紅月 琥珀

Open App
1/28/2025, 3:06:17 PM

 それは一生に一度の晴れ舞台。
 空は綺麗に晴れ渡り、雲一つない快晴の日だった。


 私が扉をノックすると彼女から返事があり入室する。
 彼女は綺麗なドレスを身に纏い、髪も綺麗に纏められて、綺麗なメイクも施されていた。
 ずっと隣で見てきたけれど、今までで一番綺麗だと思ってしまった。
『来てくれたの? ここまで来るの大変だったでしょう。』
 でも嬉しいと、私を労いながらも嬉しそうにはにかむ彼女に、私もつられて笑ってしまう。
『今日は招待してくれてありがとう。もう、用意してしまってるかもしれないんだけど⋯⋯これを受け取ってほしいの』
 そう言って差し出した物を見て、彼女は目を見開いてそれを手に取った。
『⋯⋯覚えててくれたの? とても綺麗に編み込めてる。こんなに素敵な物、作るの大変だったでしょう? 私がもらってしまって良いの?』
 そう問いかけてくる彼女に私は頷く。
『貴女にもらってほしいの。今日のお祝いに貴女のためだけに作った物だから』
 そう言った私に彼女は嬉しそうに笑うと、ありがとうと言ってくれた。
『本番! 楽しみにしててね!』
 そう笑いながら彼女はそれを丁寧に机の上に置いた。それを見届けて、少しだけ話をしていたら時間になったので退室する。
 今日という日を祝うために他の参列者と共に、別の場所へと移動するのだ。
 そうして最後尾に付くと少し待たされたけど、程なくして始まった。

 白を身に纏った男女の入場。壇上には神父の姿があり、その後ろには大きな十字架。
 ステンドグラスが光りに照らされて、美しく輝いている。
 神父の前で互いに愛を誓い合うその女性の頭には、先程渡した花の帽子。
 ピンクのバラ、カスミソウ、ガーベラ、トルコギキョウ、ミモザ、スイートピー、ホワイトスター、アリウム・コワニー、ストックで帽子本体とツバの部分を編み込み。カーネーションとアルストロメリアのアクセントを加えて、斜め後ろの方にコチョウランでヴェールの様相を表現している。

 彼女の地域のみに伝わる古い風習を、楽しげに語っていた彼女に―――私から最初で最後の祝福(おくりもの)を。
 沢山の意味と祝福を込めて編み上げた花帽子を被り、今、新たに人生を歩もうとする彼女に呟く。
『おめでとう愛し子。この門出に精霊(われら)の祝福とさよならを』


 それは一生に一度の晴れ舞台。
 空は綺麗に晴れ渡り、雲一つない快晴の日だった。
 初めて出来た人の友人。優しい貴女の瞳に、私が映ることはもうないでしょう。
 それでも、私は貴女の幸せを願っているから。
 暇な時にでも、思い出してね。

1/27/2025, 2:56:28 PM

 誰かの為になんて、今まで考えた事も無かった。
 自分がやらなくても誰かがやってくれるし、そもそも面倒事が嫌いだ。
 だからこそ、こんな事にならなければ僕はずっとそうして生きていたのだろうと今更ながらに思う。

 科学の発展は僕達の生活を豊かにする。
 それが悪いわけじゃなかった。なのに、結果としてその問題を引き起こしてしまった。
 “星の異界化” “魔素結晶” “魔素症”
 人類は今、窮地に立たされている。
 それを食い止めるため、或いは治療法確立のため。死地である異界化地区に調査に入る事になった。
 選抜されたのは魔素に対する抗体を持つ者で構成されていた。かくいう僕もそこに選抜されてしまったのだ。

 死ぬかもしれない場所になんて、本当は行きたくない。
けれど断る事も叶わない。
 だからせめて、誰かの為になればなんて⋯⋯綺麗事を並べて自分を奮い立たせるくらいしか出来なかった。

 調査に入って3日目。たった3日で殆どの部隊は全滅した。かくいう僕の部隊も、それ程多くは残っていない。
しかも、僕は傷も負っている。このままだと残った部隊員も死んでしまうかもしれない。
 せめてそうなる前に異界化地区の外に、一人でも多く逃さなければならない。
 少しでも多くの情報を持って生き延びてもらわなければならない。
 だから僕は恐怖に震える体を抑えて彼らに伝える。
『僕がここで、少しでも長く足止めをするから、そのままみんなで地区外に逃げてほしい』
 そう言った僕に何かを言おうとした人を別の人が制する。
 きっと僕の言いたいことをわかってくれたのだろう。悲しそうな顔をしている。
『必ずこの情報は持ち帰る。みんなの勇気を無駄にはしないと、約束する』
 そう言って敬礼したその人に僕も敬礼を返す。
 その刹那、後ろか獣の様な雄叫びが聞こえてドスドスと地面を鳴らしながらこちらに近づいてくる音が聞こえた。
『早く行け!』
 そう叫んだ僕は奴に向き直る。
 きっと僕はここで死ぬだろう。これまでに死んでいった隊員達の様に。
 でも、タダじゃ死なない。せめて、一矢報いてやらねば!

 そうして僕は覚悟を決めると、肥大化した頭を揺らしながら4足走行で駆けてくる―――元人間であった獣の様な何かに向かってハンマーを振り下ろした。
 せめてこの小さな勇気が、後の人類の為になる様願いを込めて。 

1/26/2025, 2:58:16 PM

 それは突然訪れた。
 例えば、道端の小石に躓く様に。
 或いは、朝、目が覚めるように。
 何の前触れもなく、けれどさも当たり前の様に告げられた。
 ある者は騒ぎ、ある者は慟哭し、また、ある者は呆然とその光景を見つめている。
 かく言う私はどうかと言うと。
 あぁ、そんなものかと、納得してしまった。
 そして、ふとある考えが過ったのだ。
 “そうだ、旅に出よう”と。
 どうせなら、思い出を巡る旅にしようと思い立ち私は必要最低限の物を持って、長年住み慣れた家を出た。

 それからというもの。私は自分の人生を振り返りながら、幼少期から今までに行った縁の地を巡る。
 歳を重ねていつの間にか無くなった場所もあったが、ボロボロになりながらも、そこにあり続ける物もあって、懐かしさと共に長く生きたのだなと感慨深くもあった。

 けれど、結局私は全ての終わりに我が家に帰ってきたのだ。
 長く人生を共にした大切な君との沢山の思い出が詰まったこの場所に。
 そして今、最後の時間に、あの日君と過ごした最後の日と同じ場所で、同じ様に星を眺めている。
 あの日とは違う空模様でも、美しさは変わらずに⋯⋯隣に君は居なくとも、同じ様に世界はまわり―――そして終わっていくのだろう。

 せめて、最後の瞬間に君を感じられたなら幸せだと、そんな事を思いながら私は一層きらめく星空に呟くのだ。

 『美しい世界よ、おやすみなさい』



 それは突然の出来事だった。
 例えば、ふと顔を上げた時に見つけた、1輪の桜の花だったり。
 或いは、遠くに見える夕日のオレンジが街を染め上げる光景によく似ていた。
 偶然に恵まれて見つけた美しいもの。

 ある日目覚めたら世界は終わっていた。
 それは何の前触れもなく、突然に。
 昨日まで居たはずの両親も、寝る前までメッセージをやり取りしていた友人達も。
 全ては瓦礫の中に消えていて、見る影もない惨状になっていた。
 目の前に広がるのは、街だった物の残骸とムカつく程に晴れ渡った青い空。
 どうすれば良いのかも分からずに、私はただ歩いていた。

 戸惑いながら歩いていた時に見つけた一軒のお家。
 周りはみんな酷い有様なのに、このお宅だけ原型を留めている。
 悪いと思いながら入ったお家で、1人眠るように横たわるご老人。
 大切そうに持っていたその本を拝借して覗き見してみた。

 それは終末旅行記。
 綺麗(たいせつ)なモノを巡る旅の物語。
 そのページに挟まれた、恐らくご老人の書いた最後の想い。
 私はそれに触発されて、この命か星の終わりまで終わってしまった世界を旅してみようと思った。
 ご老人には悪いと思ったが、この本と彼の想いを持って。

 そして私はその2つを旅のお供に、終わった世界を歩いて行く。
 きっと終わらなかったら見れなかったであろう景色を、この瞳に焼き付けながら。

 『わぁ!なんて美しい光景なのかしら!』
 おはよう、世界。そうして新たに君は目覚めた。
 

1/25/2025, 1:21:01 PM

 最初は祝福されていた。
 優しい神々の腕の中で、安寧を享受する。
 次に経験を送られる。
 辛い事、悲しい事の中から学びを知った。
 それから成長を送られる。
 同じ状況でも、昔とは違う選択肢を見つけられる様になった。
 沢山の贈り物を受け取った。
 友人も仕事も愛情も、全ては祝福されていたからだと知る。
 そうして祝福されたまま、天寿を全うするのだと思っていた。

 それなのに―――優しい神々は歪な神様に食べられて、安寧は崩れ去る。

 最後にもらったモノは呪い。
 永遠に取り憑かれた歪な神様が、世界の理を塗り変えた。
 不完全な不老不死。
 幸福とは程遠い苦痛の中で、半永久的に生かされ続ける。
 体の一部が千切れても吹き飛んでも、腐りながらも生かされていく現状に、心を壊す者もいた。

『ねぇ、いつまでこの地獄は続くの?』
 誰かの呟きが空気を揺らす。
『この体(ぺーじ)が全てなくなるまで。それか⋯⋯この魂(ものがたり)の終わりまで、続くかもしれないね』
 違う誰かの声が聞こえて、僕はふとある考えに至る。
『或いはこの星(しりーず)が終わるまで、僕達は生かされ続けるのかもしれないなぁ』

 死にながら生き続ける僕達は、苦痛に耐えながら⋯⋯いつ来るかもわからない救世主を待ち続ける。
 星(しりーず)が終わる前に、いつかあの歪な女神様を倒してくれる新たな神様を―――この地獄の中でずっと待ち続けるのだろう。

1/24/2025, 1:51:50 PM

 ずっと続くと思ってた。
 煌めく夜空の帳に、ゆらゆらと揺れる月の揺り籠。
 抱かれて眠りに就くような心地良さに甘んじた。

 ずっと続くと思ってた。
 何処までも広がる青を見上げて、描いた太陽の夢。
 君と一緒ならきっと掴めると信じられた。

 ずっと続くと思ってた。
 少しの違和感を口にした私に、困った様に笑う君。
 君の言葉を信じた私を、くつくつ嘲笑う逢魔ヶ刻の影法師。

 ずっと続くと信じたかった。
 いつか君は居なくなると、初めから心の何処かで確信していたのに。
 それを信じたくなくて、真実に瞳を背ける。
 君のやさしい嘘を信じて瞳を背けた私は、最後の機会すら掴めずに。
 あの日描いた夢はいつの間にか砕けてた。
 それなのに君への憧憬は消えないまま、あの日の嘘の意味を探し続けた。

 答えを手にした時、ずっと思い描いていた答えと真逆で―――君の愛の深さを知った。

 最初から最後まで、私の為のやさしい嘘。
 君のために生きていた私と、私のために傷付いた君。
 あの日言えなかった言葉を、いつか君に伝えるために。
 迷いながら生きていくと決めたんだ。

 この手を放してしまった後悔と言い表せない程の感謝を。
 届く日が来る事を願いながら、今日も私は―――君のくれた嘘(せかい)の中で生きていく。

Next