『ところにより雨』
不意に吹いた風に、雨の気配を感じる。
気がつけば、湿度を含み僅かに重さを増したような空気が辺りを満たしていた。
先ほどまでハッキリと見えていた木漏れ日の輪郭は曖昧になっている。
見上げれば、まだら模様の青空。太陽は雲に覆われ始めていた。
ところにより雨。
今朝確認した天気予報を思い出す。
再び吹いた風が雨の匂いを運んできて、ここに降る雨の最初の一滴が頬を濡らした。
ウィンドブレーカーのフードを目深にかぶると、ぽつぽつと色を変えていくアスファルトへと視線を落とし、少し足早に目的地へと歩みを進めた。
『特別な存在』
認めます、私の負けです。
敗因は私が長い間インターネットに入り浸ってきたことにあります。
どういうことかと言いますと、『特別な存在』というお題を目にした瞬間、私の脳裏にパッと浮かびましたのは、小さな袋に包まれたキャンディを掲げ、穏やかな笑みを浮かべる白髪に白いひげの老紳士だったのであります。
そうです、ヴェルタースオリジナルのCMです。『私のおじいさんがくれたはじめてのキャンディー』です。
強烈なインターネット・ミームとして『特別な存在』というワードと共に私の記憶の奥深くに根付いていたのです。
一度浮かんでしまったヴェルタースオリジナルを脳裏から消し去ることは難しく、私は今日のお題を放棄することにしたのです。
おや、ご存じではない?そうですか、ぜひお持ちの端末で検索してみてください。
今では私がインターネット老人会の会員、Z世代にあげるのはもちろんインターネット・ミーム
なぜなら、貴方たちもまた特別な存在(インターネットの申し子)だからです。
あーぁ、久しぶりにヴェルタースオリジナル食べたくなっちゃったな……。
ちなみに『ヴ』ェル『タ』ー『ス』オリジナルであり、ウェルダーズでも、ウェルターズでもないそうです。
おわり。
『バカみたい』
積み上げられた荷物の影に身をひそめ、小さく息をつく。
そうして彼は、ようやく見つけた風雨をしのげる宿を失ったことを確信した。
囲まれている。数は四人、いや五人だろうか。
手元にある武器は、弾が五発入ったリボルバーに、鈍く光るナイフが一本。
味方なんているはずもない。
さぁどうする?
背筋を這い上がる悪寒、命を賭することを強制される緊張感、そして、高揚。
命を晒す瞬間の鮮烈な快感を思い出し、彼は身体を小さく震わせる。
「バカみたいだ」
自嘲の笑みと共に、長い呼吸をひとつ。高揚感を飼い慣らし、彼は戦場へと躍り出た。
『二人ぼっち』
公園の、小さなお山のトンネルの中。
ひんやりした土に手を汚して、はじめての二人ぼっち。
遠く聞こえる友だちの笑い声に、ドキドキしながら。
ぎゅっと目を瞑った君と、はじめてのキスをした。
『夢が醒める前に』
これは夢だ。
そうでなければおかしいと、私は知っている。
今そこで誰かと語らい、朗らかに笑うその人が、すでにこの世を去ったと知っている。
この事実に彼の人が気付いたその時、この夢は終わるのだと、私は知っている。
夢でもいい、伝えたいことがある。夢でもいい、もう一度会わせたい人がいる。
でも少しでもこの葛藤を悟られてしまったら、きっとその人は気付いてしまう。
伝えたい、会わせたい、悟られてはいけない。硬直したように、身体が動かない。
この夢が醒める前に、どうか。
優しい瞳がこちらを見つめて、ごめんねと言うように笑んだ。