この世界には変な理がある。
皆は当たり前だと思っているみたいだけど⋯⋯私には何故そうなるのか理解できなかった。
それは―――“人は死ぬと泡になって消える”というものだ。
人以外の生物は何故か死体が残るのに、何故人間だけ泡になるの? と昔両親や先生に聞いたが、誰もが「それが当たり前だから」と言うだけだった。
その当たり前に起こる出来事が何故、どういう原理でそうなるのかを聞いているのに、誰もがそれを説明できず⋯⋯時には怒鳴りつけてくる人もいる。
当たり前の事を疑問に思う事っていけない事なの?
どうしてそうなるのか、理解しようとするのは変な事なの?
幼心にそう思っていた。
だから私は、試してみることにしたんだ。自分自身の死をもって、その事象がどんなモノなのかを体験する。
これで調べるのはどの程度までいくと死亡扱いになり泡になるのか。そして可能ならその泡の正体を突き止められたら尚良しとそう考えていた。
それは一度限りの挑戦、失敗しても成功しても泡になるのは確定していて、私のその後は跡形も無く消えその場に残るのは大量の血液のみとなるだろう。
それでも、好奇心・探究心は抑えられなかった為、早速準備に取り掛かる。
お風呂に湯をはり、その間によく切れるダイヤモンドカッターを用意しておく。それから防水対策をしたスマホでメールを立ち上げて、ちゃんと文字が打てるか動作確認してから、血液処理は大変面倒なので、湯船の側面から床と壁の下の方にブルーシートで覆い、防水テープで固定する。排水溝の所だけちゃんと流れるように切り取り、その部分も防水テープで止めておく。
お湯は半身浴で十分なので然程溜めずに40度以下で、のぼせないように⋯⋯でも血行はちゃんと良くなる様にと色々考えてこうなった。
準備がすべて終わる頃にお風呂が沸き、私は早速半身浴を始めると手首を思いきり切った。
狙うのは出血死。けれどショック死してしまう可能性も考慮して切るときの力配分を決めたので、ここまでは問題なく進んだ。
少しずつぽかぽかと温まっていく体とじくじくとした痛みを伴いながらも、ブルーシートの上に投げ出した腕の傷から流れていく血液。
初めの方は余裕であったが⋯⋯時間が経つにつれ段々と頭がクラクラしてきた。血行が良くなるにつれて出血量も増えてるのか、少しずつ目眩がひどくなっていく。
『これは⋯⋯意識をなくした後に、泡になる感じかな? だとしたら私の死は無駄になるな』
そう考えた時、視界に何かが映る。
ハッとしてそれに、焦点を合わせると泡が飛んでいた。
ふわふわと上へ上へと飛ぶ泡は、その内天井に当たって割れてしまう。
傷口をみるが、あの割れた泡以外には現れる様子がなかった。
『どういう事だ? 何が原因で泡が出た? さっきまでは何も⋯⋯』
そう考え始めるとまた視界に泡が見えた。
もしかして――――――この泡は私達の思考から生まれているのか?
そう考えたらまた1つ泡が出た。それが答えだったらしい。
私は急いでスマホを手に取ると、この実験の詳細と泡の正体について全てその中に書き込んだ。
つまるところ、私達人間が死ぬと泡になるのは、走馬灯のようなものが作用して、それが泡になっていたらしい。
その記憶や想いが膨大で、それにより1人の人間が消えてしまうほどの泡が発生していたのだ。
この泡は私達の体を糧に作られているのだろう。たくさんの思い出とか強い願いみたいなのがあればある程、大量に出るから消費も激しくて“泡になって消えた”様に見えたのだと。
それなら私は、最後に何を思おうか、と血液の流出で鈍くなった思考で考える。
そうしてもう一つ今浮かんだ実験に使おうと、またスマホにその実験内容を描き記しクラウド保存した後に、検証実験を開始した。
私のやりたかった事を、この実験の真実を明かしたいと、全力で仮定等を考え続けた。
その度に大量の泡が私の腕の傷から飛び出し、そのうち二の腕や掌からも出てきて段々と私の体は泡に食い尽くされていく。
私の仮定は合っていたんだ! と嬉しくなる。書ける内にと実験結果も記してクラウド保存し、私は凄い満足感の中で一息吐く。
もう片腕1本無くなっている状態だ。出血量も酷い為、助かる見込みはほぼないに等しい。
けれども、自分の知りたかった事を知れて⋯⋯原理は暴けなかったけど、少なくとも泡の正体は理解できたから満足していた。
だから最後は、自分の為にその泡を作り出そうと思う。
ひどい目眩と倦怠感の中で、私は一呼吸置いてから⋯⋯大して回らなくなってきた思考をフル稼働させて、死ぬその瞬間まで――――――幸せな夢を描き続けた。
5/9/2025, 2:01:37 PM