紅月 琥珀

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 物心つく頃から聞こえていた。その言葉の意味も知らずに⋯⋯⋯私はそれを―――祝福だと思っていた。

 “ずっと一緒⋯⋯”
 そう耳元で囁く声を聞き流しながら、私は友人達の話に相槌をうつ。
 物心ついた頃から聞こえているそれは、私にしか聞こえないものであり、何か反応しようものなら奇異の目を向けられると分かっているから⋯⋯こうして人がいる場所では無視する様にしていた。
 それが誰の声なのか、何のためにずっと言い続けているのか。その声の主の真意をはかろうにもはかり得ないから、私は勝手に祝福されているのだとポジティブに捉えるようにした。

 “ずっと一緒⋯⋯”
 定期的に聞こえる声は、まるで壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。
 それ以外の言葉を聞いたことは無く、ただ繰り返される言葉に少し飽きてはいた。
 けれどそれ以外には特段、害も益もない。私は至って平凡な日常を過ごせている。
 だからこそ、ふと思うことがある。
 あの囁きが、もしも別の言葉を呟いたらどうなるのか。
 もし、違う言葉を言うとするならどんなものになるのかと⋯⋯ふと考えてしまう時がある。
 そんな事を、頭の中で考えている今も聞こえてくる囁き。
 この声に何の意味があるのか分からないけど、きっとこの声は私が死ぬまで付きまとうのだろう。
 そうどこか他人事のように思いながらも、友人達と別れて帰路につく。
 一人で歩くいつもの道を、好きな曲を口ずさみながら家路を急ぐ。曲がり角を右に曲がって直ぐの交差点。赤信号で立ち止まり信号が変わるのを待つ。

 その時だった。

 “ずっと一緒⋯⋯一緒に―――死ね”
 酷く低く呟かれた最後の言葉にハッと顔を上げたのと同時に『危ない!』という叫び声が聞こえた次の瞬間⋯⋯体に強い衝撃と浮遊感を覚える。
 それから程なくして全身に叩き付ける様な痛みが走り、上手く呼吸が出来なかった。
 何か話そうとしても、ひゅーひゅーと空気の抜ける音しかしなくて、誰かが駆け寄って何かを言っていたけどその言葉すら聞こえない。
 ただ聞こえるのは⋯⋯⋯嬉しそうな笑い声と―――“これでお揃いだね”と耳元で囁く声だけだった。

4/21/2025, 12:30:09 PM