紅月 琥珀

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 顔を上げれば瞳に映る。
 暗い顔した大人達。愚痴を垂れ流す人々に、ふとしたきっかけで不愉快そうに顔を歪める人。
 不平不満と不幸を嘆く様な暗い顔の人達を見ていた私。

 世界はそんなに嫌な事で溢れてるの?

 ちょっとした疑問からやってみようと思った。
 明日最低でも1つの“幸せ”を探す事。
 1日だけのお試し期間。出来そうなら延長するかもしれないけど、今はこのくらいが丁度いい。いつもと違う明日になる予感に、心を躍らせつつ今日は早めに眠りについた。

 ◇ ◇ ◇

 朝、カーテンを開けると太陽の光が入ってきた。雲が泳ぐ青空を見てから窓を開ける。
 心地の良い風が頬を撫でる感覚で、ようやく目が覚めた気がした。
 支度をしてリビングに行き両親に挨拶する。
 今日はご機嫌ね。なんてお母さんに言われたから『いつもならセットに時間がかかる髪がすんなりと整った』って言ったら笑われた。
 取り留めのない会話、だけどいつかはこんな下らない事で笑い合う事も出来なくなる日が来るんだと思ったら、少し切なくて愛おしいと思った。

 お母さんが朝食を出してくれる。今日は私の好きな和食の日で、玉子焼きと焼き鮭⋯⋯それにお味噌汁がお豆腐と油揚げだった。
 いただきます! と挨拶してから食べる。朝から幸せを5個見つけた。

 学校への道。忙しなく通り過ぎる人々。車に自転車とバイク。誰かの話し声とどこかの家の朝食の香り。
 通り道に咲いた花々に欠伸してる猫ちゃん。
 灰色のビルに切り取られた青空のキャンバスと、時々通る風に流される雲。
 楽しそうに笑い合う知らない子供達とワンちゃんとお散歩するおじいちゃん。
 通学路だけでも7個見つけた。

 学校では友人達との会話。いつものつまらない授業も、もしかしたら当たり前じゃないかもって思うと愛おしくなる。
 休み時間の取り留めのないやり取りも、教室で馬鹿騒ぎする人達も⋯⋯それを注意する委員長も。1つ違えば会えなかったり、こんな日を送れなかったかもしれないと思った。

 昼休みのお弁当にお母さんが好きな物を詰めてくれてたり、それを友人達とおかず交換して食べたり。
 デザートにって友人の作ったお菓子を食べて、美味しいねって言いながら食べた。
 恋バナして、好きな漫画とかドラマの話だとか、気になる映画があるとか。
 そんな何気ない会話をし続けて午後の授業も全部終わらせ、放課後にその友人達と遊びに行った。
 行ってみたかったカフェで、それぞれパフェやケーキを頼んで一口交換して食べる。凄く美味しくて、また一緒にいく約束をした。

 カフェ近くのゲーセンでプリクラ撮って変な落書きして、好きなキャラのぬいぐるみがあったからUFOキャッチャーに挑戦したけど取れなくてしょんぼりしてたら、たまたま居たクラスの男子が取ってくれて嬉しくてありがとうって何度もお礼を言ったら笑われた。
 それから男子達も混ざって少しゲーセンで遊んでからクレープ食べて、カラオケで歌い倒して暗くなる前に解散って話してたけど、少し遅くなったからそれぞれ同じ方面の男子が送ってくれた。

 帰り道、幸せオーラ全開だったのか一緒に歩いてる彼が聞いてくる。
『今日、いつもよりも楽しそうだったね。そんなにぬいぐるみ嬉しかったの?』
『ぬいぐるみも嬉しかったけど⋯⋯少し違うの。今日はね! 幸せ探しのお試し期間してたんだ』
 そう言った私に、幸せ探し? と不思議そうに呟いた彼。
『そう、今日1日で大きいのも小さいのも“幸せ”って感じる事を探してたの。そしたら案外、たくさんあって今ご機嫌なんだ!』
『そっか、そんなにたくさん見つけられるなら、俺もやってみようかな。幸せ探し』
 少し微笑みながらそう彼が言う。
『うん、是非やってみてほしい。それでもし良かったら見つけた幸せ教えてくれたら、嬉しいな』
『それなら2人で教え合う?』
 そう提案してくれた彼に、うん! って頷きながら答えると、いつの間にか家に着いていた。
 送ってくれた彼にありがとうと感謝をして別れ、家の中へ。
 明日の支度して夕飯食べてお風呂に入って、ベッドに横になりながら今日1日を振り返る。

 今日だけで31個の幸せ見つけた!
 探そうと思えばたくさんあるモノなんだなって思う。
 それと同時に、今私が送っている当たり前は当たり前じゃないって気付かせてもくれた。
 当たり前の毎日、取り留めのないやり取りや普段、気にもとめない会話も全部特別なんだって理解する。
 だから、幸せ探しはお試し期間を経て継続する事にした。
 彼との約束もあるし、明日はどんな幸せを見つけられるか楽しみになってくる。

 不幸を数える方が確かに簡単で楽なんだけど⋯⋯でも、幸せは探そうと思えばたくさん日常に隠れているんだと思った。
 世界は変わらずにまわっている。私達がどんな人生を送ろうとも、それは変わらない。
 けれど世界は⋯⋯私達の考え方次第で、こんなにも変えられるモノだから―――どうせなら大好きな世界にしてしまおうと、そう思える日だった。
 そうして私は目を瞑り眠りについた。

 おやすみ世界。また新たに始まる世界(あなた)に、とびきりのおはようを。

4/22/2025, 1:49:28 PM