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『好きな本』

駅構内の小さな本屋に、導かれるようにふらりと立ち寄る。
 平積みにされた色とりどりの表紙を目で追いながら、私の脳裏には遠い記憶が蘇っていた。
 
『――この本が好きなんだよね』
 そんな言葉と共に、あの人の細く長い指が文庫本の表紙を撫でていた、たったそれだけの情景。
 漫画の活字すらろくに読まなかった当時の自分には、タイトルすら覚えていられなかった、難しげな本。
 
 今でもその藍色の表紙を、本屋の店先で探してしまうのだ。
 そうして私は藍色に染まった本棚に、今日もまた一冊、蔵書を増やした。

6/16/2023, 8:56:41 AM