『カーテン』
カーテンがレールの上を滑る音が、眩い光が、意識を浮上させる朝の合図。
東向きの窓から差し込む日差しに小さくうめいて、柔らかなタオルケットを抱え込んだ。
「ごめん、まぶしかった?」
不意に影に覆われて顔を上げると、君が朝の陽を背負って歩み寄ってくる。
「おはよう」
「おはよ」
さぁ、今日は君と何をしようか。
『時間よ止まれ』
藍から青へ、青から白へ、白から橙へ。
レンズ越しに覗いた白む空の変遷を、カシャリカシャリと軽い音を立てて、写真の中に閉じ込めていく。
瞬く間に移ろいゆくグラデーションを、ただ無心に焼き付けて。止まることのない時をせめてこの写真の中に捉えようと、私はシャッターを切り続けた。
そして今日もまた、夜が明ける。
『本気の恋』
「どうせ遊びだった」
そう反芻するたびに身体の中に重く不愉快な感覚が渦を巻く。ひどく重い塊が、腹を満たし、胸につかえて、身動きがとれなくなりそうだった。
「どうせ遊びだったんだから」
ずしりと重くなった胸に、このまま床に沈み込んで窒息してしまえればよかったのにと僕は思った。
『好きな本』
駅構内の小さな本屋に、導かれるようにふらりと立ち寄る。
平積みにされた色とりどりの表紙を目で追いながら、私の脳裏には遠い記憶が蘇っていた。
『――この本が好きなんだよね』
そんな言葉と共に、あの人の細く長い指が文庫本の表紙を撫でていた、たったそれだけの情景。
漫画の活字すらろくに読まなかった当時の自分には、タイトルすら覚えていられなかった、難しげな本。
今でもその藍色の表紙を、本屋の店先で探してしまうのだ。
そうして私は藍色に染まった本棚に、今日もまた一冊、蔵書を増やした。
『最悪』
コイツはいつだって『最悪』を想定している。らしい。
「お前の『最悪』って、なに」
テーブルの向かい側で頬杖をつきながら、棒状のチョコ菓子をポリポリと食べ進めているそいつに問う。
「えー、そうだなぁ。例えば今近くに隕石が落っこちてきて、中途半端にあたってこの建物が崩れてさ、閉じ込められてすっごい苦しんでね?そんで同じように苦しんでるお前が死ぬとこ見てから……、――死ぬ、とか」
あんまりにも空想的な『最悪』に俺は半ば呆れてため息をついた。はぐらかされているだろう事は、さすがに分かる。ほんの少しの真意が混ぜ込まれていることには、気付かなかったことにした。
「そんなん、ないだろ」
「まーね」
そう言いながらお詫びとばかりに差し出されたスティック状のチョコ菓子を俺はガリガリと齧る。一度溶けかかってもう一度固まったらしいそれは、最悪の歯触りがした。