紅月 琥珀

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 今見えているものが真実(ほんもの)だって言い切れる人は、何れ程いるのだろうか。
 例えば、りんごの赤だったり空の青だったり。
 大半の人はこの2つは何色かと聞かれた時、先ほどと同じ色を答えると思う。
 夕焼けだったり青リンゴを出さない限り、答えは殆ど一緒になるだろう。
 けれど、たまたま私達の認識している青や赤が同じなだけで、見えてる色は違うかもしれない。
 赤いリンゴが黄色に見えてたとしても、これは赤だと言われて育てば赤だと認識する様に⋯⋯案外私達の視覚情報なんて曖昧なものなのだ。

 いつもの風景。いつもの日常。
 普遍も永遠も絶対も無いのに口を揃えてそう言う人々。
 常に世界は移ろい変わる。何一つ同じモノは無く、変わらずに残るモノも存在しない。
 もしも、昔のままに見えるモノがあったとしても、私達には分からない変化をしながら、いつか訪れる終わりに向かっているに過ぎない。
 それは物でも者でも一緒で、この世界で存在する限り、逃れられない宿命の様なモノなのだと思う。

 そしてそれは―――人の心なんていう、酷く曖昧で目には見えないモノにも当てはまるのだ。
 私の目の前でニコニコと笑いながらどうでも良い話をするこの女も、フタを開ければドス黒い欲望や嫉妬心に塗れている。
 ちらりと彼女の影を見やれば、狐の様な形でゆらゆらと揺れる影。人の形をしている影を見る事の方が貴重ではあるが、ここまで分かりやすいと反応に困る。

 遠くのカップルは愛を囁きながらも騙し合い。近くで仲良しアピールしている自称親友達は、互いが互いを見下し“影”で笑っている。
 私の見つめる世界は影絵の様に―――その人達に追従する影達が本音を表す世界だった。
 幼い頃に気付いてそれを口にした時に気味悪がられたから、それ以来口に出すことは無くなったが⋯⋯この“影”のせいで誰も信用出来なくなっている。
 そもそも、殆どの人達が何らかの下心や欲望を持って近付いて来るのが分かるから、距離を置いてしまう。
 面倒は嫌だし、かといって自分が嫌な思いをすると分かってるのに、何故仲良くしなければならないのか。
 もう放って置いてほしいのに、皆変に絡んでくる。

 いっそ私が影だったら良かったのに。

 そんなたらればを思いながら、今日も影を見つめている。
 いつか完璧な人の形の影を持つ人と、友人になれる事を祈りながら⋯⋯建前だらけの人達と、これからも過ごしていくのだろう。

4/19/2025, 1:09:39 PM