放課後の景色を眺めるのが好きだった。
部活の音、人の声、近くを通る車の音。
忙しなく動く物や人と―――移りゆく雲と空の色。
きっと皆にとってはいつもの景色。だけど私にとっては、今日この日だけの特別なモノ。
海のように青い空を泳ぐ雲を見ていると、時々見知った形になったり。
たまに通り過ぎる鳥の声だとか。
風がふわりと舞って、木々の梢が鳴ったり。
その合間に聞こえる喧騒をただ静かに聞いているのが好きだった。
それは日によって全て違った形や音になるから、私にはそれが綺麗に見えたのだ。
けれども、転機というのは突然訪れる。静寂に包まれた教室の窓辺で、ただその風景を見ていた私の元に、あの日を境に客人が来るようになったのだ。
『先輩! お疲れ様です! 今日こそはいいお返事を頂きたく参上致しました! 先輩の事を描かせて下さい!』
お願いします! っと深々と頭を下げるこの子は1つ年下の美術部の子らしい。
なんでもコンクールに出す作品の題材として、私を描きたいらしいけど。正直、絵になる程私は美人でも可愛くもないので断っているのだが⋯⋯彼女はどうしても私が良いらしく、連日こうして頼みに来るのだ。
『⋯⋯何度も断っているでしょう? それに、どうしてそこまで私が描きたいの? 私じゃなくても綺麗な子や可愛い子は沢山のいるでしょうに』
溜息を吐きながらそう言うと、彼女は勢い良く顔を上げて少し興奮気味に捲し立ててくる。
『何言ってるんですか! 先輩以上に綺麗な人はいません! 自覚して下さい! 先輩がこの教室で風景を眺めている姿のなんと美しい事か! きっと先輩を納得させる様な作品を描いてみせます! なのでお願いします、描かせて下さい!』
そう言うと、また頭を下げたその子に⋯⋯根負けする形で承諾したのは数ヶ月前の事。
今、彼女はコンクールに向けて最後の仕上げをしているらしく⋯⋯放課後のこの時間は、ようやく平穏を取り戻す。
でも結局、あの子は描いた物を見せてはくれなかった。
彼女曰く、“先輩には完成した物を見て頂きたい”らしい。
後少しで出来上がるそうだが、どうなることやら。
そう思いながら今日の景色を、暗くなるまで眺めていた。
あれから更に時が経ち。ある日の朝礼で美術部のコンクール作品が受賞したとの事で、表彰されると聞いた。
それに伴い受賞作品は一定期間、美術室の廊下に展示されるらしい。
いつもの事と、あまり興味も持てずに適当に聞き流していたらふと⋯⋯彼女の名前が聞こえて顔を上げる。
何でも金賞を取ったとかで、名前を呼ばれ舞台の上で嬉しそうに笑っていた。
その日の放課後はいつもの時間を過ごさずに、美術室へと足早に向う。
廊下に展示された受賞作の中で、私は一際目を引くオレンジ色の作品に―――見惚れてしまった。
透き通る様な色を映した夕焼けの教室。
風に靡く黒髪と、少し透けたカーテンに―――目を細め遠くを見つめながら微笑む私が描かれていた。
美しい暖色のグラデーションの中にほんの少しだけ混ぜられた寒色が、何も言わずとも夜の訪れを伝えている。
あの子の目には、こんな風に映っていたの?
そう思った時だった。
『先輩! お久しぶりですね! 早速見に来てくれたんですか?』
あの騒がしい声がして振り向くと、嬉しそうに笑う彼女がいた。
『⋯⋯あなたの目にはこんな風に見えていたの? 驚いたわ』
素直に美しいと思ったけど、自分がモデルだと思うと恥ずかしくて言えなかった。
けれども、彼女はそんな事気にする様子もなく嬉しそうに⋯⋯いかに私が綺麗かを語りだす。
長くなりそうだと思った私はそれを聞き流しながら、彼女の作品のタイトルを見る。
“君に透けたオレンジ”
なる程、彼女らしいタイトルだなと自然と笑みがこぼれた。
4/18/2025, 12:24:26 AM