紅月 琥珀

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 誰かに恋し愛する事が罪になる世界ならば、きっと人は他者を愛する事はないのだろうと⋯⋯私はそう、切実に思うのだ。

 神々の御使いとして地上へと降り立ち、神の威光を示すのが私の仕事だった。
 この純白の羽でどこへだって行けたし、行った先々で神々からの啓示を伝えていく。
 けれども、ある場所で仕事をこなしていた時に見かけた青年に、私は恋をしてしまった。
 綺麗な青い瞳と珍しい漆黒の髪。ふわりと微笑むその顔に、私は役目を忘れて見惚れてしまう。
 そうして恋を患い、自慢だった純白の羽を捨てて人として⋯⋯彼のもとに行った。
 それなのに、彼にはすでに婚約者がおり、私の恋は呆気なく散る。こんな事なら恋などしなければ良かったと、何度も後悔して羽を捨てなければと泣き続けた。
 そんな私を憐れに思った神々が私に話しかける。
 ある試練を乗り越えれば天使に戻しましょう、と。
 私は藁にも縋る思いでそれを承諾した。
 試練は至ってシンプルなもので、人としての私の幸せと寿命で作られた偽翼。その羽を全て使って人々を幸せにする事。
 最初私は簡単だと思っていた。しかし人でありながら翼の生えた私は、人々から様々な目で見られそれ相当の扱いを受ける事となる。
 ある者は神々の使わせた天使として崇め敬い、またある者は化け物として私に石を投げつけ罵声を浴びせた。
 ある者は見世物にしようと下卑た笑いで機嫌を伺い、またある者はただ純粋に綺麗だと笑ってくれる。
 私はそんな扱いを受けながらも、長い長い旅をする。
 少しずつ偽翼の羽を使いながら、心優しき人々を一人でも多く“すくう”為に。

 貧しくも心豊かに過ごす敬虔な民達に、神々の祝福があらんことを祈りながら―――私は今日も偽翼の羽を1つ失っていく。
 誰かの為に自身の幸福と寿命を食べながら、長い贖罪の旅路を進む。
 まだまだ、全てを失くすには多すぎる偽翼を広げて、無垢な子供達に神々の優しさを説いて、それと同時に―――1人の愚かな天使の物語を語る。
 それは自身への戒めであり、この小さな天使達に同じ轍を踏まないようにとの教えでもあった。

 この場所での奉仕活動ももうすぐ終わる頃に、次はどこへ行こうかと考えながら⋯⋯今彼は幸せだろうかと、昔愛した彼の人に思いを馳せるのだった。

4/23/2025, 1:54:46 PM