夕焼けがとても綺麗な日だった。焼けるようなオレンジが地上の全てに色をつけて、美しくも⋯⋯どこか物悲しい気持ちになっていたのを覚えている。
その日は放課後になっても教室に残って、何をするでもなく景色を眺めていた。何故か帰る気になれなくて、でもやることも無いから、何をするでもなく窓辺に佇んで外を眺め続ける。
校庭から聞こえる運動部の声、車の通る音。吹奏楽部の練習音をBGMに、下校していく生徒達をただ眺めていた。
いつまでそうしていたのか分からないくらい、飽きもせずに眺めていたのだろう⋯⋯空が青からオレンジに染まっていく頃だろうか。
その光景を眺めている中で、何とも言えない変な不安感と焦燥感が胸を満たし⋯⋯あぁ、これで最後なのだと―――何故かそう、確信にも似た何かが頭に過った時だった。
大きな音を立てて扉が開けられ、見慣れた顔の生徒が入ってくると、自席に置いていた鞄を持ち上げ、こちらに歩み寄ってくる。
『まだ残っていたの? そろそろ下校時刻になるよ。ほら、一緒に帰ろう』
そう言って笑いながら手を差し伸べてきたのは友人の●☆■で、私はその手をとるとようやく帰路についた。
オレンジが街を染め上げて⋯⋯私たち二人も染めて―――でも少しずつ奥の方から藍色が空を侵食していくのが見える。
それを眺めながら彼女と手を繋いで歩く。
『ねぇ、由香。放課後の教室で、こんな時間まで何してたの?』
部活入ってなかったよね? と●☆■はそう聞いてきた。
『なんか今日は家に帰りたくない気分だったから、そのまま教室に居ただけ』
『へぇ、珍しいね。そういう事ξπμλγβψないのに。なら、私の∝∈∅∏? 今日は¶√¤℃‰いないから@#$%しようよ!』
繋いだ手を楽しげに揺らしながら、●☆■は言う。けれどその顔も、言葉にも変なノイズがはしっていてちゃんと認識できなかった。それどころか、不意に景色にもザザっとノイズのようなモノがはしり、一瞬ではあったが―――酷く不気味な景色が映る始末。
私が返事をしなかった事を不審に思ったのか、●☆■は私の顔を覗き込み、どう@∅の? 大¶∏ιπ?って心配してきたが、どうにも私の五感はおかしくなってしまったらしい。
覗き込んできた彼女の顔は、ギョロリとしていて、少し眼球が眼窩から飛び出しており、強膜は赤黒く角膜も青緑色に発光していた。それにさっきまでちゃんと人の手をしていた彼女のそれは、鋭利な爪を持ったザラザラとした鱗を纏ったモノになっている。
『∏¶℃¤¤λγ‰ι? κμ%$#¤¤γ√-! ξκー●:ψλ$$#@π!?』
彼女の発する不気味なノイズと、周りから聞こえてくる不協和音。一瞬しか見えなかった不気味な景色が、いよいよ“世界(げんじつ)”を塗り替えてしまう。
元来なら発狂してもおかしくない現状だが、何故か私は酷く落ち着いている。
そして、あぁ⋯⋯またかと。そう思って妙に納得してしまった。
ノイズしか発しなくなった、化け物の友人。
赤黒く厚い雲で覆われた空に、大凡この星に住んでいる生物の体の一部で構成された建造物に、人体の一部を生やした草花や木々。
街から流れてくる全ての音は酷く歪んでいて、不快感と恐怖心を煽ってくる。
早く、早く“ナオさなきゃ”イケナイ。
そうして私は鞄に忍ばせていた変形鎌で―――その化け物の首を落とした。
歪な街を駆け回り、歪になった全てを切り裂き⋯⋯建物も、鎌から変形させたハンマーで全部叩き崩して、植物も切って潰して、全部、ぜんぶ、ゼンブ!
そうして歪んだ瓦礫と残骸の中で、私はまた作っていく。
この“街(せかい)”がイビツじゃなくなるまで、元のセカイに戻るまで。
私の、私のために用意された理想の箱庭に出来るまで。
誰も知らない秘密の箱庭の中―――永遠に死なず老いもしない身体をひきずり、この歪な転生を続けていくのだろう。
2/7/2025, 4:04:48 PM