『1つだけ』
私はマヨヒガの番人です。
マヨヒガとは、山中に突然現れる家の怪異のこと。
通常、『たった今まで人がいたような状態なのにもぬけの殻』であり『そこから何かひとつ物を持ち帰った者に富を授ける』と言われています。
しかし昨今ではその知名度も薄れ、倫理観の高まりなのか、周囲からの糾弾を恐れてなのか分かりませんが、訪れる者は屋内に声をかけて人がいないと分かるとそのまま立ち去ってしまうのです。
これに困ったマヨヒガの怪異は、私をこのマヨヒガの番人として作り出したのでした。
私の役割は、迷い込んだ人間を屋敷に招き入れて、何かひとつを持ち帰らせることなのです。
「さぁ、なにかひとつお持ちください」
私の説明に口を挟むこともなく、うんうんと頷きながら聞いていた青年に、私は促します。
「それは、この家の中にあるものならなんでもいいのですか?」
「ええ、構いませんよ」
どんな小さなものでもその効果に差はないことを言い添えて、私は彼の選択を待とうとしました。
しかし、彼がそう問うたのは悩んでいるからではなく、確認の為だったのです。
「では、君を連れて帰ります」
何のためらいもなく告げられた言葉に絶句していると、彼は初めて困った顔をして言いました。
「……お嫌なら、諦めます」
「いいえ、喜んで」
私はそうしてマヨヒガから持ち出され、このお役目を終えたのでした。
めでたし、めでたし。
4/4/2023, 9:04:24 AM