キラキラと瞬く夜空の星に、願い事をすると叶うらしい。
特に流星は叶いやすいなんて噂もあるみたい。
でも⋯⋯私達からしたら、そんな迷信を信じてくれたお陰でお腹が膨れるのだから、有り難いことである。
そして今夜も、数多のモノ達が星に願いを捧げていく。
“好きな人と結ばれますように”
“大金持ちになりたい!”
“好きな事で行きていけますように”
“トップアイドルになりたい”
上げれば枚挙にキリがなく⋯⋯後から後からころり、ころりと星の欠片が実っては落ちてゆく。
それを大きな布で受け止めて、瓶の中へと詰める。それをひたすら朝になるまで繰り返すのだ。
そんな中で、一際大きくて綺麗な桜色をした星の欠片が実った。
それを受け止めようと、待っていたが全く落ちる気配がない。これはもしかして⋯⋯レアなのでは?
『落ちてくるのが楽しみだな』
そう1人呟きながら、止めどなく落ちてくる他の欠片を受け止めては瓶の中に入れ続けた。
次の日も、その次の日も。
沢山の星の欠片が落ちてくるけど、あの欠片は大きくなるばかりで落ちては来なかった。
一体どんな願い事なんだろうか?
あれ程大きく実る程の願いとはどんな事なのか、気になってくる。
そうして私は遂に痺れを切らし、天(そら)の樹に登りその実に触れた。
その瞬間に流れてくる思いと、鮮明に浮かび上がる映像。
母親の病気、日に日にやつれていく姿に心を痛め⋯⋯藁にも縋る思いでこの欠片の主は星に願っていたのだ。
あぁ⋯⋯それならば―――私にも出来ることはあるかもしれない。
私は天の樹から降りると、今まで溜めていた星の欠片からチョークブルーのみを取り出して違う瓶に分けていく。
瓶5つ分取り出して、次の夜になるのを別の欠片を食べながら待つ。
陽の光が地表を照らし、忙しなく動くモノ達を眺めながら⋯⋯様々な色と形の星の欠片に舌鼓をうち、あの子が星に願うのを待った。
そして今宵―――その子が願い事を終えた瞬間に、集めたチョークブルーの欠片達を、地表目掛けてばら撒いた。
それはキラキラと輝きながら無数に降り注ぎ、瞬く間に消えていく。
もう一度、懸命に願うその子を見ながら、叶うと良いねと。私は心の中でそっと呟いた。
―――その数カ月後。大きく実りすぎたあの子の欠片は物凄い音と共に落下し、星(だいち)を揺らして大騒ぎになるが⋯⋯それはまた別の話。
幼い時、僕は魔法使いに出会った。
それは突然起こった不幸な出来事の最中で、僕はただ⋯⋯僕を庇ってボロボロになった母さんを見つめながら泣いていた。
周りの人達は遠巻きに見ていたり、スマホで撮影している人が多かったけど⋯⋯数人の大人が僕に声をかけてくれたり、救急車と警察を呼んでくれていた。
そんな中で、人混みを掻き分けて僕に近付いてきた人が1人。
その人は綺麗な黒髪の若い女性で、彼女は僕の隣で母さんを見ると少し思案するような仕草をして、僕に目線を合わせこう言った。
『ねぇ、お母さんのそばまで行ってもいい? 傷の状態を見たいの』
駄目かな? と、僕に尋ねるその人に、藁にも縋る思いで良いよって返事をすると、ありがとうっと言いながら僕の頭を優しく撫でてくれた。
正直幼い頃の自分でも、もう助からないかも知れないって思ってしまう程、母さんの怪我は酷かった。それなのに彼女は少し傷を見て、母さんに声をかけて意識があるか確認すると、何かを呟きながら空中に指で何かを描いていく。
それを少しの間続けて終わった辺りで、指で描いていた辺りが光出し、模様が浮き上がる。
そして次の瞬間。
一際強い光が放たれた後に、ひらひらと舞う白い羽根が母さんを包み込むと、母さんの身体は綺麗になっていた。
周りからは歓声が上がり、少しすると母さんの意識も戻って僕を抱きしめてくれた。
『君の方は怪我が無いみたいだから大丈夫そうかな。でも、念の為にお医者さんに診てもらってね』
そう笑顔で言うと颯爽と帰っていった。
それが僕と魔法使いの初めての出会いだった。
その日から彼女に憧れた僕は、両親に頼んで魔術の勉強に勤しんだ。
彼女はとても有名な魔術師で、たくさんの論文を出していたから、それも全部熟読した。
彼女の魔術はどれも凄くて、だからこそ僕も全て習得出来るように励んだ。いつか彼女と魔術を学びたい⋯⋯その一心で今まで励み続けた。
しかし、彼女は貶められた。
彼女の才能に嫉妬した奴らが自分の研究レポートを、彼女が盗んだなんて言い出してそれを世間は鵜呑みにし、彼女を糾弾する。
そして彼女は全世界に生配信での会見を開き、全ての真実を語った後⋯⋯最後に出した論文に書かれていた世界間転移術式でこの世界から消えてしまった。
その時の人々の反応は凄まじく、結局⋯⋯彼女は無罪だったと理解はされたが、逃した魚は大きく、その後この世界は衰退の一途を辿っている。
彼女の数多の研究が様々な人達を救っていたのだから、当たり前ではあるが⋯⋯それに危機感を持った人達は皆こぞって彼女の最後の論文を読み漁り、実行しようと躍起になっていた。
しかし術式を発動しようにも上手く出来ず、大抵は何も起こらずに終わってしまう。だが稀に発動は出来ても、悲惨な末路を辿ってしまう人が何人も出てしまい⋯⋯政府から禁術指定されて使用を禁じられてしまった。
きっともうすぐこの世界は終わるのだろう。
唯一の天才魔術師に見限られた人類に明日はなく、ただ緩やかに終わりへと転がっていく。
だけど、僕はどうしても自分の夢を諦めきれなくて―――旅の準備と大切な彼女の論文を持って、今日両親と一緒に禁忌を犯す。
偉大で優しい君の背中を追って。彼女が夢中になって追い求めていた―――“三千世界の渡り鳥”に、僕もなるために。
深夜皆が寝静まった後、僕は自宅のリビングで複雑な術式を丁寧に床に書き記していく。
失敗したら僕達も悲惨な末路を辿ると分かっている筈なのに⋯⋯それでも一緒に行くと言ってくれた両親の為にも、必ず成功させなくてはならない。
何度も確認して少しのズレも無いように描いていく。
そして、完成した魔法陣の中に3人で入り、僕は呪文を唱える。
詠唱途中で魔法陣が光出し、段々と立体的な模様として浮き上がって、僕達の身体を包みこんだ。
詠唱の終わりと同時に強い光が放たれて、ふわりと少し体が浮き上がる感覚。
それから少しして光が収束していくのに合わせて足が地面につき、目を開けると――――――そこは見知らぬ街。
どこか西洋を思わせる建築物が建ち並んだ異国情緒あふれる場所。
僕は成功した術式にひとまず安堵すると、両親と共に喜びを分かち合う。
そして⋯⋯彼女の行方を捜し、僕達の途方のない旅が今始まった。
最初はその美しさに魅入られた。
満点の星々は宇宙からの光だと教わり、その光景に夢中になる。
それから科学でも解明できない未知の領域―――その探求に興味を持ち、憧れを抱いた。
そして今、僕は――――――憧れ続けた宇宙に居る。
僕の乗っている宇宙船アセビは有人宇宙探査船として作られた最新モデルの船で、超長距離探査を目的に作られた人類科学の結晶と言える代物だ。
航行中に接近するスペースデブリ等は自動照準で打ち砕けるし、見つけた新しい惑星が僕が降り立つのに適した場所かも自動で分析してくれる。
というのも、最新のAI技術を駆使して作られた人工知能クレマチスを搭載していて、僕の旅をサポートしてくれているからだ。
この子はかなり優秀で人とのコミュニケーションも円滑に行え、更には感情表現まで出来てしまう。
時々、AIである事を忘れてしまうくらい人間性のある子だった。
そんな僕の宇宙旅は波乱万丈・奇妙奇天烈なもので、移動中はクレマチスが相手してくれたり、スペースデブリに衝突しそうになったりで結構忙しい。
新しく見つけた惑星も摩訶不思議なものばかりで、母星では空にあたる場所に海が広がっている“海の星”や、植物なのに鉱石の花や果実を実らせる“鉱石の星”
それから、雲の様な姿で大空を舞い泳ぐ大きなクジラのいる“雲クジラの星”など、枚挙に暇がないくらい⋯⋯たくさんの惑星を見つけている。
その惑星から採取できるサンプルを船内に持ち帰り、クレマチスに分析してもらって、燃料や食料に出来そうなものは培養機に入れて保存。あとは母星に通信と共にサンプル達の分析結果と、その惑星の写真を培養データと共に送っている。
それが今後の母星の発展にきっと役に立つだろうと信じて。
宇宙を旅してもう20年。どのくらいの距離を航行したのか、数えなくなって久しい。
僕の家族や友人達は今も母星で元気にやっているのだろうか?
夢を叶えるために全てを捨てて、旅に出てしまった事を今も怒っているだろうか?
それでも⋯⋯僕はきっと、この旅をやめられないのだろうと思う。
目に映る全てが新鮮で美しく。
新しい生命の発見は、たくさんの学びを与えてくれる。宇宙は果てしなく、まだまだ終わりの見えない旅ではあるが⋯⋯僕は今日も元気に、クレマチスと共にたくさんの貴重な経験を積み重ねていく。
遥か遠くの母星に残した、大切なあなた達に⋯⋯果たしてこのメールを読んで貰えるかは分からないけれど、それでも僕は今も元気にやっていますと伝えたくて打っています。
たくさん反対されて、両親にも泣かれた。でも、僕は今のこの生活に満足しています。
ただ1つ心残りがあるとすれば、あなた達を置いて⋯⋯ちゃんと互いに理解し合えずに旅立つ事になってしまった事だけです。
どうか健やかに、穏やかに幸せな人生を送ってください。
それではまた。
このメールがあなた達に届くよう⋯⋯祈って。
そのメールが届いたのは突然だった。
喧嘩別れしてそれきりだった最愛の息子からはじめて届いた⋯⋯60年ぶりのメール。
そのメールには息子が元気に楽しく過ごしている事が伺えて、私はあの時のように泣いてしまった。
夫と共に悪戦苦闘しながらも返信を打ち、あの子に届くようにとメールを送信する。
『きっと次のあの子からのメールは読めませんね』
そう言った私に夫は少し寂しそうに笑って頷いた。
遠く⋯⋯遠く⋯⋯遥かな宇宙に、夢を追って旅立った息子が―――どうかその人生の終わりまで幸せでありますようにと、2人で夜空を眺めながら祈った。
夕焼けがとても綺麗な日だった。焼けるようなオレンジが地上の全てに色をつけて、美しくも⋯⋯どこか物悲しい気持ちになっていたのを覚えている。
その日は放課後になっても教室に残って、何をするでもなく景色を眺めていた。何故か帰る気になれなくて、でもやることも無いから、何をするでもなく窓辺に佇んで外を眺め続ける。
校庭から聞こえる運動部の声、車の通る音。吹奏楽部の練習音をBGMに、下校していく生徒達をただ眺めていた。
いつまでそうしていたのか分からないくらい、飽きもせずに眺めていたのだろう⋯⋯空が青からオレンジに染まっていく頃だろうか。
その光景を眺めている中で、何とも言えない変な不安感と焦燥感が胸を満たし⋯⋯あぁ、これで最後なのだと―――何故かそう、確信にも似た何かが頭に過った時だった。
大きな音を立てて扉が開けられ、見慣れた顔の生徒が入ってくると、自席に置いていた鞄を持ち上げ、こちらに歩み寄ってくる。
『まだ残っていたの? そろそろ下校時刻になるよ。ほら、一緒に帰ろう』
そう言って笑いながら手を差し伸べてきたのは友人の●☆■で、私はその手をとるとようやく帰路についた。
オレンジが街を染め上げて⋯⋯私たち二人も染めて―――でも少しずつ奥の方から藍色が空を侵食していくのが見える。
それを眺めながら彼女と手を繋いで歩く。
『ねぇ、由香。放課後の教室で、こんな時間まで何してたの?』
部活入ってなかったよね? と●☆■はそう聞いてきた。
『なんか今日は家に帰りたくない気分だったから、そのまま教室に居ただけ』
『へぇ、珍しいね。そういう事ξπμλγβψないのに。なら、私の∝∈∅∏? 今日は¶√¤℃‰いないから@#$%しようよ!』
繋いだ手を楽しげに揺らしながら、●☆■は言う。けれどその顔も、言葉にも変なノイズがはしっていてちゃんと認識できなかった。それどころか、不意に景色にもザザっとノイズのようなモノがはしり、一瞬ではあったが―――酷く不気味な景色が映る始末。
私が返事をしなかった事を不審に思ったのか、●☆■は私の顔を覗き込み、どう@∅の? 大¶∏ιπ?って心配してきたが、どうにも私の五感はおかしくなってしまったらしい。
覗き込んできた彼女の顔は、ギョロリとしていて、少し眼球が眼窩から飛び出しており、強膜は赤黒く角膜も青緑色に発光していた。それにさっきまでちゃんと人の手をしていた彼女のそれは、鋭利な爪を持ったザラザラとした鱗を纏ったモノになっている。
『∏¶℃¤¤λγ‰ι? κμ%$#¤¤γ√-! ξκー●:ψλ$$#@π!?』
彼女の発する不気味なノイズと、周りから聞こえてくる不協和音。一瞬しか見えなかった不気味な景色が、いよいよ“世界(げんじつ)”を塗り替えてしまう。
元来なら発狂してもおかしくない現状だが、何故か私は酷く落ち着いている。
そして、あぁ⋯⋯またかと。そう思って妙に納得してしまった。
ノイズしか発しなくなった、化け物の友人。
赤黒く厚い雲で覆われた空に、大凡この星に住んでいる生物の体の一部で構成された建造物に、人体の一部を生やした草花や木々。
街から流れてくる全ての音は酷く歪んでいて、不快感と恐怖心を煽ってくる。
早く、早く“ナオさなきゃ”イケナイ。
そうして私は鞄に忍ばせていた変形鎌で―――その化け物の首を落とした。
歪な街を駆け回り、歪になった全てを切り裂き⋯⋯建物も、鎌から変形させたハンマーで全部叩き崩して、植物も切って潰して、全部、ぜんぶ、ゼンブ!
そうして歪んだ瓦礫と残骸の中で、私はまた作っていく。
この“街(せかい)”がイビツじゃなくなるまで、元のセカイに戻るまで。
私の、私のために用意された理想の箱庭に出来るまで。
誰も知らない秘密の箱庭の中―――永遠に死なず老いもしない身体をひきずり、この歪な転生を続けていくのだろう。
それは有り触れた日常の一コマになるはずだった。
先生の声と黒板に文字を書く音。質問するクラスメイトに紙をめくる音に、校庭で体育をしているのだろう。駆け回る音に混じって大きな声が聞こえてくる。
そんな有り触れた日常を送っていた筈なのに、次の瞬間⋯⋯目の前のクラスメイトが結晶化していった。
それに気付いた子が叫び、先生が何とかしようとその子に触れたがどうにもならずに⋯⋯先生ごとその子は結晶になってしまう。
教室内は一瞬でパニックになり、更にはその子だけではなく他の子も何人か結晶化し始め、助けを求めている。
そんな中で1人静かに席に座り、何かを書き綴っている人がいた。
その人は私の友人の彼氏で、付き合うことになった時に紹介されたから良く覚えている。
彼も左頬が結晶化しており、恐らくそう時間を置かずに―――
最初に結晶になった人の様になるのだろう。
『ごめんね、佐久間さん。これを千紗に渡してくれないかな』
彼は徐ろに立ち上がるとノートを破り、私の元へ来てそう言った。
『わかった。必ず渡すよ。だから、誰もいない場所でなんて、考えないでね。あなたが何処にいるか分からなくなったら、きっと千紗は悲しむと思うから』
ノートの切れ端を受け取りながら、私は彼にそう頼んだ。彼は頷くとまた自席に戻り、直ぐに訪れるであろう最期を待っていた。
そしてガチガチと歪な音を立てながら結晶化する。
紫のとても澄んだ色の結晶で、それはまるでアメジストのようだった。
その他にも結晶化した人達は、様々な色をしていて何も知らなかったら大きな宝石だと思ってしまうくらいに、それと酷似している。
彼が結晶化して少ししてから千紗が教室に来た。
私は事情を説明して彼から渡された手紙を渡す。
千紗はそれを読みながら泣いていた。でも、私はなんて声をかければ良いのか分からなくて、ただ黙って彼女の背を擦るしかなかった。
全てを読み終えた彼女は私が止める間もなく⋯⋯危険も顧みずに、泣きながら彼だった結晶に抱きつく。
その刹那―――結晶は美しい光を発して彼女を包み込み、やがて収束すると彼女の腕の中には澄んだ紫色の結晶で作られた弓が現れた。
更に困惑する生徒達を余所に、ある考えが浮かんだ私は最初に結晶になった人に両手で触れてみる。すると、千紗の時と同じ事が起こり触れた手には薙刀と一振りの日本刀がそれぞれ握られていた。
これは何かあるかも知れないと考え始めた時に、何処かから―――でもかなり近くで獣の様な人の叫び声が聞こえ、何かが破壊されるような音と大きな地震の様な揺れが私達を襲う。
揺れがおさまるまで何とか机の下に隠れ、折を見て先程の叫び声の聞こえた方を窓から確認すると⋯⋯体育館のあった場所に形容し難い化け物が、よだれを垂らしながら校庭にいた生徒数名を捕食している。
想像以上の光景に耳を劈くような叫び声を上げ、我先にと逃げ出そうとする人達が廊下へと駆けていく。
そんな中でも数人は教室に残って、その光景に怯え震えていた。厳密には、恐怖から動けなかったのだろう。
私はその人達を一瞥すると自身の手に握られた武器を見遣り、恐怖でへたり込んでしまった千紗を見る。
叫ぶのを我慢するように両手で口を覆い短い呼吸を繰り返していた。その膝の上にはあの弓がある。
私は覚悟を決めると、千紗に歩み寄りこう言った。
『千紗、一番辛い時にこんな事頼むのは忍びないんだけど⋯⋯その弓を貸して欲しいの。
この状況で活路を見出すには、それしか方法がない。お願い、貸してくれる?』
恐怖に怯えた千紗の目が私を捉える。必死に声を出そうとするが、上手く出せないらしく⋯⋯でも小さく頷いてくれた。
私はありがとうとお礼を言ってから薙刀を千紗の側に置き、刀はスカートのベルトで固定し胸当てはないから、着ていたシャツと体育着を破いて簡易の晒しを作りノートを胸に当て晒しで固定する。
急造ではあるが無いよりマシだと言い聞かせ、千紗に借りたその弓を持って窓際に立つ。
瞳を閉じて呼吸を整える。ゆっくりしている時間はない。今、この時もたくさんの人が“ヤツ”らに捕食されているのだ。
だから、凰君。千紗を守るためにも君の力を貸して欲しい。
そう心の中で彼に語りかけると、私は静かに瞳を開き獲物を見据える。
千代姉から教わった通りに構えて弦を張っていく。ゆっくりと、しかし確実に。目標(まと)から目を逸らさず―――その眉間に鋭く刺さる矢をイメージする。
ふっと、力が抜けた瞬間。張り詰めた弦が放たれ、何も番えていなかったはずの弓から真っすぐと細いモノが飛んでいき―――次の瞬間には断末魔を上げて化け物の1体が地に倒れる。
それを見届ける間もなく私は次を構えてもう一度放つ。また断末魔を上げ、化け物はひっくり返るように倒れた。
けれども、何処から湧いてくるのか⋯⋯最初は1体だけだったのに、周りにはどんどん化け物達が現れて来る。
これでは埒が明かない。ここから狙えない場所から来られたら全滅もあり得る。そう考えた私は、急いで職員室に向かい屋上の鍵を取ると一気に駆け上がった。
屋上に着くと私は急いで塔屋に上がり、また呼吸を整えてから構える。やはりと言うべきか⋯⋯四方八方に化け物どもは陣取っていた。いったいどこから出てきて、何匹いるのかも分からない敵を前に―――私はただ、ひたすらに弓を射る。
何度射っても、後から後から現れて終わりが見えなかった。
それでも⋯⋯指から血が出ても腕が疲労で棒のようでも、この体が動く限りは射続けようと⋯⋯化け物たちに食い下がる。
そうしてどのくらいの化け物たちを倒した頃だろうか。
晴れ渡っていた空は夕暮れを経て夜の帳をおろし始めていた。
少し乱れた呼吸で塔屋から校舎周辺を見ると、たくさんの死体の山と血溜まりが広がっている。大きな獣達は見る影もなく、周辺は束の間の静寂に包まれていた。
私はやっと終わったと安堵すると、その場にへたり込む。もう一射も撃てない程に、腕も手も疲労と怪我で辛かった。
それでも、私は最後の力を振り絞ってスカートの裾を切り裂き、切れた指に巻きつける。
きっとこれが最後じゃない。生き残るためには、まだあの獣達としのぎを削り合わなければならないだろう。
その前に出来る限りの手当てをしなければ。
私は疲れた体に喝を入れると急いで保健室まで行き、救急セットと包帯と毛布を1枚拝借して一度教室まで戻った。
残っていた生徒たちは、教室の隅に身を寄せ合って恐怖と戦っていたらしい。私は事情を簡潔に伝えると、千紗にこのまま弓を借りていいか伺い、許可が出たので自身の鞄を持ってまた屋上に向かう。
その際に千紗も荷物を持って一緒に来てくれ、また塔屋の上に上がり、いつ来るか分からない化け物たちを警戒しつつ―――2人で見張りを交代しながら夜を明かした。
夜が更けていく中、動き回る化け物はいたけど、昼間よりもその数は少なかった。それでも、その図体のでかさと奴らの進路にある家を一撃で瓦礫にする程のパワーは驚異的で、近づかれたらひとたまりもないだろう。
最後の一匹を射殺して一息つく。最初に見張りをしてくれた千紗はすやすやと安らかな寝息をたてている。
私は千紗の頭を軽く撫でると、少しずつ白んできた空を見上げてようやく訪れた安息に身を委ねた。
そうして静かな夜明けは過ぎ去り―――鉄の匂いと不快な咆哮が響き渡る朝がやってくるのだった。