okowa

Open App
6/6/2023, 9:59:01 AM

『誰にも言えない秘密』

「これは誰にも言えない秘密だったんだけれどもね」
 大きな木に寄りかかり、木漏れ日の下でまだらな陰影に身を染めた友人が囁くように告げる。軽く吹いた風が6月の青さを増した葉を揺らし、軽い音を立てて続く言葉を遮った。私は怪訝な顔をして、そんな友人を見つめ返した。何を言おうとしているのだろうか、澄んだ水に墨を一滴落としたように、ジワリと私の胸のうちに不安が広がる。
「どんな秘密なの」
 聞きたくないと思いながら聞き返した私の声は僅かに震えていた。それを受けた友人は「それはね」と前置きをしてにっこりと笑った。
「この下に死体を埋めたんだ」
 まだらな陽を受けた友人が、トントン、と一度掘り返された形跡のある足元の地面を蹴って鳴らす。
 何を言っている?なにの?なんで?いつ?
 様々な疑問が浮かんで、音にならないまま頭の中に反響して消えていった。
 長いような短いような沈黙の後、最後に残った疑問がポロリと口から零れ落ちた。
「誰の……?」
 
「君の。だから良かったよ」
 風に乗って、濃い土の匂いがしたような気がした。
 

5/11/2023, 11:18:44 AM

『愛を叫ぶ。』

 叫び続けた愛が、リフレインして頭の中に木霊する。
 足りなかったのか、届かなかったのか。
 自分なりの愛情をカタチにしてきたつもりだった。
 あらゆる行為、あらゆる言葉の中に。愛を込めた。
 時にはそのまま言葉にもした。
 「僕もだよ」
 その言葉は嘘だったのか。
 同じだけの、あるいはそれ以上の愛を受け取っていると思っていた。
 あるいは、返しきれなかったのが悪いのか。

 ふと、記憶の中に残された言葉が蘇る。
「一番幸せなときに逝きたいな」

 見つかってしまった答えに、声にならない叫びをあげた。

5/11/2023, 5:26:20 AM

『モンシロチョウ』

「何してんの?」
 ベランダに作られた、小さな家庭菜園。
 そこにしゃがみ込んで何かをしている同居人の後ろ姿に向かって、サッシに手をかけ身を乗り出すように声をかけた。

「あー。大量殺戮?」
 こちらを振り返ることもなく淡々とした口調で発せられる場違いな言葉に、はぁ?と困惑の声を上げながら裸足のままベランダへと降りる。
 コンクリートの冷えた感触は、数歩の内に日向へ出て温いものに変わっていた。
 自分も隣へとしゃがみこんで、大量殺戮とやらを覗き込む。どうやら霧吹きを手に、その中身を葉に吹きかけているようだった。
 しゅっしゅっ、という霧吹きの音が響く。

「何が死んでんの?」
 ん、と指差された葉の先には水滴に覆われた小さな青虫が丸くなっていて、痙攣をおこしたように震え、もがいていた。
 よく見れば既に土の上には既に動かなくなった青虫が何匹も転がっていて、なるほど大量じゃん、と納得する。

「こいつら、蝶になるんだよ」
「ふーん」
 虫に興味はない。植物にも興味が無いから、この葉が何なのかも分からない。
「白くてね、かわいいんだ」
「ふーん」

 小さな青虫がぽとりと落ちて動かなくなるのを、じっと見ている同居人の横顔から、なぜか目が離せなかった。

4/10/2023, 11:21:20 AM

『春爛漫』

春の心象風景。

 小さな川に沿った並木道を、そぞろ歩く。
 僅かに霞む空には一筋の雲もなく、春特有の淡い青色をしている。まだ日暮には早い昼下がり。降る陽光は新たな命の芽吹きを祝福するように優しく、穏やかだ。川面に反射する銀色の光も柔らかい。その日差しの中を踊るように吹く風は、朝晩の厳しさを忘れたような暖かさを含んで、頰を撫でる。
 見上げる並木道の桜は今が盛りと咲き誇り、風のダンスに誘われて枝を離れた僅かな花びらが、ふわりふわりと舞っていた。そのうちの幾らかが川へと舞い降りて、ゆっくりと下流へ運ばれていく。その様を眺めると、まだ新緑の青さのない水と土の香を含んだ大気の匂いに、僅かに花の香が混ざり合ったような気さえする。
 ふと道の先に目を向けると、桜並木が薄紅色のわたあめか入道雲のようにこんもりとしていて、春の柔らかな空気を際立たせていた。
 春の中を牛歩の如き呑気さで歩み続ける私の元に、ひらひらと散る花弁が舞い降りる。
 それと同時に、脳裏に言葉がひとつ浮かび上がった。

 春爛漫。
  

4/10/2023, 10:39:41 AM

『君の目を見つめると』

 君の瞳の中にはいろんなものが映っている。
 未来への希望、喜び、青い空、期待。そういうキラキラと輝いて直視できないほど眩しいものたち。
 そして、焦りと恥ずかしさで変な顔をしている僕。
 お互いの瞳の中の自分を覗き見て、僕たちはその可笑しさにクスクスと笑いあう。
さぁ、今度は目を閉じて。
愛しい君の期待に応えるべく僕は覚悟を決めて、唇を寄せた。

Next