始まりなんていつも唐突で、残酷なほど理不尽に訪れその上⋯⋯私達の予想の斜め上をいくものだ。
あの日の私はまだ何も知らない子供で、その先の未来の事など知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
その日は高校の卒業式。空は雲一つない綺麗な青空だったのに、突如として舞い降りてきた白に私達はざわめく。
落ちてくるそれを受け止めた手のひらに広がる冷たさ。視認できたその正体は雪の様な花弁だった。
それはあとからあとから降り注ぎ、数日経っても降り止まず⋯⋯私達の世界を覆っていく。
空の青さと降り注ぐ白。そのコントラストはとても美しかったけど、私達の生活は不便になった。
触れると雪の様に冷たいのに、その花弁は熱では溶けず⋯⋯焼こうにも燃えない。
一箇所に集めるけど、風が吹くとふわりと舞って飛び散るし、かといって放置しておくと道が埋まり通れなくなる。
少しずつ白に埋もれていく世界に、私達人類は成す術もなかった。
途方に暮れていたある日、とある人物がその花弁を食べた。
雪の様に冷たいとは言え、花弁なら食べれるのでは無いかと試したらしい。
エディブルフラワーみたいなカキ氷だと、その動画では笑っていた。
それを見た人達が次々と真似して食べた。
思ってた程不味くなく、かけるシロップさえ変なものにしなければ美味しく食べれると言う。
そうすると、次々とその花弁を使ったアイデアが出回った。
ロックアイスの代わりにグラスに入れてお酒を飲んだり、花弁を使って様々なフレーバーアイスを作ったり。
燃えない性質を利用して常時冷たいシュークリームとか、冷えピタと氷枕代わりに使用したりと、様々なアイデアで花弁を活用するようになっていく。
けれども、私は眺めるに留めていた。
成分とか何も分かってないのに口にする勇気は流石に無く⋯⋯かといって、日用品として特に必要ないので鑑賞する以外の用途が無いのが本音だった。
でも、その選択が後の未来に繋がったのは事実で⋯⋯それが幸か不幸かは分からないままだ。
そうして数ヶ月が過ぎた頃。
その花弁を食べた人々が、次々に白く染まり砕けて花弁になった。
降り注ぐあの花弁と同じ物になって、その存在は一瞬で消え骨すら残らなかったという。
その頃には殆どの人達が花弁を食べていて、同じ様に死ぬのだと、それこそ世紀末の様な騒ぎになり結局―――最後まで残ったのは一口も食べなかった私と⋯⋯友人に騙されて食べさせられた幼馴染だった。
一度しか食べてないのにゆっくりと白く凍てついていく体に、私は必死で自分の熱を移そうと抱き締める。
もう良いって言う彼の言葉も聞かず、彼の存在を確かめるようにそうし続けた。
でも、どんどん熱は奪われて冷たくなっていく体。途方に暮れながらも、それ以外に思い付かなくて抱きしめ続けた。
ゆっくりと私を撫でてくる彼に、泣きそうになるのを堪えて⋯⋯私はもうすぐ訪れるであろう最後を思う。
『ごめんなさい。最後の最後で困らせるけど⋯⋯ずっと一緒にいれると思ってたの。貴方が好きだから、死ぬのなら一緒がいい』
そう涙を堪えながら言う私に彼は答える。
『俺こそごめん。もっと早く気持ちを伝えられてたら、少しは違ったのにね。俺も好き⋯⋯だから、例え一人になったとしても生きていて欲しい』
そう微笑みながら言った彼は私の頬に手を添える。
彼の行動の意図を汲み取った私は、目を瞑り最初で最後のキスをした。
その唇が離れる前にパリンと砕ける音がして、彼は花弁になる。
そうして私は、生まれたばかりの花弁(しろ)に埋もれる様にして泣いた。
泣き疲れて眠るまで、彼だった花弁(しろ)に縋るように。
それからどれ程の月日が流れただろうか?
相変わらず降り続ける白い花弁。それに埋もれていく地上を私は一人で眺めていた。
彼だった花弁を一握り、ちいさな瓶に詰めて必要な物だけ鞄に詰めて高所を渡り歩く。
私が先かこの星が先か。
終幕を迎えた世界の中で、たったひとりで星の終わりを眺めながら⋯⋯自身のいつかを思い、今日も降り積もる花弁を踏みつけていく。
放課後の景色を眺めるのが好きだった。
部活の音、人の声、近くを通る車の音。
忙しなく動く物や人と―――移りゆく雲と空の色。
きっと皆にとってはいつもの景色。だけど私にとっては、今日この日だけの特別なモノ。
海のように青い空を泳ぐ雲を見ていると、時々見知った形になったり。
たまに通り過ぎる鳥の声だとか。
風がふわりと舞って、木々の梢が鳴ったり。
その合間に聞こえる喧騒をただ静かに聞いているのが好きだった。
それは日によって全て違った形や音になるから、私にはそれが綺麗に見えたのだ。
けれども、転機というのは突然訪れる。静寂に包まれた教室の窓辺で、ただその風景を見ていた私の元に、あの日を境に客人が来るようになったのだ。
『先輩! お疲れ様です! 今日こそはいいお返事を頂きたく参上致しました! 先輩の事を描かせて下さい!』
お願いします! っと深々と頭を下げるこの子は1つ年下の美術部の子らしい。
なんでもコンクールに出す作品の題材として、私を描きたいらしいけど。正直、絵になる程私は美人でも可愛くもないので断っているのだが⋯⋯彼女はどうしても私が良いらしく、連日こうして頼みに来るのだ。
『⋯⋯何度も断っているでしょう? それに、どうしてそこまで私が描きたいの? 私じゃなくても綺麗な子や可愛い子は沢山のいるでしょうに』
溜息を吐きながらそう言うと、彼女は勢い良く顔を上げて少し興奮気味に捲し立ててくる。
『何言ってるんですか! 先輩以上に綺麗な人はいません! 自覚して下さい! 先輩がこの教室で風景を眺めている姿のなんと美しい事か! きっと先輩を納得させる様な作品を描いてみせます! なのでお願いします、描かせて下さい!』
そう言うと、また頭を下げたその子に⋯⋯根負けする形で承諾したのは数ヶ月前の事。
今、彼女はコンクールに向けて最後の仕上げをしているらしく⋯⋯放課後のこの時間は、ようやく平穏を取り戻す。
でも結局、あの子は描いた物を見せてはくれなかった。
彼女曰く、“先輩には完成した物を見て頂きたい”らしい。
後少しで出来上がるそうだが、どうなることやら。
そう思いながら今日の景色を、暗くなるまで眺めていた。
あれから更に時が経ち。ある日の朝礼で美術部のコンクール作品が受賞したとの事で、表彰されると聞いた。
それに伴い受賞作品は一定期間、美術室の廊下に展示されるらしい。
いつもの事と、あまり興味も持てずに適当に聞き流していたらふと⋯⋯彼女の名前が聞こえて顔を上げる。
何でも金賞を取ったとかで、名前を呼ばれ舞台の上で嬉しそうに笑っていた。
その日の放課後はいつもの時間を過ごさずに、美術室へと足早に向う。
廊下に展示された受賞作の中で、私は一際目を引くオレンジ色の作品に―――見惚れてしまった。
透き通る様な色を映した夕焼けの教室。
風に靡く黒髪と、少し透けたカーテンに―――目を細め遠くを見つめながら微笑む私が描かれていた。
美しい暖色のグラデーションの中にほんの少しだけ混ぜられた寒色が、何も言わずとも夜の訪れを伝えている。
あの子の目には、こんな風に映っていたの?
そう思った時だった。
『先輩! お久しぶりですね! 早速見に来てくれたんですか?』
あの騒がしい声がして振り向くと、嬉しそうに笑う彼女がいた。
『⋯⋯あなたの目にはこんな風に見えていたの? 驚いたわ』
素直に美しいと思ったけど、自分がモデルだと思うと恥ずかしくて言えなかった。
けれども、彼女はそんな事気にする様子もなく嬉しそうに⋯⋯いかに私が綺麗かを語りだす。
長くなりそうだと思った私はそれを聞き流しながら、彼女の作品のタイトルを見る。
“君に透けたオレンジ”
なる程、彼女らしいタイトルだなと自然と笑みがこぼれた。
もし、大切な人を置いて遠くへと行かなければならないとしたら⋯⋯貴方はどうするだろうか?
何とかしてその事実を他者に押し付ける?
それともその人も一緒に連れて行く?
貴方が考えた全ての対策が、全部出来なかったとしたら⋯⋯貴方はその時どんな行動を取るのだろうか?
◇ ◇ ◇
灰色のカプセルの中に入っていく君を見つめ続けた。
きっと帰ってきてね。なんて言葉は、君を困らせるだけだからと呑み込んだ。
それでも引き留めようと伸ばしそうになる手を、強く握り耐え忍ぶ。
何とか笑顔を作って“いってらっしゃい”と言った僕は、うまく笑えていただろうか?
君はもう帰ってこれない。
誰もが思っている事。周りはまるで腫れ物のように僕を扱う。
でも、僕は―――どんな形でも良い、君が無事でいてくれればそれで良いから。帰ってこれなかったとしても、どうか少しでも長く健やかに生きていて欲しいと⋯⋯そう願わずには居られない。
“私の事は忘れていいよ”
あの日、笑顔でそう言った君はどんな気持ちだった?
でも、ごめん。
そう簡単に、君の事を忘れられそうにないんだ。
大切で大好きだから、行ってほしくなかった。出来れば僕も一緒にイキたかった。
でもそれは叶わない夢だから⋯⋯せめて君に届くように、祈りを捧げる。
遠く、遠く。帰り道のない旅へと出た君に。
この声が、想いが―――どうか届くよう⋯⋯願いを込めて。
早朝。朝露を纏う草花。
何時もの通学路にいつもとは違うモノひとつ。
間違い探しのような感覚で見つけて、その瞬間の―――花が開く様な視界の変化に驚愕した。
何かおかしな事が自分に起きたのだと理解は出来ても、それが何なのか分からずに⋯⋯学校の教室で登校してきた友人に相談する。
『それはズバリ恋だよ! やっと春が来たのか! おめでたいね!』
なんて喜ぶ友人に、私は話どころか面識すらない人にどうやって恋などするのかと、訝しく思いながら見つめていた。
端的に言うと、所謂一目惚れというモノらしいが⋯⋯どうにもピンと来なくて私は首を傾げている。
結局、その日は私の納得するような答えは得られず帰宅した。
それからというもの⋯⋯その人は毎日同じ時間に現れるようになった。
早朝の朝露を纏う草花眺めながら歩く通学路。
その中にその人が追加されていて、見かける度に不思議な感覚に陥る。
まだ、理解できないこの感覚も全部。やっと訪れた春のせいにして、私は今日もその人を視界に捉えながらいつもの道をゆっくりと歩いていく。
僕らは描き続けている
未来予想図 外れても
沢山の理想を詰め込んで
この瞬間 思い描くよ
僕らは描き続けている
未来予想図 叶っても
まだまだ夢は広がるから
この瞬間 進歩するよ
広がる夢と科学の進歩
あの日思い描いたモノは
今、ここにある?
あの日思い描いた
未来予想図 見返して
今あるものを答え合わせ
空飛ぶ車もタイムマシンも
まだ無いけれど⋯⋯
いつかは叶えてみせると
君と描いた未来予想図
今も浪漫(ゆめ)を描き続けている