紅月 琥珀

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4/23/2025, 1:54:46 PM

 誰かに恋し愛する事が罪になる世界ならば、きっと人は他者を愛する事はないのだろうと⋯⋯私はそう、切実に思うのだ。

 神々の御使いとして地上へと降り立ち、神の威光を示すのが私の仕事だった。
 この純白の羽でどこへだって行けたし、行った先々で神々からの啓示を伝えていく。
 けれども、ある場所で仕事をこなしていた時に見かけた青年に、私は恋をしてしまった。
 綺麗な青い瞳と珍しい漆黒の髪。ふわりと微笑むその顔に、私は役目を忘れて見惚れてしまう。
 そうして恋を患い、自慢だった純白の羽を捨てて人として⋯⋯彼のもとに行った。
 それなのに、彼にはすでに婚約者がおり、私の恋は呆気なく散る。こんな事なら恋などしなければ良かったと、何度も後悔して羽を捨てなければと泣き続けた。
 そんな私を憐れに思った神々が私に話しかける。
 ある試練を乗り越えれば天使に戻しましょう、と。
 私は藁にも縋る思いでそれを承諾した。
 試練は至ってシンプルなもので、人としての私の幸せと寿命で作られた偽翼。その羽を全て使って人々を幸せにする事。
 最初私は簡単だと思っていた。しかし人でありながら翼の生えた私は、人々から様々な目で見られそれ相当の扱いを受ける事となる。
 ある者は神々の使わせた天使として崇め敬い、またある者は化け物として私に石を投げつけ罵声を浴びせた。
 ある者は見世物にしようと下卑た笑いで機嫌を伺い、またある者はただ純粋に綺麗だと笑ってくれる。
 私はそんな扱いを受けながらも、長い長い旅をする。
 少しずつ偽翼の羽を使いながら、心優しき人々を一人でも多く“すくう”為に。

 貧しくも心豊かに過ごす敬虔な民達に、神々の祝福があらんことを祈りながら―――私は今日も偽翼の羽を1つ失っていく。
 誰かの為に自身の幸福と寿命を食べながら、長い贖罪の旅路を進む。
 まだまだ、全てを失くすには多すぎる偽翼を広げて、無垢な子供達に神々の優しさを説いて、それと同時に―――1人の愚かな天使の物語を語る。
 それは自身への戒めであり、この小さな天使達に同じ轍を踏まないようにとの教えでもあった。

 この場所での奉仕活動ももうすぐ終わる頃に、次はどこへ行こうかと考えながら⋯⋯今彼は幸せだろうかと、昔愛した彼の人に思いを馳せるのだった。

4/22/2025, 1:49:28 PM

 顔を上げれば瞳に映る。
 暗い顔した大人達。愚痴を垂れ流す人々に、ふとしたきっかけで不愉快そうに顔を歪める人。
 不平不満と不幸を嘆く様な暗い顔の人達を見ていた私。

 世界はそんなに嫌な事で溢れてるの?

 ちょっとした疑問からやってみようと思った。
 明日最低でも1つの“幸せ”を探す事。
 1日だけのお試し期間。出来そうなら延長するかもしれないけど、今はこのくらいが丁度いい。いつもと違う明日になる予感に、心を躍らせつつ今日は早めに眠りについた。

 ◇ ◇ ◇

 朝、カーテンを開けると太陽の光が入ってきた。雲が泳ぐ青空を見てから窓を開ける。
 心地の良い風が頬を撫でる感覚で、ようやく目が覚めた気がした。
 支度をしてリビングに行き両親に挨拶する。
 今日はご機嫌ね。なんてお母さんに言われたから『いつもならセットに時間がかかる髪がすんなりと整った』って言ったら笑われた。
 取り留めのない会話、だけどいつかはこんな下らない事で笑い合う事も出来なくなる日が来るんだと思ったら、少し切なくて愛おしいと思った。

 お母さんが朝食を出してくれる。今日は私の好きな和食の日で、玉子焼きと焼き鮭⋯⋯それにお味噌汁がお豆腐と油揚げだった。
 いただきます! と挨拶してから食べる。朝から幸せを5個見つけた。

 学校への道。忙しなく通り過ぎる人々。車に自転車とバイク。誰かの話し声とどこかの家の朝食の香り。
 通り道に咲いた花々に欠伸してる猫ちゃん。
 灰色のビルに切り取られた青空のキャンバスと、時々通る風に流される雲。
 楽しそうに笑い合う知らない子供達とワンちゃんとお散歩するおじいちゃん。
 通学路だけでも7個見つけた。

 学校では友人達との会話。いつものつまらない授業も、もしかしたら当たり前じゃないかもって思うと愛おしくなる。
 休み時間の取り留めのないやり取りも、教室で馬鹿騒ぎする人達も⋯⋯それを注意する委員長も。1つ違えば会えなかったり、こんな日を送れなかったかもしれないと思った。

 昼休みのお弁当にお母さんが好きな物を詰めてくれてたり、それを友人達とおかず交換して食べたり。
 デザートにって友人の作ったお菓子を食べて、美味しいねって言いながら食べた。
 恋バナして、好きな漫画とかドラマの話だとか、気になる映画があるとか。
 そんな何気ない会話をし続けて午後の授業も全部終わらせ、放課後にその友人達と遊びに行った。
 行ってみたかったカフェで、それぞれパフェやケーキを頼んで一口交換して食べる。凄く美味しくて、また一緒にいく約束をした。

 カフェ近くのゲーセンでプリクラ撮って変な落書きして、好きなキャラのぬいぐるみがあったからUFOキャッチャーに挑戦したけど取れなくてしょんぼりしてたら、たまたま居たクラスの男子が取ってくれて嬉しくてありがとうって何度もお礼を言ったら笑われた。
 それから男子達も混ざって少しゲーセンで遊んでからクレープ食べて、カラオケで歌い倒して暗くなる前に解散って話してたけど、少し遅くなったからそれぞれ同じ方面の男子が送ってくれた。

 帰り道、幸せオーラ全開だったのか一緒に歩いてる彼が聞いてくる。
『今日、いつもよりも楽しそうだったね。そんなにぬいぐるみ嬉しかったの?』
『ぬいぐるみも嬉しかったけど⋯⋯少し違うの。今日はね! 幸せ探しのお試し期間してたんだ』
 そう言った私に、幸せ探し? と不思議そうに呟いた彼。
『そう、今日1日で大きいのも小さいのも“幸せ”って感じる事を探してたの。そしたら案外、たくさんあって今ご機嫌なんだ!』
『そっか、そんなにたくさん見つけられるなら、俺もやってみようかな。幸せ探し』
 少し微笑みながらそう彼が言う。
『うん、是非やってみてほしい。それでもし良かったら見つけた幸せ教えてくれたら、嬉しいな』
『それなら2人で教え合う?』
 そう提案してくれた彼に、うん! って頷きながら答えると、いつの間にか家に着いていた。
 送ってくれた彼にありがとうと感謝をして別れ、家の中へ。
 明日の支度して夕飯食べてお風呂に入って、ベッドに横になりながら今日1日を振り返る。

 今日だけで31個の幸せ見つけた!
 探そうと思えばたくさんあるモノなんだなって思う。
 それと同時に、今私が送っている当たり前は当たり前じゃないって気付かせてもくれた。
 当たり前の毎日、取り留めのないやり取りや普段、気にもとめない会話も全部特別なんだって理解する。
 だから、幸せ探しはお試し期間を経て継続する事にした。
 彼との約束もあるし、明日はどんな幸せを見つけられるか楽しみになってくる。

 不幸を数える方が確かに簡単で楽なんだけど⋯⋯でも、幸せは探そうと思えばたくさん日常に隠れているんだと思った。
 世界は変わらずにまわっている。私達がどんな人生を送ろうとも、それは変わらない。
 けれど世界は⋯⋯私達の考え方次第で、こんなにも変えられるモノだから―――どうせなら大好きな世界にしてしまおうと、そう思える日だった。
 そうして私は目を瞑り眠りについた。

 おやすみ世界。また新たに始まる世界(あなた)に、とびきりのおはようを。

4/21/2025, 12:30:09 PM

 物心つく頃から聞こえていた。その言葉の意味も知らずに⋯⋯⋯私はそれを―――祝福だと思っていた。

 “ずっと一緒⋯⋯”
 そう耳元で囁く声を聞き流しながら、私は友人達の話に相槌をうつ。
 物心ついた頃から聞こえているそれは、私にしか聞こえないものであり、何か反応しようものなら奇異の目を向けられると分かっているから⋯⋯こうして人がいる場所では無視する様にしていた。
 それが誰の声なのか、何のためにずっと言い続けているのか。その声の主の真意をはかろうにもはかり得ないから、私は勝手に祝福されているのだとポジティブに捉えるようにした。

 “ずっと一緒⋯⋯”
 定期的に聞こえる声は、まるで壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。
 それ以外の言葉を聞いたことは無く、ただ繰り返される言葉に少し飽きてはいた。
 けれどそれ以外には特段、害も益もない。私は至って平凡な日常を過ごせている。
 だからこそ、ふと思うことがある。
 あの囁きが、もしも別の言葉を呟いたらどうなるのか。
 もし、違う言葉を言うとするならどんなものになるのかと⋯⋯ふと考えてしまう時がある。
 そんな事を、頭の中で考えている今も聞こえてくる囁き。
 この声に何の意味があるのか分からないけど、きっとこの声は私が死ぬまで付きまとうのだろう。
 そうどこか他人事のように思いながらも、友人達と別れて帰路につく。
 一人で歩くいつもの道を、好きな曲を口ずさみながら家路を急ぐ。曲がり角を右に曲がって直ぐの交差点。赤信号で立ち止まり信号が変わるのを待つ。

 その時だった。

 “ずっと一緒⋯⋯一緒に―――死ね”
 酷く低く呟かれた最後の言葉にハッと顔を上げたのと同時に『危ない!』という叫び声が聞こえた次の瞬間⋯⋯体に強い衝撃と浮遊感を覚える。
 それから程なくして全身に叩き付ける様な痛みが走り、上手く呼吸が出来なかった。
 何か話そうとしても、ひゅーひゅーと空気の抜ける音しかしなくて、誰かが駆け寄って何かを言っていたけどその言葉すら聞こえない。
 ただ聞こえるのは⋯⋯⋯嬉しそうな笑い声と―――“これでお揃いだね”と耳元で囁く声だけだった。

4/20/2025, 2:40:19 PM

 その出会いは突然に⋯⋯けれども私は運命を感じてしまった。
 在り来りな言葉だと自分でも思うけれど⋯⋯彼との出会いを例えるならその言葉以外に思い付かなかったのだ。

 私の世界は明けない夜の世界。
 両親曰く、私の体は特殊な構造で、日の光に触れると溶けてしまうらしい。
 だから生まれてからずっと、この暗くも美しい世界しか知らない。

 ある日私は海へと出かけた。
 自転車で30分位の場所で、適当な所に自転車を止めて砂浜を散歩する。
 靴の中に入る砂の感触と波の音を聞きながら、なんの目的もなくただ夜空を見るだけ。
 その日は月のない夜だった。
 所謂星月夜というやつで、月がなくても明るい夜だった。
 そうして気が済むまで散歩して、帰りにコンビニに寄り好きなスイーツとアイスを買って帰る。それが私の日常で、今までも⋯⋯そしてこれからも変わらないと思っていた。

『こんにちは、今日は星の綺麗な夜ですね』
 そう言って話しかけられて、驚きながらも返事をしたのを覚えている。
 人と話すのなんて主治医が両親以外になかったから、凄く緊張して⋯⋯その時何を話したのかあまり覚えていない。
 でも1つだけ覚えているのは、彼とまたここで会う約束をした事。
 その日から私達はこの砂浜で話すようになった。
 彼は日のある世界の事を、私に教えてくれる。
 自身の仕事がどういうものなのかとか、この間行った湖が綺麗でそこに咲いていた花の写真を見せてくれたり。
 それはとても明るくて色のある世界。
 夜も綺麗だけど、日の光に照らされた世界はとても鮮やかに見える。
 私もその世界に行きたいと思った。でも、体質上それは出来なくて⋯⋯どうして私は普通に生まれられなかったんだろうとはじめて悔やんだ。
 大好きだった夜の世界。でも、日の光を⋯⋯それに照らされた世界をこの目で見てみたかった。
 だから私は―――彼と両親と主治医に手紙を書いて彼への手紙だけを鞄に入れ、いつもの海へと向かう。
 彼との逢瀬を楽しみ、いつもなら帰る時間なのに帰らない私を、不審に思った彼が言う。
 もう、遅い時間だから危ないよ。送っていくからそろそろ帰ろうって。
 でも、私は首を横に振る。
 そして鞄から手紙を出して彼に渡し、このまま朝を見るのだと告げた。
 驚いて止める彼に、私は笑顔で答える。
『きっと夜の世界しか知らなかったら、あのまま何も知らずに過ごしていたと思う。でも、このまま生きていても、何れ両親も主治医も私を置いて居なくなるでしょう? 残された私は一人では生きていけない。ならせめて憧れた世界を見て死にたい』
 良くなる保証のない体質だった。だからこそ、せめて願いを叶えて死にたかった。
『僕がずっと側にいる。君の最後まで共に歩むから、どうか僕と生きて欲しい』
 私を強く抱き締めてそう言った彼に、結局私の決意は崩れ去り⋯⋯家に送られ、朝が訪れる前に眠りについた。

 それから彼は私が寝ている間に、私達の事を両親に話したらしく、親公認で夜の散歩に出かけるようになった。
 月の綺麗な夜に見に行った桜並木だとか、少し暑さが和らいだ日に行われたお祭り。
 紅葉の絨毯を2人で歩いたり、珍しく積もった雪で遊んだり。
 沢山の思い出を2人で作っていく。でも私の中で1番の思い出は、あの星月夜の出会いで⋯⋯今でも月のない星の綺麗な夜に思い出す。
 繋いだ手の温もりを感じながら、あの日死ななくて良かったと―――止めてくれた彼に感謝しながら、今日も夜の世界で星空を眺めている。

4/19/2025, 1:09:39 PM

 今見えているものが真実(ほんもの)だって言い切れる人は、何れ程いるのだろうか。
 例えば、りんごの赤だったり空の青だったり。
 大半の人はこの2つは何色かと聞かれた時、先ほどと同じ色を答えると思う。
 夕焼けだったり青リンゴを出さない限り、答えは殆ど一緒になるだろう。
 けれど、たまたま私達の認識している青や赤が同じなだけで、見えてる色は違うかもしれない。
 赤いリンゴが黄色に見えてたとしても、これは赤だと言われて育てば赤だと認識する様に⋯⋯案外私達の視覚情報なんて曖昧なものなのだ。

 いつもの風景。いつもの日常。
 普遍も永遠も絶対も無いのに口を揃えてそう言う人々。
 常に世界は移ろい変わる。何一つ同じモノは無く、変わらずに残るモノも存在しない。
 もしも、昔のままに見えるモノがあったとしても、私達には分からない変化をしながら、いつか訪れる終わりに向かっているに過ぎない。
 それは物でも者でも一緒で、この世界で存在する限り、逃れられない宿命の様なモノなのだと思う。

 そしてそれは―――人の心なんていう、酷く曖昧で目には見えないモノにも当てはまるのだ。
 私の目の前でニコニコと笑いながらどうでも良い話をするこの女も、フタを開ければドス黒い欲望や嫉妬心に塗れている。
 ちらりと彼女の影を見やれば、狐の様な形でゆらゆらと揺れる影。人の形をしている影を見る事の方が貴重ではあるが、ここまで分かりやすいと反応に困る。

 遠くのカップルは愛を囁きながらも騙し合い。近くで仲良しアピールしている自称親友達は、互いが互いを見下し“影”で笑っている。
 私の見つめる世界は影絵の様に―――その人達に追従する影達が本音を表す世界だった。
 幼い頃に気付いてそれを口にした時に気味悪がられたから、それ以来口に出すことは無くなったが⋯⋯この“影”のせいで誰も信用出来なくなっている。
 そもそも、殆どの人達が何らかの下心や欲望を持って近付いて来るのが分かるから、距離を置いてしまう。
 面倒は嫌だし、かといって自分が嫌な思いをすると分かってるのに、何故仲良くしなければならないのか。
 もう放って置いてほしいのに、皆変に絡んでくる。

 いっそ私が影だったら良かったのに。

 そんなたらればを思いながら、今日も影を見つめている。
 いつか完璧な人の形の影を持つ人と、友人になれる事を祈りながら⋯⋯建前だらけの人達と、これからも過ごしていくのだろう。

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