okowa

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3/30/2023, 5:42:24 PM

『何気ないふり』

 手足の生えた空き缶、羽の生えたネズミとそれを威嚇する野良猫、胡散臭い易者、道行く人の背に覆い被さる黒い何か、道端でしゃがみ込む少女、路地の暗がりから手招く白い手、話しかけてくる石像、得体の知れない募金活動、蠢く肉塊、選挙カーの騒音、転落し続ける人影、捨てられたペットボトル、人の顔をしたカラス、ホーム下から覗く潰れた頭、昼間から大声で騒ぐ酔っぱらい、電車の窓に張り付いた顔、音漏れしてるヘッドホン。
 私が何気ないふりをして、通り過ぎていくものたち。
 いつしか、見なかった事にするようになったモノたち。

「……ここ、座ってください」
 電車の席を譲る私に、しきりに礼を述べる老婦人。
 その背中で心配そうにしていた朧げな姿の老紳士が、にこやかに笑って丁寧に頭を下げるのを、私は何気ないふりで見なかったことにした。

3/30/2023, 2:02:22 PM

『ハッピーエンド』

「終わり良ければ全てよし」
そう言いながら、迷うことなく私に銃口を向ける友人を見て、諦めにも似たため息をつく。
「殺さないでよね」
「そこは信じてもらうしかないかな」
 仕方がない、こうなったのは私のミスだ。
 首元に取り付いて、今にも私をその毒の牙で噛み殺そうとしているバケモノを、払い除けることが出来なかったのだから。
 今は膠着状態という名の執行猶予。少しでもコイツを刺激すれば命はないだろう。

ハッピーエンドを信じて、私は目を閉じた。

3/29/2023, 4:25:17 AM

『見つめられると』

 月が見ている。
 僕を見ている。

 明々とした真円が、雲ひとつない空から、青白い光の視線を放って。
 どんな悪事も善行も、月はただただ見つめている。
 サラサラと降る月明かりが、すべてを等しく照らし出して。
 その心の内さえも見通す透明な光が、僕を捉えていた。

 得体の知れない不安が胸を苛む。
 月に見つめられると、いつもこうだ。
 月光の描いた影法師を見つめたまま、僕はぬばたまの夜の闇を、待っている。

3/28/2023, 9:02:23 AM

『My heart』

 ――カチコチ、どこかからそんな音がする……と思った。
 時計の音だろうか、しかし耳をすませばカチコチ――カチッ……と不規則なリズムを刻んでいるのが分かる。
 これでは時計の役目を果たせまい、では何の音だろう。
 考えていると、不意に横から「どうしたの?」と声がかかる。長年の友人の声だ、そういえば彼と一緒にいたのだった。
「音がするんだ」
「へぇ、どんな音だい?」
「少し調子外れな時計の音……かな」
 そう聞くと友人はパッと私の手を取り、自らの胸に私の手を押し当てた。
 驚いた私が手を引こうとすると、それを押し留めて、空いた方の手を口元に寄せ、人差し指を立てる。
 静かに。そのメッセージを受け取った私は、聞こえ続ける奇妙な音と、手のひらの感覚に集中する。
 カチ、コチッ――カチン
 どく、どくっ――どくん
 ピタリと重なり合う音と脈動に、私はハッとして友人の顔を見上げた。
「僕の心臓がね、ちょっと機嫌を損ねているみたいなんだ」
 そうか、君の心臓の音だったのか。
 カチ、――コチン
 どく、――どくん
 
 ふと気が付くと私はリビングのテーブルに突っ伏していた。急速に明瞭になる意識の中、状況を理解する。
 帰宅してひと息入れるつもりが、うたた寝をしてしまったらしい。壁掛けの電波時計を確認すると、1時間ほどが経っているようだった。
 左腕には愛用の腕時計をつけたまま、だからこんな変な夢を見たのだろう。夢で友人だと思った人物も、私の記憶にはない存在だ。
 「あれ?」
 腕時計の盤面に目をやると、時間がずれていることに気が付く、いつの間に。
 ポケットをまさぐってスマホを取り出して時刻を確認する、やはりズレている。電池切れにはまだ早いだろうに。
 見れば、時折秒針が不規則に振れて、カチ、コチッ――カチンと、調子外れなリズムを刻んでいるようだった。
 私は機嫌を損ねた腕時計を丁寧に取り外すと、この友人の修理をお願いする時計店を検索することにした。

3/27/2023, 12:09:28 PM

『好きじゃないのに』

 小説を書くのなんか、好きじゃない。

 文章を書くのは楽しいけれど、私にとって小説を書くのは身を切るような苦しみと倒錯的な快感の連続だ。
 そんなものに身を委ねるのは、好きじゃない。
 心の中の世界を丁寧に文章へと切り出していく作業は、私の精神と体力と魂のひとかけらを贄にした儀式のようである。
 そんなにしたって、自分の思ったようなものが書けるわけではない。何もかもが届かない。
 文章を書くのは、好きなのに。
 この頭の中にしかない風景、情景、世界を、私の言葉ひとつを依り代に現世へと誕生させることは、どうしてこんなにも苦痛と輝きに満ちているんだろう。

 好きじゃないのに。
 それでも懲りずに私はまた、ふらりと書き始める。

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