『何気ないふり』
手足の生えた空き缶、羽の生えたネズミとそれを威嚇する野良猫、胡散臭い易者、道行く人の背に覆い被さる黒い何か、道端でしゃがみ込む少女、路地の暗がりから手招く白い手、話しかけてくる石像、得体の知れない募金活動、蠢く肉塊、選挙カーの騒音、転落し続ける人影、捨てられたペットボトル、人の顔をしたカラス、ホーム下から覗く潰れた頭、昼間から大声で騒ぐ酔っぱらい、電車の窓に張り付いた顔、音漏れしてるヘッドホン。
私が何気ないふりをして、通り過ぎていくものたち。
いつしか、見なかった事にするようになったモノたち。
「……ここ、座ってください」
電車の席を譲る私に、しきりに礼を述べる老婦人。
その背中で心配そうにしていた朧げな姿の老紳士が、にこやかに笑って丁寧に頭を下げるのを、私は何気ないふりで見なかったことにした。
3/30/2023, 5:42:24 PM