紅月 琥珀

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 それは悪夢のような出来事だった。
 本当の事を言っても誰一人信じてくれない、味方の居ないそんな地獄の様な場所へ連れ戻されて、家に無理矢理入れられ両親に罵倒されながら殴られ続ける。
 いつまでそうしていたのか、もう分からないくらいずっと痛みに耐え続けていた時、ふと感じるふわふわと暖かな感覚。
 それは私を包み込むような感じで、同時にふわふわした何かに顔を少し揺らされている感じがした。
 その感覚のお陰で、これは悪夢(ゆめ)であると気付く。私は目覚めようとその暖かい感覚に意識を向けた。少しすると両目に少しずつ光が見えてきて―――私はようやく目を覚ました。

「あぁ、良かった。おはよう優羽。
 何だか魘されていたみたいだから起こしてしまったんだ。
 大丈夫かい? まだ眠いなら寝てても良いんだよ」
 そう優しく声をかけてくれる不思議な生物を見て、私は心底安心する。
「おはようエレムルス。ちょっと悪夢を見てたんだ。だから起こしてくれて助かったよ、ありがとう」
 そう言って彼の首に抱きついた。彼は何も聞かず静かに私の好きなようにさせてくれる。少しそうしているとようやく落ち着いてきて、私は彼から離れ身支度をした。
 彼が作ってくれた朝食を食べて、彼と一緒に森の中に行き、今日必要な分の食料や薪を調達する。
 その合間に少し遊んだり探検したりして、私はこの森での生活を満喫していた。
 基本的にお祈りをしに来る人以外は、この場に訪れる事がなく⋯⋯とても静かで平穏な森だ。
 人を襲う動物もいない、私を責め立てる人もいない。
 エレムルスとの生活は、毎日が穏やかで安心する日々だ。
 それなのに、眠りについた途端⋯⋯見るのはあの日の続きばかり。もっと幸せな夢が見たかった。出来ることなら全て忘れて、ここで暮らしていきたいと―――私は思い始めている。
 あの場所での全てを捨てて、そしたらずっとここで穏やかで、暖かな幸せに包まれて暮らしていけるのに⋯⋯と。

「何かあるなら祈ってごらん。叶えられるモノなら私が叶えるよ」
 そんな私の思いを察したのか、エレムルスはそう言った。
 出来るかどうかは私には判断できないけど⋯⋯やってみる価値はあるかもしれない。
 そう思った私は先程の願いを強く念じた。
 また光が何かを成形していく。それが終わって出てきたのは黒いチューリップだった。
「おや、これはまた⋯⋯凄いものを出してきたね」
 そう言ってその花をパクリと食べたエレムルスは、どこか納得したように頷くと私に顔を擦り付けてくる。
 私はくすぐったくて笑ってしまったが、そうしている間に「本当に良いのかい?」と少し悲しそうに問われた。
 けれど私は「うん、お願い」とだけ答えると、彼は「今夜は安心して眠りなさい。明日の朝には過去は全て無くなるよ」と言ってくれた。
 そうして私達は家に帰り、夕食とお風呂を済ませて眠りについた。

 翌朝、とてもスッキリした朝を迎える。ここに来てはじめて彼よりも早く目覚めたのが嬉しくて、早々に身支度を整えて朝ごはんを作った。
「おはよう、優羽。今日は早起きだね」
 よく眠れたかい? と問う彼に「うん! 凄く良く眠れたよ。ありがとう!」と答えて、さっき出来上がったばかりの朝食を盛り付けてテーブルに並べると、2人で今日は何をしようかと話し合いながら食べた。

5/10/2025, 2:29:26 PM