなかった。
 しかし、うちの子は不服そうにしており謝る気も無いみたいで、それに少し苛立ちながらも無理矢理頭を抑えつけ謝罪させた。

 帰宅後も本当の事を話して欲しいと何度も言ったが先生達の証言通り「知らない、やってない」しか言わず、全く解決しない⋯⋯進展すら見えないこの事件に腹が立ち、あの子の言い分も信じずに引っ叩いてしまう。
 それでも泣きながら「本当に知らない、私じゃないのに」と言い続けるあの子に、私は「本当にこの子はやってないのではないか」と思い始めていた。
 一度怒りを静めようと部屋を出て頭を冷やし、もう一度冷静に話しをしようとあの子の部屋に行ったらおらず、家中探しても居なくて⋯⋯玄関まで行くと靴が無くなっていた。
 まだ深夜ではないにしても、まだ子供であるあの子にとって夜は危険だ。急いで探さなければと必死になって探すも、見つからず⋯⋯連絡先の分かる学校関係の人達に片っ端から電話をかけ、それでも見つからず、深夜になり警察へと駆け込んだ。
 事情を説明すると怒られたが捜索はしてくれるとの事で、私達は娘が帰ってきた時のために自宅に待機する様に言われた。
 待ってる間に先程の疲れもあってつい眠ってしまう。すると、変な夢を見た。

 深い森の中であの子が楽しそうに、大きな犬の様な馬のような⋯⋯そんな不思議な生物と木の実や山菜などを採っている。
 木漏れ日の綺麗な森の中で幸せそうにしていた。
「優羽!」
 あの子を呼ぶ声と共に駆け出していく男の子。それは呼び出された時に、話を聞いた目撃者だった。
「夏斗君待って!」
 その少年の名を叫び追いかける少女。その子も呼び出された際に会ったあの被害者の子だ。
 一体何が起こっているのか? と困惑している時だった。
 “良く、ここまで来たね。この通り優羽はこの森で、私と共に幸せに暮らしている。安心して元の生活に戻ると良い。”
 頭の中に直接響く声。私達だけかと思ったが、子供達にも聞こえていたらしく⋯⋯少年の方が噛み付く様に言葉を発する。
「うるせぇ! こっちはいきなり居なくなられて凄い心配したんだ! 優羽を返せ化け物!」
 “返せと言われても、この森で穏やかに過ごしたいと言うのがこの子の願いだ。私はそれを叶えたに過ぎない。帰りたければまた私に願えば良いだけの話だよ。だが⋯⋯果たしてそんな日は来るのか―――その答えを一番分かっているのはお前達だろう?”
 そう答える獣は全てを見透かす様な瞳をこちらに向けて続ける。
 “恋患いから嫉妬して冤罪を被せ、自分に気を向かせたいからと相手の嫌がる事をし、挙句⋯⋯味方になってくれると思っていた両親にも信じてもらえなかったこの子の気持ちが、お前達には分かるまい”
 “諦めよ、人の子達。今回私がお前達を招き入れたのは、少なくともこの子はこの森で幸せに暮らしていると、伝えたかっただけだ。用は済んだ、穢れた人の子達。無垢な魂をこれ程までに傷付けた罰と捉え、その罪過を背負い元居た世界(ばしょ)で生きるが良い”
 その言葉を聞き終わると同時に、私は目が覚めた。
 そこはあの子を待つ為にいたリビングのソファの上。座りながら寝ていたらしく、傍らには妻もいる。
 彼女も同時に起きたらしく、変な夢をみたと互いに言うものだから、詳しく聞くとどうやら同じ夢を見ていたらしい。
 あの獣が言った事が本当なら、あの事件の真相は被害者の自作自演で、それに便乗する形で嘘の証言をした。そして、信じ切れなかった私達は暴力まで振るってしまったと⋯⋯こういうことらしい。
 頭を抱えた。自分の子供を信じていればあの子は居なくならなかった。そも、あの子達が嘘なんて吐かなければ、私達は子供を失う事はなかっただろう。
 でも結局はあの子にとって、全て同罪で帰ってきたくない要因なのだろう。
 それでも―――一縷の望みをかけて祈る。
 どうかいつか、全てを許しても良いと思えた時に⋯⋯一度でも良いから帰ってきてくれますように。
 その時は抱き締めて誠心誠意謝り、今度こそ何があっても信じることを誓うよ。


5/8/2025, 2:54:45 PM