紅月 琥珀

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 幼い時、僕は魔法使いに出会った。
 それは突然起こった不幸な出来事の最中で、僕はただ⋯⋯僕を庇ってボロボロになった母さんを見つめながら泣いていた。
 周りの人達は遠巻きに見ていたり、スマホで撮影している人が多かったけど⋯⋯数人の大人が僕に声をかけてくれたり、救急車と警察を呼んでくれていた。
 そんな中で、人混みを掻き分けて僕に近付いてきた人が1人。
 その人は綺麗な黒髪の若い女性で、彼女は僕の隣で母さんを見ると少し思案するような仕草をして、僕に目線を合わせこう言った。
『ねぇ、お母さんのそばまで行ってもいい? 傷の状態を見たいの』
 駄目かな? と、僕に尋ねるその人に、藁にも縋る思いで良いよって返事をすると、ありがとうっと言いながら僕の頭を優しく撫でてくれた。
 正直幼い頃の自分でも、もう助からないかも知れないって思ってしまう程、母さんの怪我は酷かった。それなのに彼女は少し傷を見て、母さんに声をかけて意識があるか確認すると、何かを呟きながら空中に指で何かを描いていく。
 それを少しの間続けて終わった辺りで、指で描いていた辺りが光出し、模様が浮き上がる。
 そして次の瞬間。
 一際強い光が放たれた後に、ひらひらと舞う白い羽根が母さんを包み込むと、母さんの身体は綺麗になっていた。
 周りからは歓声が上がり、少しすると母さんの意識も戻って僕を抱きしめてくれた。
『君の方は怪我が無いみたいだから大丈夫そうかな。でも、念の為にお医者さんに診てもらってね』
 そう笑顔で言うと颯爽と帰っていった。
 それが僕と魔法使いの初めての出会いだった。

 その日から彼女に憧れた僕は、両親に頼んで魔術の勉強に勤しんだ。
 彼女はとても有名な魔術師で、たくさんの論文を出していたから、それも全部熟読した。
 彼女の魔術はどれも凄くて、だからこそ僕も全て習得出来るように励んだ。いつか彼女と魔術を学びたい⋯⋯その一心で今まで励み続けた。

 しかし、彼女は貶められた。
 彼女の才能に嫉妬した奴らが自分の研究レポートを、彼女が盗んだなんて言い出してそれを世間は鵜呑みにし、彼女を糾弾する。
 そして彼女は全世界に生配信での会見を開き、全ての真実を語った後⋯⋯最後に出した論文に書かれていた世界間転移術式でこの世界から消えてしまった。
 その時の人々の反応は凄まじく、結局⋯⋯彼女は無罪だったと理解はされたが、逃した魚は大きく、その後この世界は衰退の一途を辿っている。
 彼女の数多の研究が様々な人達を救っていたのだから、当たり前ではあるが⋯⋯それに危機感を持った人達は皆こぞって彼女の最後の論文を読み漁り、実行しようと躍起になっていた。
 しかし術式を発動しようにも上手く出来ず、大抵は何も起こらずに終わってしまう。だが稀に発動は出来ても、悲惨な末路を辿ってしまう人が何人も出てしまい⋯⋯政府から禁術指定されて使用を禁じられてしまった。

 きっともうすぐこの世界は終わるのだろう。
 唯一の天才魔術師に見限られた人類に明日はなく、ただ緩やかに終わりへと転がっていく。
 だけど、僕はどうしても自分の夢を諦めきれなくて―――旅の準備と大切な彼女の論文を持って、今日両親と一緒に禁忌を犯す。
 偉大で優しい君の背中を追って。彼女が夢中になって追い求めていた―――“三千世界の渡り鳥”に、僕もなるために。

 深夜皆が寝静まった後、僕は自宅のリビングで複雑な術式を丁寧に床に書き記していく。
 失敗したら僕達も悲惨な末路を辿ると分かっている筈なのに⋯⋯それでも一緒に行くと言ってくれた両親の為にも、必ず成功させなくてはならない。
 何度も確認して少しのズレも無いように描いていく。
 そして、完成した魔法陣の中に3人で入り、僕は呪文を唱える。
 詠唱途中で魔法陣が光出し、段々と立体的な模様として浮き上がって、僕達の身体を包みこんだ。
 詠唱の終わりと同時に強い光が放たれて、ふわりと少し体が浮き上がる感覚。
 それから少しして光が収束していくのに合わせて足が地面につき、目を開けると――――――そこは見知らぬ街。
 どこか西洋を思わせる建築物が建ち並んだ異国情緒あふれる場所。

 僕は成功した術式にひとまず安堵すると、両親と共に喜びを分かち合う。
 そして⋯⋯彼女の行方を捜し、僕達の途方のない旅が今始まった。

2/9/2025, 2:51:41 PM