紅月 琥珀

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 誰かの為になんて、今まで考えた事も無かった。
 自分がやらなくても誰かがやってくれるし、そもそも面倒事が嫌いだ。
 だからこそ、こんな事にならなければ僕はずっとそうして生きていたのだろうと今更ながらに思う。

 科学の発展は僕達の生活を豊かにする。
 それが悪いわけじゃなかった。なのに、結果としてその問題を引き起こしてしまった。
 “星の異界化” “魔素結晶” “魔素症”
 人類は今、窮地に立たされている。
 それを食い止めるため、或いは治療法確立のため。死地である異界化地区に調査に入る事になった。
 選抜されたのは魔素に対する抗体を持つ者で構成されていた。かくいう僕もそこに選抜されてしまったのだ。

 死ぬかもしれない場所になんて、本当は行きたくない。
けれど断る事も叶わない。
 だからせめて、誰かの為になればなんて⋯⋯綺麗事を並べて自分を奮い立たせるくらいしか出来なかった。

 調査に入って3日目。たった3日で殆どの部隊は全滅した。かくいう僕の部隊も、それ程多くは残っていない。
しかも、僕は傷も負っている。このままだと残った部隊員も死んでしまうかもしれない。
 せめてそうなる前に異界化地区の外に、一人でも多く逃さなければならない。
 少しでも多くの情報を持って生き延びてもらわなければならない。
 だから僕は恐怖に震える体を抑えて彼らに伝える。
『僕がここで、少しでも長く足止めをするから、そのままみんなで地区外に逃げてほしい』
 そう言った僕に何かを言おうとした人を別の人が制する。
 きっと僕の言いたいことをわかってくれたのだろう。悲しそうな顔をしている。
『必ずこの情報は持ち帰る。みんなの勇気を無駄にはしないと、約束する』
 そう言って敬礼したその人に僕も敬礼を返す。
 その刹那、後ろか獣の様な雄叫びが聞こえてドスドスと地面を鳴らしながらこちらに近づいてくる音が聞こえた。
『早く行け!』
 そう叫んだ僕は奴に向き直る。
 きっと僕はここで死ぬだろう。これまでに死んでいった隊員達の様に。
 でも、タダじゃ死なない。せめて、一矢報いてやらねば!

 そうして僕は覚悟を決めると、肥大化した頭を揺らしながら4足走行で駆けてくる―――元人間であった獣の様な何かに向かってハンマーを振り下ろした。
 せめてこの小さな勇気が、後の人類の為になる様願いを込めて。 

1/27/2025, 2:56:28 PM