『星空の下で』
ダイヤ、金、プラチナ、ルビー、サファイア、トパーズ……
そんなものをこの世界からめいっぱいかき集めて、すべてばら撒いてしまったような星空だった。
新月の夜、見上げる空にはひとすじの雲も見当たらない。
嘘のような満天の星空では、どこを向いても星が瞬いて光っている。
「北極星、どれ?」
僕の問いかける声に「えーと」と隣から思案する友人の声が聞こえた。
自分でも探しているが、こんなにも星が多いと僕には見分けがつきそうにない。
「あれが、北斗七星だから……」
横から伸びてきた腕が天に掲げられる。星空に黒いシルエットで描かれた華奢な腕、その指の先を懸命に探すと、確かに他より目立った七つ星がみつかる。
そこから先の探し方は知っているので、ようやく空に輝くポラリスを見つけることができた。
こぐま座α星。淡いトパーズ色で他の星に負けない光を放ち、真北の空に輝いている。
「この北極星を眺めるのは、今日で最後か」
「そうだね」
僕の言葉に、友人は淡々と答える。そうして何かを探る気配の後「見つけた」と再び天を指差した。
満天の星空の中、雄大に流れる天の川のほとりに佇む織姫様。こと座のベガが青白い光を放っている。
「次に目覚めたときには、織姫が北極星か」
――人類は、明日から12000年の眠りにつく。
この後、地球に起こる気象変動をやり過ごすために。
目覚めた頃には、真北に輝くのはベガなのだそうだ。
全員が目を覚ます保証はない、それでも僕たちは眠りにつく――。
「見られると良いね、ベガの北極星」
「見られるさ、きっと」
再びここで、二人一緒に、新たなポラリスを。
『それでいい』
人とは違うこと。どこにも馴染み切れない孤独と、諦め。
何度も挫けて、自らの不甲斐なさに泣いて、絶望して。
それでも自分の願った世界を求め、空や海の色のような触れることのできない青を追いかけるように理想を求めることを。
「それでいい」
そう言ってくれる人がいたから、今も道を違わず歩いていける。
その言葉が放つ、月明かりのように静かで青い光を道標に。
例えひとりでも、歩んでいける。
『1つだけ』
私はマヨヒガの番人です。
マヨヒガとは、山中に突然現れる家の怪異のこと。
通常、『たった今まで人がいたような状態なのにもぬけの殻』であり『そこから何かひとつ物を持ち帰った者に富を授ける』と言われています。
しかし昨今ではその知名度も薄れ、倫理観の高まりなのか、周囲からの糾弾を恐れてなのか分かりませんが、訪れる者は屋内に声をかけて人がいないと分かるとそのまま立ち去ってしまうのです。
これに困ったマヨヒガの怪異は、私をこのマヨヒガの番人として作り出したのでした。
私の役割は、迷い込んだ人間を屋敷に招き入れて、何かひとつを持ち帰らせることなのです。
「さぁ、なにかひとつお持ちください」
私の説明に口を挟むこともなく、うんうんと頷きながら聞いていた青年に、私は促します。
「それは、この家の中にあるものならなんでもいいのですか?」
「ええ、構いませんよ」
どんな小さなものでもその効果に差はないことを言い添えて、私は彼の選択を待とうとしました。
しかし、彼がそう問うたのは悩んでいるからではなく、確認の為だったのです。
「では、君を連れて帰ります」
何のためらいもなく告げられた言葉に絶句していると、彼は初めて困った顔をして言いました。
「……お嫌なら、諦めます」
「いいえ、喜んで」
私はそうしてマヨヒガから持ち出され、このお役目を終えたのでした。
めでたし、めでたし。
『エイプリルフール』
これは嘘、あれも嘘、これは本当……かもしれない。
春休みの図書館で、私は調べものに没頭している。
「全部嘘に決まってるじゃん」そう言って笑う同級生たちは、あかんべーして追い払った。
探しているのは、未確認生命体の情報だ。見てみたい。一種類くらいは実在してもいいのではないかと私は思う。
ツチノコでもネッシーでも、ケセランなんとかでもいい。宇宙人だったら大当たり。
分厚い郷土史の資料やら縮刷版の新聞から、怪しげなタイトルの怪奇本までを塔のように積み上げて、それらしい記述を一心不乱にメモしていく。
なんでこんなことをしているかって、そりゃあ青春のど真ん中をロマンに捧げたいからだ。埋蔵金探しと迷ったのはナイショである。
「ねぇ、宇宙人探してるの?」
突然上から降ってきた声に、本の塔に囲まれて机に噛り付いていた私はギョッとして顔を上げる。
にこやかな笑みを浮かべた同年代くらいの少年が、私の手元を覗き込んでいた。私はその容姿に意識を奪われ、言葉を詰まらせる。今まで見たどんな人間よりも美しかったのだ。
「僕が宇宙人だよ」
告げられた二言目に私は堪らず「え!」と大きな声を上げた。
当然のように周囲の視線を集めた私は、積み上げられた本の壁の裏に隠れるように身を縮める。
こんなの考えるまでもなく嘘に決まっているのに。輝くように美しい人間を前にして、正常な思考を失っていたようだ。
「ごめん、信じた?嘘だよ。今日ってエイプリルフールなんでしょう?」
ポカンとした私は毒気を抜かれ、笑いながら「知らない人に突然噓八百をぶちまけるのがエイプリルフールだとは思わなかった」と率直に告げた。
すると彼はこの世のものとは思えないほど美しい顔で「それは知らなかったよ」と明らかに落胆する。
その時、宝石のように美しい瞳を、半透明の膜のようなものが一瞬覆ったように見えた。そう、カエルの瞬膜のような。
いや、潤んだ瞳に光が反射しただけだ、気のせいだろう――。そう思ったのだ、その時は。
探し物がもう見つかっている事に私が気が付くまで、あと数ヶ月。
『幸せに』
道を尋ねてきたおじいさん、雨の信号待ちで傘を差しかけてくれたサラリーマン、目の合った赤ん坊。
見かけなくなったコンビニ店員、コールセンターのお姉さん、消えちゃったSNSのアカウント、繋がりの切れたフォロワー。
もう会うことのない、名前も知らない誰か。
偶然にひと時のやりとりをした人たち。時と共に関わることのなくなった人たち。
記憶のひだに埋もれていく存在のひとつひとつ。
袖振り合うも他生の縁というのなら、その縁を辿ってこの願いが届きますように。
どうか幸せに。