“拝啓、リリ様
貴女と出会ってから何度目の春になったでしょうか。
なごり雪を2人で見ながら季節の移ろいを良く楽しみましたね。
沢山の花々が咲く頃には、貴女の作ってくれたお弁当を持ってピクニックに行くのを楽しみにしていた事を良く覚えています。
野原に咲いたシロツメクサで花冠を作ったのも、いい思い出ですね。
桜が大好きな私のために桜関連のモノを見つけると買ってきてくれました。しかし、桜の盆栽を買ってきた時は流石に驚きましたが⋯⋯貴女は毎年綺麗に咲かせていて、やはり器用な人なのだと思いました。
今、貴女がこれを読んでいるとするならば、それはどの季節なのでしょうか?
豪雨が降りやすい夏頃でしょうか。
又は、紅葉の鮮やかな秋頃でも良いですね。
でもどの季節であっても、貴女には心安らかに過ごしてほしいといつも思っています。
共に過ごした日々は1日1日が、私にとって大切で特別なモノでした。
もっと沢山の事を共に体験し、また見たかったと思うと名残惜しく。
人間の体の限界を感じ、たくさん生きたのだと感慨深く感じると共に、貴女との別れの時が近い事に寂しさを禁じ得ません。
いつも私と共に居てくれた貴女が、私なき後も少しでも長く安寧の中で過ごせるようにと祈るばかりです。
対したことは出来ませんが、せめてこの土地と家、貴女が好きだと言ってくれた家具達を残していきます。
花壇は好きな様に使って下さい。出来ることなら、貴女の植えた花々が咲き誇るところを、この目で見たかったです。
月の綺麗な夜にでも、貴女と共に庭先で花見なんて素敵だと思っていました。
たなびく雲の絶え間に見える月を肴に、お月見をしながら秋の花を堪能した事もありましたね。
あの時の花壇は私が植えたものばかりだったので、今度こそ貴女の好きな花で埋めてください。
色々と書きたい事はありますが、貴女との思い出は多すぎて書ききれません。
四季折々に積み重ねた思い出の数々を思い出しながら、こうして慣れない手紙を書き綴っていますが、どうにも上手く纏まりませんでした。なれない事などするものではないですね。
手紙には私から貴女への感謝の気持ちを込めて、ある物を同封しました。
いまいち上手く出来ず、でも私が作った中で一番良く出来たものを入れておきました。気に入ってくれると嬉しいです。
まだ沢山の時を過ごしていく貴女に、少しでも長い幸福と、沢山の喜びが訪れる様に祈りを込めて。
過ぎ去る季節が、どうか貴女の中で美しいものでありますように。
敬具”
何度も読み返した手紙だった。
一日の終わりに必ず取り出し、繰り返し読み続けていた大切な手紙。
大切な人からもらった最後のプレゼントはブライダルベール、ベゴニア、白いアザレア、勿忘草、カーネーションの押花で作られた栞。
彼はいまいちと形容していたけれど、私は今でも大切にしている。
だから、それは青天の霹靂と言うべきものだった。
彼が没してからもう20年経っていて、その間読み続けていた手紙なのに⋯⋯今更その意味に気づくなんて―――私はなんと愚かなのだろうか。
同封されていた栞の意味も、この手紙の真意にも⋯⋯今更気付いて胸が苦しくなる。
どうしてもっと早く気づけなかったのだろうか。
悔やんでも悔やみきれず、けれども私は泣くことすら許されない。
『主様、ごめんなさい。
今更気付いた私を、どうか許して下さい。
そして私を、機械(わたし)なんかを―――愛してくれてありがとう』
大切な手紙を抱きながら、泣けない私は届かぬ想いを口にする。
貴女が最後にくれたのは、花の栞ではなく隠された手紙と芽生えた心。
私が終わるその日まで、あなたと過ごしたこの場所で愛しい日々を思いながら過ごしていくから。
だから、私が終わるその時は―――どうか迎えに来て下さい。
その時こそ、この手紙の答えを伝えさせて下さいね。
『こんにちは、また会いましたね』
そう投げかけた言葉に、その人は一瞥のみで答えた。
いつも通りの反応に肩を竦めると、そのまま話を続ける。
『今回はいつ振りでしょうか。最後に会った日から、また随分とボロボロになりましたね。傷のお加減は如何ですか?』
この言葉にも黙りを貫き、こちらを見向きもしない。
『そろそろ、学びましたか? あなたのやり方では、これからもそうして傷が増えていくばかりです。今回こそは、私の話を聞く気になりましたか?』
そう言い終わるや否や、私の頬に何かが掠める。
手で頬に触れてみると少し痛みを感じ、触れた手を見ると少し血が付いていた。
こちらが状況を確認する前に、その人は私に詰め寄りどこからともなく取り出した刀を抜き一閃。
咄嗟に距離を取ったが少し首を掠めた。
『あぁ、まだ抗うのですね』
そうこぼした私に構わず剣撃を繰り出す彼の人。
私は一つため息を吐くと、こちらも刀を取り出し剣撃をいなす。
金属同士がぶつかり合う音が何度も響いた。それと同時に相手の繰り出す剣撃も激しさを増す。こちらも負けじといなし続けるが、何分相手の方が一撃の速度が早く、また技の種類も豊富でいなすのがやっとなのだ。
こちらからも攻めに転じなければ斬られる。そう分かってはいても攻勢に出れずにいた。
絶え間なく響く金属音と両手に伝わる斬撃の重さに、何度も刀から手が離れそうになっている。それを押し留めながら相手の隙を探す。
しかし、待てども待てどもそんな隙は訪れず、私は既に辟易していた。
その気持ちが一瞬の隙を生み出してしまった。
腹部が熱く痛い。ふと目をやると赤い染みが広がっていく。
『⋯⋯またそうやって私を殺すのですね。いつまでも見ないふりをして、どこまで持つか見ものです。さよならあなた、またお会いしましょう』
痛みと共に広がる赤に、私は抗うことなく膝をつく。
そして―――私の首めがけて振り下ろされた刃を受け入れた。
そうして目覚めた私は、いつもと変わらぬ日々を過ごす。
つまらない日々を淡々と⋯⋯けれど、今までもこれからも同じ日なんて一度もない特別な1日。
有り触れた特別を、今日も過ごしていくのだろう。
『さよならバイバイ、また会う日まで』
そうして私は、先程殺し(わかれ)たもう1人の私に呟くと―――ニヤリと笑った。
私は魔術が好きだった。
学べば学んだだけ様々な術を習得でき、また新たに術を作ることが出来るのが最大の魅力に思える。
それこそひらめきさえあれば、可能性は無限に広がる。そんな魔術が大好きで、これからもずっとこの場所で、それこそ死ぬまで学び続けるのだろうと思っていた。
けれどもそれは、私の一方的な思い込みでしかなかったらしい。
ある日の研究で、私は世界間移動術式の実験に成功した。もうすぐ開かれる魔術学会のレポートのために、ずっと頑張って来た研究がここにきて成功したのだ。
結果として私は無実の罪に問われた。浮足立ってた私は、それをよく思わない人達に嵌められてしまったのだ。
世界は一気に激変した。今までレポートを出す度に称賛されていた私の研究は全て誰かの盗作扱い。
話をしようにも聞いてもらえず、ひどい時には暴力を振るわれた。
だから私はせめてもの意趣返しとして、記者会見を開きそこで全てを話した後⋯⋯世界中に中継が繋がる中で、あの時完成した世界間移動術式でこの世界から逃げ出した。
初めての異世界旅だった。実験の時は試しだったから直ぐに元の世界へ帰ってしまったから、ろくに観光もしていない。だから、そこがどんな世界なのかわからないまま飛んだのだ。
最初に訪れたのはあるウイルスが猛威をふるう世界で、たまたま学んでいた魔導医学の知識でそのウイルスに効く魔法薬を開発―――提供したらとても感謝された。
何なら英雄扱いで凄く萎縮してしまったのを覚えている。
それから魔術のない世界で変な化け物と戦って窮地にたたされた人類を魔導具を使って手助けした時も、救世主と持て囃されてまた萎縮してしまった。
ある時は着いた時点で世界の滅亡まで1ヶ月って所で、私の持つ全ての魔術知識を使って滅びを回避した事もある。
そんな私は今、もう滅びてしまった世界にいた。
そこは文明が滅びてから久しいらしく、まだ建造物などは残っているが、蔦に覆われていたり既に崩れて瓦礫と化していた。
植物は生い茂り、虫たちのパラダイス状態だ。
そんな中でも動物達は強かなもので、元気に駆け回っている。
今降り立ったばかりの終わった世界。
自然豊かと言えば聞こえは良いが、文明の痕跡が残っている世界規模ジャングルと言ったほうがしっくりくる。
建造物があるのなら思念読取りで色々わかりそうだ。
私はこれからどんな歴史(ものがたり)に出会えるのか、心を躍らせながら世界を歩く。
きっとこの先死ぬまでそうするのだろう。
まるで渡り鳥の様に、世界から世界へ。
終わりのない旅路に、好奇心が疼いた。
『さぁて、まずはどこから観てみようかな?』
そう口にしてからジャングルをかき分けて、私は世界を知り記録していく。
三千世界の渡り鳥 気まぐれ日記より
幼い頃から思っていた。
いつか、こんな日が来るのではないかと。
物心ついた頃には、祖父から沢山の事を教えられていた。
勉学は勿論、山での歩き方や遭難した時の知恵に野宿の方法まで。
それから、一般とは呼べない程厳しい体術訓練に剣道と弓道。居合いに抜刀術や棍術まで。おおよそ日常生活を送るのに必要のない事を常にやらされていた。
祖父曰く―――女傑たる者文武を極めよ、と。
だからだろうか? いつかこの学んだ術が活かされる時が来てしまうのではないかと、漠然と思っていた。
その不安感から、弟にも剣術と身体は鍛えておくようにと、日頃から言い聞かせていた。
けれど弟は、私の様にはなれないと。そう言い捨てて離れていった。
それから弟は私とは極力顔を合わせないように過ごしているようで、私が社会人になって一人暮らしをしてからは完全に疎遠となっている。
あの日の私は間違っていたのだと今更ながらに思う。
確かに弟と私は違う人間なのだから、私が耐えられたモノでも弟には合わないかもしれない。それを、強要してしまった事を今でも後悔している。
出来ることなら直接会って謝りたいが、弟が嫌がるだろうとやらずにいた。それすらも間違いだったと知る。
『何してるんですか! 先輩! 早く逃げないと!』
瞳を瞑り呼吸を整えながら、そんなつまらない事を考えていた時だった。
後輩が私の腕を掴み訴えている。
私は静かに瞳を開けて辺りを見回す。
周りには我先にと逃げ惑う人々と、見た事もない大きな結晶。形は宝石のクラスターに似ている。
これが何かは正直分からないが、アレと共に発生した物ならば起死回生の手立てになるかもしれない。
そう思った私は、一か八かその結晶に触れてみる。
もしも、アレを倒せる何かならば⋯⋯どうか私に力を貸して欲しいと思いながら。
その刹那、眩い光が結晶から放たれそれが収束すると一振りの刀となって私の手におさまっていた。
少しだけ抜いてみると、先程触れていた結晶の様な―――けれども鋭く研ぎ澄まされた刀身が露わになる。
これならば、いけるかもしれない。
『⋯⋯必ず守ると誓う。だから此処にいて、私からあまり離れないようにしてほしい。出来る?』
先輩! と、何度も私を呼び続ける後輩に私はそう言う。
真剣に彼女から目を逸らすことなく。
私の言葉に彼女は戸惑いはしたものの、恐怖に震えそうになりながら小さく頷いてくれた。
それを見て私も頷き、“獲物”に向き直ると瞳を閉じて呼吸を整える。
まだ知らない君よ。あなたに出来ぬのなら、出来る私が守ろう。
だからどうか、この危機を生き抜いて欲しい。
そんな願いを込めて、この一刀に全てをかける。
左手には先程の刀を、右手はいつでも抜けるように添え。
獲物の近付く音を頼りに、周りの雑音を少しでも多く排除する。
そして―――目の前に来たその一瞬を逃さず。
私はその獣を切り捨てた。
その子との邂逅は鮮烈だった。
最初に見たのは大きく見開かれた瞳。その直後に、眩いばかりの笑顔で迎えられたのを覚えている。
何よりも私という嫌忌すべきモノを己の意思で呼び出したとその子は言った。
そして―――
『お友達になって下さい!』
願いを問うた私に、花の様な笑顔でそう言った。
彼女は葎(むぐら)と名乗った。大きな瞳の快活な少女で、現世に残る私の話が好きでたまたま古本屋で売っていた本に呼び出し方が書いてあったから試したらしい。
とても危機感のない子だと思ったが、結果として変なモノではなくちゃんと私を呼び出しているので黙っていた。
それから私は彼女の隣に立ち、共に日常を過ごしていく。
朝起きて挨拶を交わし、彼女は身支度を整えると私の伸びっぱなしの髪を整え結き。
朝食を準備して食べ学校へ向かう。友人は居るようだがあまり関係を持ちたくないように見えた。私の時はもっと積極的だった為、少し違和感を覚える。
それでも、彼女は私と話す時は基本的に笑顔を絶やさず幸せそうだった。
そんな毎日がこれからも続くのかと思っていた。
問題が起き始めたのは7日目の夜。父親が帰ってきた時。
酔った父と遭遇した彼女は難癖を付けられ、挙句暴力を振るわれたのだ。
咄嗟に庇ってしまったのがいけなかった。
私は彼女と過ごす内に、自身が嫌忌される存在である事を忘れていたのだ。
父親は顔面蒼白になりながら家を出た。その後に沢山の人と宮司や僧を連れて戻り、私を見た人々が騒然となり葎に詰め寄る。
なぜマガツガミがいるのか。お前が呼び出したのか。
なんて罰当たりな。災いが起こるぞ。
その他にも言っていた気がするが覚えているのはそのくらいで、皆一様に私に対しての嫌忌をあらわにしている。
『勝手に決めつけないで! 私がどんなに辛くて助けを求めても、貴方達は誰一人助けてくれなかった! どんなに痣だらけになっても知らないフリしてたくせに、偉そうに言わないで! カイエンは助けてくれた。災いだって起こってない。私にとっての災いは貴方達の方だ!』
そう言った彼女に彼等は手遅れだと言い放ち、魅入られているだの何だのと言っていた。
それを尻目に彼女は私にこう言った。
『本当はあの時、私は殺してもらう予定だったんだ。この人達と一緒にいるのが嫌で、でも⋯⋯直前で怖くなって咄嗟にあんな事を言ってしまったの。
でも、今は貴方と友達になれて良かったって思うよ。
誰よりも優しい神様、お願い。どうかこの魂を貴女のムクロにしてください』
とても安らかな笑顔で私を見つめる彼女に、今まで感じていた違和感の正体を知る。
ならば、友として⋯⋯私は彼女の魂をもらう事にした。
どうせ、このまま此処に居ても苦しむだけならば私と共に生きて欲しい。話し相手にくらいはなれるから、お前の気が済むまで付き合おうと。
そうして帰った深淵の中。
泥で作った身体に彼女の魂を入れたムクロは、全ての記憶を無くして私のそばに。
幾百の時を共に過ごすも虚ろなまま、あの日の笑顔は拝めなかった。
願わくば、この長い年月の中でいつかあの日の様に笑ってくれる事を。
“日陰者のアイウタ”
どうしてだろう? 時々胸が苦しくなるのは。
思い出さなければいけない事があるのに、それが何か分からない。
ただ―――それは私にとってとても大切なモノだった事だけ覚えていた。