後悔は先に立たずという言葉があるが、私の人生を例えるならば⋯⋯きっとその言葉が一番似合うのだろう。
最初の後悔は初恋の時、親友に相談していたけれど⋯⋯私が二の足を踏んでいる間に、親友に好きな人を取られた。
後から謝られ、それでも親友だよねと聞かれたが、私にはそれを受け入れるだけの器はなかった。
2回目の後悔は大学生の頃、彼氏に浮気されてとりあえず冷静に話を聞いた。
その時に、そういう態度が気に食わないと言われたが、私としても浮気する様な男と関係を続けるなんて嫌だったからそのまま別れた。
最後の後悔は今この時。
終末間際に思い出される後悔の数々。
大小様々な後悔が、もうすぐ終わりを迎える時に押し寄せる。
そうしてたらればを思い、今までの私の人生って何だったんだろうって思ったら泣けてきた。
もしも、あの日親友を心から祝えたら今この瞬間、私は1人ではなかった?
或いは、あの時彼の浮気を半狂乱になりながら罵って縋っていれば、幸せな家庭を築けていたのだろうか?
実家の家族ともあまり仲良く無いし、友人と呼べる人もいない。一人寂しく後悔しながら、終末を迎えずに済む方法があったのだろうかと⋯⋯終末を宣告された時から考えていた。
でも結局、過去なんて変えられるはずもなく。私は今も1人のまま。いっそこのまま地獄に落ちて、幸せとは無縁の牢獄に囚われた方のが幸せなのかもしれない―――なんて、出来もしないことを思ったりもした。
馬鹿みたいな大きな独り言。こんなものを残されて、奇跡的に生き残って見てしまった人は不幸だろうなと、そう思いつつも⋯⋯今の私の気持ちを綴らずにはいられなかった。
それは終末への恐怖もあるけど、本当はあの日の大きな後悔を誰かに知って欲しかったんだと思う。そして出来ることなら、これを読む人は親友だった彼女か元彼に読んで欲しいなんて思ってる。
あの日あの時。本当は祝福したかった。でも、2人の事が大好きだったから裏切られたと感じてしまった。それが、その感情が嫌で、自分がとても惨めで醜い事を知り、自分自身に失望してしまったんだ。
彼の時も本当はたくさん言いたいことあったけど、無駄だと思って全部飲み込んで別れた。
もしもあの時、私がちゃんと自分の事を話していたら何か変わってたのかな?
今となっては答えなんて分からないけど⋯⋯それでももし、今の私の気持ちがあの人達に届くのなら―――どうかこの終末の中で、何の未練も不安もなく。心穏やかに、沢山の幸せに包まれて眠れますように。
その人が自身の最後に選んだのは高台にあるベンチの傍らで、懸命に手放さないようにと握り締めていたであろうその遺書は、息絶えた時に力が抜けたのか⋯⋯握る力が緩くなっていて、取り出すのは簡単だった。
ぐしゃぐしゃの遺書には所々濡れた跡があり、泣きながら書いていた事が伺えた。
彼女の惨状は今までで一番酷く、多分一瞬では死ねなかったのでは無いかと思う程、裂けて飛んできたであろう大きな木の破片が、彼女を地面に縫い止める様な形で貫いている。
彼女はここで何を観ようとしたのだろうか?
最後の瞬間に訪れたいと思う程に、ここは彼女にとって大切な場所だと言うことだけは理解できたけど⋯⋯昼の景色は瓦礫の森が広がり、所々に原型を留めた建物があるのを確認できる程度。
あとは、いつ見てもムカつく程に晴れ渡ってる青空が広がっているくらいだ。
『夜まで待ったらわかるかな?』
そう誰に言うでもなく呟くと、その辺の残骸を撤去して野宿の準備を始める。
なんとか準備を終えた頃には夕暮れ時になっていて、その時にもう一度街を見たら⋯⋯何とも物悲しく―――けれども綺麗に染まるオレンジの街並みが見えた。
それを暗くなるまで堪能し、夜になると空には綺麗に輝く月と満天の星空が広がっている。
誰もいない。人工の光もない。何よりもここは高台だから、いつもよりも星々が近く感じられた。
そして理解するのは、終わりの時にこの場所を選んだ理由。
だからこそ、最後の瞬間(とき)まで答えを探していた彼女に、私の出した答えを一方的に聞かせてやるのだ!
『ねぇ、貴女。きっと腹を割って話せたなら、分かり合えたと思うよ。元彼は別れて正解だと思うから、後悔する必要ないと思うけど⋯⋯でも、親友とはきっと分かり会えたんじゃないかな?
もしも、死後の世界があるのなら、そこで再会して話せると良いね。
貴女のおかげで綺麗な景色が見られたよ。
ありがとう、おやすみなさい』
そう言い終わると寝袋に入り夢の中へ。
その日見た夢は彼女と、見知らぬ女性が互いに笑い合いながら何処かへと歩いていくモノだった。
『よかった、もう1人じゃなくなったんだね』
きっと聞こえないと思って呟いた言葉に、二人はこちらを振り返り―――とても綺麗な笑顔で手を振ると光の中へと消えてしまった。
そうして朝をむかえてその場を後にする。
次はどんな出会いと景色が待っているのかと、胸を躍らせながら私は高台を降りていくのだった。
はじめに感じたのは優しい花の香り。次に感じたのは両手に触れる土の感触。
その違和感に瞳を開け、起き上がると―――美しく咲き誇る花々が、視界いっぱいに広がっていた。
美しい花々と奥の方にある立派な木々。花々と果物とでエリアが分けられているのか、それぞれ一纏めにされており、舗装された道を挟むように、或いは人が通れるように植えられていた。
一体ここは何処なのだろうか?
私はこんな所に来た覚えがなく、困惑していた。
『こんにちは、お客人。本日はどの様なご要件でこちらに?』
突然後ろから声を掛けられて振り返ると、そこには白いワンピースに藍色のボレロを着た女性が立っている。
私はその人に今の状況を説明すると、一度驚いた表情をしてから彼女は笑う。
『成る程、お客人の状況は理解しました。ですが、ここは迷い込める場所ではありませんので、何かご縁があったのでしょう。1つお客人の話をお聞かせ下さいませんか?』
そう言うと、こちらへどうぞと私を案内する彼女に、とりあえずついて行く事にした。
数多の花々が咲く中を歩いていくと、満開の大きな桜の木の下におしゃれなテーブルと2脚の椅子が置かれており、そのテーブルの上にはティーセットが並べられている。
『さぁ、どうぞお座り下さいお客人。ここに来る前のあなたに何があったのか、お聞かせ願えますか?』
彼女は私が座るのを確認してから紅茶を出して、私が話し始めるのを静かに待っていた。
少し呼吸を整えて―――ここで目覚めるまでの事を思い出そうと記憶を辿る。
そうして昨日の記憶から彼女に話していった。
昨日は大切な結婚式だった事。でも、その日彼と親友に裏切られて式はめちゃくちゃになった事。2人に嘲笑われて侮辱されて酷く惨めに感じて、ドレスを着たまま会場を出て当てもなく走っていた所で記憶が途切れている事を伝えた。
『成る程、事情は分かりました。お客人がここに招かれた理由も察しがつきましたので、早速取りかかりましょう。』
そう言うと彼女は指を鳴らした。すると彼女の背後から執事と思しき初老の男性が出てきて、こちらにお辞儀をする。
『じいや、先程の話は聞いたわね? 私は彼女を例の場所に連れて行かなければならないの。だから今回はあなたが特別なものを見繕って頂戴』
そう指示するとじいやさんは、畏まりましたと言い、何処から取り出したのか分からなかったが⋯⋯彼女にバスケットを渡すとまたお辞儀をして一瞬で消えてしまった。
私が驚いているのも気にせず、彼女は席を立つと私について来るように言い、歩き始める。私も席を立ち彼女に続く。
先程歩いていた花々の道ではなく、果実畑の方面へ向かっているようで、少しずつ美味しそうな果物がなるエリアに近づいていく。
そしてある果物の前で1つもぎ取り、また歩いては1つもぎ取るというのを何度か繰り返した辺りで、一際大きいリンゴの木が見えてくる。
その下にあるテーブルまで案内されると、また座るように促された。
そして籠の中に入れられた果物を、彼女は丁寧に一口サイズに切りお皿に乗せてフォークと共に私へと差し出した。
『どうぞ、お食べください。
こちらから、パッションフルーツ、ミネオラタンジェロ、水晶文旦、グレープフルーツ、三宝柑、さがほのか、ダナー、ざぼん、さちのか、タンゴール、スターアップル、香緑、愛ベリー、晩白柚、ネーブルオレンジ、バナナハート、栃乙女、福羽いちご、麗紅、ブラックベリー、ミズレンブ、章姫、金柑、橙、女峰になります。
それから、こちらがベルガモットジャム入りパッションフラワーティーです。
今の貴方に必要なモノを取り揃えておりますので、お皿の上のモノと紅茶は完飲完食してください。』
私はまだ何も理解は出来ていなかったけど、彼女の言う通りに出された果実を食べた。
口に入れた瞬間、今まで食べていた果物は何だったのかと思ってしまう程の味だった。
食べる度に程よい酸味だったり甘みだったりを感じ、個々の果物そのモノの味がとにかく美味しくて、気付いたら無くなっていた。
合間に飲んでいたベルガモットジャム入りパッションフラワーティーも香りが良く、ほんのりと渋味を感じるもののジャムの優しい甘さで心が安らぐのを感じる。
最後に紅茶を飲み終えてゆったりとしていると、別行動していたじいやさんが花束を持って現れた。それを私に差し出すので反射的に受け取ってしまう。
『それも今の貴女に必要なものです。
見たところ⋯⋯バラのピンク、紫、青、オレンジにコチョウランの白とカスミソウ・すずらん・ライラックの紫にミモザ・ブルースター・アネモネの白とスイートピーの白、紫にスターチスの紫、白、ピンクですか。
成る程。確かに今のお客人に合う花々ですね。これなら送り出せそうです』
彼女は静かに席を立つと私に手を差し出した。その手を取るとエスコートされるまま彼女と歩いていく。
『そう言えば、ここの事を話していませんでしたね。
ここは人々の希望の花園。秘匿された永遠の庭なのです。
清らかな魂を持つ方のみが導かれる場所。お客人に必要なものを与え、代わりにあるモノを頂く決まりになっています』
そう言われて私はハッとする。あれほど美味しい果物とお茶を出されたのだから、きっと高いに違いない。でも、今の私は鞄も何も持っては居なかった。
どうしようかと思っていると彼女は不思議な事を口にする。
『ご安心下さい。金銭などは求めません。私達はお客人の持つ心の種を1つ頂きたいのです。
それは貴女の承諾さえあれば自動的にここに置いていかれますので、どうか不安に思わないで下さい』
『心の種とは、人の心の奥底に眠る希望の種。誰もが持っておりますが、どんな花を咲かせるのかは人それぞれ。枯れてしまう方々もおりますが、そういう方はここには来れません』
あまりにも不思議そうな顔をしていたのか、彼女は私が質問する前に追加で説明してくれた。
そうしてたどり着いた綺麗な花のアーチがかかった道。その奥には荘厳な門がある。
『さぁ、お客人。お帰りの時間ですよ。
貴女には貴女の帰る場所があるのです。
貴女のことを必要とする人もまた、たくさんいる事を忘れてはいけませんよ。
貴女を愛する人を愛しなさい。そして、日々感謝の気持ちを忘れずに、これからの人生を楽しんで下さい。
貴女に花々の祝福が有らんことを』
彼女は笑顔でそう言うと、私の手を離し門の方へと軽く背を押した。
私は彼女にお礼を言うと、一歩ずつ踏み締めるように門へと進み―――そして門に手を添えて押し開けると、外へと歩み出た。
目が覚めるとそこには白い天井があり、横から規則正しい機械音が聞こえてくる。
私は起き上がろうとするが、上手く動けず声すらも出ない。ただ目だけは動かせる状態に、どうしたものかと思案していたら、誰かの叫ぶ声が聞こえて⋯⋯バタバタと忙しなく動く音が聞こえてくる。
そして、次に視界に入ったのは⋯⋯泣いているお母さんだった。
あの日私が飛び出した後、走っている途中で気付かずに道路へと飛び出してしまったらしく⋯⋯轢かれて2週間程、昏睡していたそうだ。
怪我が治ってから事故を起こさせてしまった運転手さんに謝りたくて、両親に頼んで会わせてもらい謝罪をさせてもらった。
それから、1年半程経った今。私はもう一度ウェディングドレスを着ている。
あの時と同じ式場で、あの時と同じドレスを着て―――あの日幸せになるはずだった悲しい思い出を、塗り替える為にあえてそうした。
式場のスタッフさん達も優しい方ばかりで、あの時の事も事故の事も凄く心配して下さって、謝罪しに来たのにこちらが気遣われてしまった。だからこそ、憧れのこの場所でもう一度やり直したいと思えたのかもしれない。
控室で出番を待つ私の傍らには、あの日夢で貰った花束が置かれている。
目覚めた時に抱えていたらしく、それから枯れる事なくずっとその美しさを誇っている不思議な花束。
あの夢が何だったのかは未だに分からないけど、ただの夢では無いことだけは確かなのだ。
花園の主とのやりとりは今でも鮮明に覚えている。お守りとして、この花束を持ち込んだのはその為。これがあれば、彼女にも私が幸せになったことを伝えられるような気がしたから。
『あの時、背中を押してくれてありがとう』
永遠の花束にそう小さく呟くと、私は迎えに来たスタッフさんと共に控室を後にした。
最初はただのクラスメイト。それも私とは正反対の人で、きっと自分とは合わないって思ってた。
私の家は凄く厳しい家庭で、学生の内は勉強以外、父が決めた部活動と委員会以外は認められなかった。
流行りのファッションもヘアアレンジも許されず、メイクなんてもってのほか。やろうものなら引っ叩かれたと思う。
基本的にお菓子も漫画もゲームもダメ。スマホは持たされてたけど、SNSやLINEは禁止。電話とメールだけに制限され、勉強に関連する事のみネット検索や動画サイトでの閲覧を許可されていた。それも、9時までで就寝は10時。それを過ぎるとすごく怒られる。朝は5時に起き学校には一番に着くように言われ続けていた。
窮屈で退屈な私の傍に人なんて寄ってこないし、そもそも、友人も父が認めた人以外はダメだと言って相手に迷惑をかけるので、作りたくても作れなかった。
そんな私に、何故か正反対の彼が良く話しかけてくるようになったのだ。
最初は勉強についての質問だったから対応した。次第にプライベートな話をするようになり、私に何か不利益があると率先して助けてくれるようになったのだ。
そんな事が続いたある日、私はずっと思っていた事を口にする。
『どうして私に優しくするの? 私なんかと一緒に居ても楽しくないでしょ。それに、父にバレたらあなたに迷惑がかかるかもしれない』
でもあなたは笑って、自分が一緒にいたくてやっている事だと言った。そんな言葉を言われたのは初めてで、すごく嬉しかったのを覚えている。
それから父にバレないようにこっそりと、私に新作のお菓子をくれたり、彼が訪れた場所の写真を見せてくれたり―――とても楽しかった。
でも、その小さな幸せすら私には許されなかったみたい。
唐突に告げられた終末の話。
難しい理論とかは分からなかったけど、大きな隕石がこちらに向かっていて、宇宙空間で撃ち落としても地球上に存在する殆どの生物が死滅するかもしれない、と。
元の隕石が巨大過ぎて、砕いても大きな欠片が降り注いでしまう距離にあるらしく、滅亡は免れないだろうという話だった。
一か八かで撃ち落とすらしいけど、成功率は絶望的らしい。
それから私は終末が訪れるならと、両親の言う事に逆らう決意をした。
やりたかったメイク、気になってたファッション。行きたかったカラオケにゲーセン。読みたかった漫画も食べてみたかったクレープやアイスも、全部全部やりたいと訴え続けた。それでも父は頑なにやらせてはくれない。
それどころか、もう未来がないなら学校にも行かなくていいなんて言い出して、私を閉じ込めた。
だけど、あなただけは異変に気付いて私を助けてくれた。外に出してくれて、やりたい事全部やろうって。大丈夫俺が全部叶えるからって言ってくれた。
それでも、既に心の荒んだ私は優しいあなたに酷いことを言ってしまったね。
『どうせ、全部終わるのに! あなたとも後数ヶ月でお別れしなきゃいけないのに、どうして私に優しくするの? 全部無駄になるのなら私最初から全部捨ててしまえばよかった!』
もうやさしくしないで! そう泣き出す私に、あなたは優しく抱きしめて⋯⋯根気強くあやしてくれた。それが凄く心地良くて温かかったのを今も鮮明に覚えている。
『俺多分、君を凄く困らせる事言うけど許してね。どうせ終わるなら俺は最後まで好きな子と一緒に居たいんだ。一目惚れだったけど知っていく内にもっと好きになった。だから、君の最後の時間を俺に下さい』
お願いします。なんて頭を下げた。
酷い事を言った私のやりたい事にも嗤う事なく、全部付き合ってくれた。
それから、もしも生き残れた時の為にってタイムカプセルを埋める事にして、今この手紙を書いている。
あなたに謝らないといけなかったのに、言い出せなかった。
あの時、やさしくしないでってそれ以外にも酷い事を言ってごめんなさい。
本当は嬉しかったんだよ。
あなたと一緒に過ごした時間は確かに私にとって特別なものでした。
もしも生き残れてこれをあなたが読んだのならばどうか笑ってほしいです。
でも、宣告通り2人とも死んでしまったのなら、生き残れた誰かが見つけてこれを読んでいるなら、私はあなたに憑いて行く事にします。
優しい彼に死後会えるかは分からないけど⋯⋯2人で一緒に憑いて行って、沢山の見られなかった景色を一緒に見ることを許して欲しいです。
長くなりましたが―――大切な彼と、これを見るかもしれない見知らぬあなたにとって、終末(せかい)が優しいものでありますように。
偶々通りかかった崩れた学校の敷地内。
何か役に立ちそうな物が無いかと立ち入った場所で、土の中から何かが少しだけ顔を出していたので取り出したら、中には手紙が2通入っていた。
一通目を読み終えて辺りを見回すと、崩れた瓦礫に下敷きになった―――でも寄り添う様に息絶えてる男女がいる。
恐らくこれは女の子の方の手紙だろう。
男の子の方の手紙も読んでみたけど、すごくシンプルだった。
“もしも、2人で終末を生き延びれたら一緒に世界を旅しよう。
出来れば結婚してくれると嬉しいな。
まだ、行きたい所。やりたい事。あるなら頑張って叶えるから、ずっと一緒にいてほしい”
本当に好きなんだなって思って、こんな酷い惨状なのに何故か心はほっこりしてしまった。
だから私は、聞こえてるかも分からない2人に向けてこう言うのだ。
『私に憑いて来ても良いよ。3人で終末旅行を楽しもう!』
そう言って少し学校を探索したけど、めぼしいものは無かったので早々に後にした。
何処か野宿できる場所を探しながら、ふと思う。
もしも私に幽霊を見る力があったなら、あの子達とも最初にあったあのおじいさんとも話せたのだろうか?
そう考えてある事に気付き、やっぱり無い方が良いなって思い直す。
だって優しい幽霊だけじゃなくて、怖い幽霊も見えたら嫌だもの!
お話するのは私が死んだその時まで、楽しみにとって置くことにする。
そんな事を考えながら崩れた街を歩いていく。
何処までも続く瓦礫の森はとても静かで物悲しく、私の行く手に佇むのでした。
“拝啓、リリ様
貴女と出会ってから何度目の春になったでしょうか。
なごり雪を2人で見ながら季節の移ろいを良く楽しみましたね。
沢山の花々が咲く頃には、貴女の作ってくれたお弁当を持ってピクニックに行くのを楽しみにしていた事を良く覚えています。
野原に咲いたシロツメクサで花冠を作ったのも、いい思い出ですね。
桜が大好きな私のために桜関連のモノを見つけると買ってきてくれました。しかし、桜の盆栽を買ってきた時は流石に驚きましたが⋯⋯貴女は毎年綺麗に咲かせていて、やはり器用な人なのだと思いました。
今、貴女がこれを読んでいるとするならば、それはどの季節なのでしょうか?
豪雨が降りやすい夏頃でしょうか。
又は、紅葉の鮮やかな秋頃でも良いですね。
でもどの季節であっても、貴女には心安らかに過ごしてほしいといつも思っています。
共に過ごした日々は1日1日が、私にとって大切で特別なモノでした。
もっと沢山の事を共に体験し、また見たかったと思うと名残惜しく。
人間の体の限界を感じ、たくさん生きたのだと感慨深く感じると共に、貴女との別れの時が近い事に寂しさを禁じ得ません。
いつも私と共に居てくれた貴女が、私なき後も少しでも長く安寧の中で過ごせるようにと祈るばかりです。
対したことは出来ませんが、せめてこの土地と家、貴女が好きだと言ってくれた家具達を残していきます。
花壇は好きな様に使って下さい。出来ることなら、貴女の植えた花々が咲き誇るところを、この目で見たかったです。
月の綺麗な夜にでも、貴女と共に庭先で花見なんて素敵だと思っていました。
たなびく雲の絶え間に見える月を肴に、お月見をしながら秋の花を堪能した事もありましたね。
あの時の花壇は私が植えたものばかりだったので、今度こそ貴女の好きな花で埋めてください。
色々と書きたい事はありますが、貴女との思い出は多すぎて書ききれません。
四季折々に積み重ねた思い出の数々を思い出しながら、こうして慣れない手紙を書き綴っていますが、どうにも上手く纏まりませんでした。なれない事などするものではないですね。
手紙には私から貴女への感謝の気持ちを込めて、ある物を同封しました。
いまいち上手く出来ず、でも私が作った中で一番良く出来たものを入れておきました。気に入ってくれると嬉しいです。
まだ沢山の時を過ごしていく貴女に、少しでも長い幸福と、沢山の喜びが訪れる様に祈りを込めて。
過ぎ去る季節が、どうか貴女の中で美しいものでありますように。
敬具”
何度も読み返した手紙だった。
一日の終わりに必ず取り出し、繰り返し読み続けていた大切な手紙。
大切な人からもらった最後のプレゼントはブライダルベール、ベゴニア、白いアザレア、勿忘草、カーネーションの押花で作られた栞。
彼はいまいちと形容していたけれど、私は今でも大切にしている。
だから、それは青天の霹靂と言うべきものだった。
彼が没してからもう20年経っていて、その間読み続けていた手紙なのに⋯⋯今更その意味に気づくなんて―――私はなんと愚かなのだろうか。
同封されていた栞の意味も、この手紙の真意にも⋯⋯今更気付いて胸が苦しくなる。
どうしてもっと早く気づけなかったのだろうか。
悔やんでも悔やみきれず、けれども私は泣くことすら許されない。
『主様、ごめんなさい。
今更気付いた私を、どうか許して下さい。
そして私を、機械(わたし)なんかを―――愛してくれてありがとう』
大切な手紙を抱きながら、泣けない私は届かぬ想いを口にする。
貴女が最後にくれたのは、花の栞ではなく隠された手紙と芽生えた心。
私が終わるその日まで、あなたと過ごしたこの場所で愛しい日々を思いながら過ごしていくから。
だから、私が終わるその時は―――どうか迎えに来て下さい。
その時こそ、この手紙の答えを伝えさせて下さいね。
『こんにちは、また会いましたね』
そう投げかけた言葉に、その人は一瞥のみで答えた。
いつも通りの反応に肩を竦めると、そのまま話を続ける。
『今回はいつ振りでしょうか。最後に会った日から、また随分とボロボロになりましたね。傷のお加減は如何ですか?』
この言葉にも黙りを貫き、こちらを見向きもしない。
『そろそろ、学びましたか? あなたのやり方では、これからもそうして傷が増えていくばかりです。今回こそは、私の話を聞く気になりましたか?』
そう言い終わるや否や、私の頬に何かが掠める。
手で頬に触れてみると少し痛みを感じ、触れた手を見ると少し血が付いていた。
こちらが状況を確認する前に、その人は私に詰め寄りどこからともなく取り出した刀を抜き一閃。
咄嗟に距離を取ったが少し首を掠めた。
『あぁ、まだ抗うのですね』
そうこぼした私に構わず剣撃を繰り出す彼の人。
私は一つため息を吐くと、こちらも刀を取り出し剣撃をいなす。
金属同士がぶつかり合う音が何度も響いた。それと同時に相手の繰り出す剣撃も激しさを増す。こちらも負けじといなし続けるが、何分相手の方が一撃の速度が早く、また技の種類も豊富でいなすのがやっとなのだ。
こちらからも攻めに転じなければ斬られる。そう分かってはいても攻勢に出れずにいた。
絶え間なく響く金属音と両手に伝わる斬撃の重さに、何度も刀から手が離れそうになっている。それを押し留めながら相手の隙を探す。
しかし、待てども待てどもそんな隙は訪れず、私は既に辟易していた。
その気持ちが一瞬の隙を生み出してしまった。
腹部が熱く痛い。ふと目をやると赤い染みが広がっていく。
『⋯⋯またそうやって私を殺すのですね。いつまでも見ないふりをして、どこまで持つか見ものです。さよならあなた、またお会いしましょう』
痛みと共に広がる赤に、私は抗うことなく膝をつく。
そして―――私の首めがけて振り下ろされた刃を受け入れた。
そうして目覚めた私は、いつもと変わらぬ日々を過ごす。
つまらない日々を淡々と⋯⋯けれど、今までもこれからも同じ日なんて一度もない特別な1日。
有り触れた特別を、今日も過ごしていくのだろう。
『さよならバイバイ、また会う日まで』
そうして私は、先程殺し(わかれ)たもう1人の私に呟くと―――ニヤリと笑った。