幼い頃から思っていた。
いつか、こんな日が来るのではないかと。
物心ついた頃には、祖父から沢山の事を教えられていた。
勉学は勿論、山での歩き方や遭難した時の知恵に野宿の方法まで。
それから、一般とは呼べない程厳しい体術訓練に剣道と弓道。居合いに抜刀術や棍術まで。おおよそ日常生活を送るのに必要のない事を常にやらされていた。
祖父曰く―――女傑たる者文武を極めよ、と。
だからだろうか? いつかこの学んだ術が活かされる時が来てしまうのではないかと、漠然と思っていた。
その不安感から、弟にも剣術と身体は鍛えておくようにと、日頃から言い聞かせていた。
けれど弟は、私の様にはなれないと。そう言い捨てて離れていった。
それから弟は私とは極力顔を合わせないように過ごしているようで、私が社会人になって一人暮らしをしてからは完全に疎遠となっている。
あの日の私は間違っていたのだと今更ながらに思う。
確かに弟と私は違う人間なのだから、私が耐えられたモノでも弟には合わないかもしれない。それを、強要してしまった事を今でも後悔している。
出来ることなら直接会って謝りたいが、弟が嫌がるだろうとやらずにいた。それすらも間違いだったと知る。
『何してるんですか! 先輩! 早く逃げないと!』
瞳を瞑り呼吸を整えながら、そんなつまらない事を考えていた時だった。
後輩が私の腕を掴み訴えている。
私は静かに瞳を開けて辺りを見回す。
周りには我先にと逃げ惑う人々と、見た事もない大きな結晶。形は宝石のクラスターに似ている。
これが何かは正直分からないが、アレと共に発生した物ならば起死回生の手立てになるかもしれない。
そう思った私は、一か八かその結晶に触れてみる。
もしも、アレを倒せる何かならば⋯⋯どうか私に力を貸して欲しいと思いながら。
その刹那、眩い光が結晶から放たれそれが収束すると一振りの刀となって私の手におさまっていた。
少しだけ抜いてみると、先程触れていた結晶の様な―――けれども鋭く研ぎ澄まされた刀身が露わになる。
これならば、いけるかもしれない。
『⋯⋯必ず守ると誓う。だから此処にいて、私からあまり離れないようにしてほしい。出来る?』
先輩! と、何度も私を呼び続ける後輩に私はそう言う。
真剣に彼女から目を逸らすことなく。
私の言葉に彼女は戸惑いはしたものの、恐怖に震えそうになりながら小さく頷いてくれた。
それを見て私も頷き、“獲物”に向き直ると瞳を閉じて呼吸を整える。
まだ知らない君よ。あなたに出来ぬのなら、出来る私が守ろう。
だからどうか、この危機を生き抜いて欲しい。
そんな願いを込めて、この一刀に全てをかける。
左手には先程の刀を、右手はいつでも抜けるように添え。
獲物の近付く音を頼りに、周りの雑音を少しでも多く排除する。
そして―――目の前に来たその一瞬を逃さず。
私はその獣を切り捨てた。
1/30/2025, 1:51:14 PM